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多重部室4

完全に、油断していた。

そんなことが起きることはないと、心のどこかで除外していた。


僕一人しかいない部活動だ。

他者と関わり合いになることのない、数少ない安息の場所だ。


建物上階、見晴らしの良い場所にある部室。

そこを異常な密室にされるなんて、思ってもみなかった。


「――」


細長い部室、長方形の大机。

夕暮れの景色、棚やらロッカーやらポスターやら。

どこからどう見ても、いつも通りの部室。


だけれど、これらすべては偽物だ。

目の前の自称後輩がそう模倣し、作成したものでしかない。


僕は、クラストに囚われた。


「どういうつもりだ」

「ふふ」

「いや、笑うな」


犯人は、堂々と座っている。

だが、その狙いがわからない。


「簡単です、いつものことです、いつもセンパイがやっていることです、条件を達成すればこのクラストから脱出できます」

「脱出……」

「ええ」

「その条件、僕にとって不本意なものだとしか思えないんだけど?」


たとえば文坂波等羽の入部を認めたら解放されるとか。


「……………あ……」

「なに、いきなり目を丸くして」

「……そっか……そう、ですよね……そうしておけば……」

「その「実はそんないいアイディアがあったのか」みたいな顔は止めろ」

「……なんで……!」

「ガチで悔しがらないで欲しい」

「……時間がなかったんですよ……!」


とても悲しそうに文坂さんは言った。


「ピッキングしてこの部室に入ったところ、机の上にクラストのキーがありました」

「なんで?」

「わかりません、ごく自然に置かれていました、きっと気を利かせたセンパイからのプレゼントだと思っていたんですが、どうやら違ったようです」

「いや、キーがあったこと以上に、しれっと不法侵入したことについてなんだけど、というか、僕のことをどんな奴だと思っているのか聞かせてくれない?」

「変なことを言うセンパイですね」

「倫理観が大変な奴が言うな」


長い脚を組み直し、文坂波等羽は器用に肩をすくめた。


「センパイが来るまでの時間は五分もありませんでした」

「やけにエレベーターが来るのが遅かったけど、あれ文坂さんのせいか」

「せっかく得たキーを活用しないのは、とてももったいない、ですから、私としては苦渋の決断だったんです」

「なぜそこで決断をした……」

「センパイを閉じ込められるチャンスなんですよ?」

「入部させたくない理由がどんどん積み重なっているよ、今」

「脱出のルールを説明しますね」


追加のツッコミを我慢した。

その情報ばかりは聴き逃がせない。


文坂さんは、綺麗に笑いながら言った。


「異変を探してください」

「はあ?」

「それに触れて、正解なら脱出できます」

「何番出口だ」

「八つではなく一つしかありません、簡単ですよね」


夕日を背に、両手を広げていた。

その夕日の赤さは、いつまで経っても変わらない。


町を一望できる高さにある部室、遮られることのない夕日。

血のように鮮やかな色彩が文坂さんを彩った。


「それに触れてください、正解であればセンパイはここから出れます」

「失敗したら?」

「言う必要、あります?」


自然な様子で言われた。


「センパイは、ここに閉じ込められるんです、ずっと、ずっと」

「ペナルティ、強すぎないかなぁ……」


何としてでも脱出しなければならなかった。



  +  +  +



部室内の様子は、僕が知るものとさして変わらない。

知らないティーポットがあったり、僕がよく飲んでいるゼリー飲料が長机に置かれていたり、太陽の角度がいつまでも変わらなかったりするのを除けばだけれど。


「……」


これらを「異変」と考えていいのか?


「質問はしてもいい?」

「はい、なんでも答えます」

「どんなことでも?」

「はい、なんでも答えます」

「……異変はどこ、って聞いてもいいの?」

「はい、なんでも答えます」


正解を言うとは限らない、ってツラをしていた。


「……そもそも、どうしてこんなことを?」

「クラストキーが、急に来たので」

「衝動的ってことか」

「あとセンパイと遊びたいな、というのもあります」

「せめてもうちょっと真っ当なもので遊ぼう」

「ここはクラスト部です」

「クラストを使って遊ぶ部活という意味では絶対ない」


本人が申告した通りであれば、何か凝ったギミックを作れるだけの時間はない。

その上で、仕掛けて来た。


「……」


この部室にものは少ない。

僕がそれなりの時間を過ごすためだけにある部屋だ。

私物はいくつかあるけど、それほど数は多くない。

読みかけの文庫本や、紅茶やコーヒーを飲むための湯沸かし器がある程度だ。


たとえば、文庫本の中身が違っていたら、それは「異変」になるんだろうか?


「あ、それにします?」

「……手にとって確認することもできない感じ?」

「触ったら、その中に書かれたことも含めて「本を選んだ」、という扱いです」

「OK、警告してくれるだけまだマシだ」


長机は文化系の部室であればついてくる、作業用のためのものだ。

掃除のための用具もあるけど、気が向いたときにしか使っていない。

下の方に物入れがあり、電灯の予備などがある、交換したら報告に行かなきゃいけないのが面倒くさい。


この部室で、一番助かるのはコンセントだ。

音楽も動画もゲームもスマホがあれば事足りる。そのスマホは電気がなければただの黒い板になる。


「変化しているようには、まったく見えない……」

「そうですか!」

「違う。曲解するな。ギブアップの宣言じゃない……!」

「そうですか……」


僕なんか閉じ込めて何が楽しいんだ。


「……」


どれだけ繰り返し部室内を見返しても変わらない。

思考のとっかかりが無かった。

それは、文坂波等羽という人間のことを理解していない、ってことでもある。


彼女は何をもっとも重視するか。

クラストを作成するに当って考えていることは何か。


その欲求の根本は、どこにあるのか。


「んー……」

「わくわく」


嬉しそうに微笑み、体を揺らす。

僕のことをキラキラした目で見ている。

中肉中背の平凡な様子が、今は好奇心に輝いている。


擬態だ。

本心から行っていない。

その騙しは、きっともう習性のようなものだ。

悪意やマウンティングなどではなく、日々当たり前にしていることを、ここでもやっている。


嘘にまみれているのが文坂波等羽の常態だ。


「前、文坂さんのクラストに入った際、君自身を暴かれることを求めた」

「え?」


擬態、嘘、隠していること。

そうしたことすべてを否定し、引っ剥がして欲しいと、心のどこかで願っている――文坂波等羽の方向性はそれだ。


呼吸するように嘘をついているのに、同時にそれらを否定されたがってもいる。


「このクラストの根っこは、それと同じもののはずだ」

「そうですかね?」

「確認したい」

「なんでしょう」

「このクラストは、異変を見つけ、それに触れることだ」

「はい」

「分かった」


僕は文坂さんをまっすぐ見つめ、近づいた。

異変に触れるために。



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