多重部室2
文坂波等羽はクラスメイトだ。
真面目に授業を受けている姿をよく見かける。
常に姿勢がいい、背の低い人。
良い意味でも悪い意味でも目立たないけど、よくよく知れば運動面でも勉強面でも優秀、そういう地味ハイスペックな人でもある。
メガネをかけているけど、実はあれ、スマートグラスの類じゃないかと疑っている。
気づけば僕のカバンの布部分に見知らぬ追跡タグが縫い込まれていた。
「はい、紅茶です、センパイ」
「もう一度言うけど、僕らはクラスメイトだからね?」
そして最近飲んでいいなと思った紅茶の銘柄が、当たり前のように出てくるのは何故なのか。
「クラスト部では、センパイのほうがセンパイです」
「入部時期の違いで発生するほど厳密なものじゃないはずだよ」
「半年程度の違いでも、尊敬の念は必要です」
「同学年に向けてそう言うのはおかしい、って話」
「もう……」
文坂さんは肩をすくめ、やれやれというようなため息をついた。
「だったら教室でもセンパイ、って呼べばいいんですか?」
「文坂さん、僕のこと嫌いだよね」
既にいろいろ噂が流れているのに、そこに「実は留年していた」みたいなものまで乗りかねない。
「いいえ、ちゃんと尊敬してます」
「その尊敬、別の形で表現できない? たとえば黙ってこの部室から出ていくとか」
「外へ出て五体投地して、敬愛すべき指導者様、我が心の君、今日は大変ありがとうございましたと皆に向けて叫べばいいんですね」
「社会的に確実な死を僕に与えようとしてるよね?」
「この僕に、何でも御申付けください」
「僕とか言うな」
僕とも同時に聞こえた気がした。
「とにかく、僕の関係者になるとクラストに巻き込まれる。その危険性はもう有名なはずだ。悪いことは言わないから、退部届を書いて欲しい」
ここで曖昧な立場のままにしてはいられない。
幽霊部員でも「クラスト部の部員」という属性がつけば巻き込む危険がある。
「甘いですね」
「何が」
「私はもう入部してます」
「だから、それどういう意味?」
「そのままの意味です」
「というか、その手に持ってるコピー紙らしきものは何?」
捺印済みの入部届であるように見えた。
「私がクラスト部にいてもいいという証明です」
「公文書偽造罪って知ってる?」
「技術不足は罪深いという意味ですよね、私なら大丈夫です」
「不足しているのはモラルの方だったか」
心外という顔をされた。
むしろ僕の方が侵害されてる。
「そもそも危険と言いますが、ここはクラスト部です」
「それは、そうだね」
「クラスト部がクラストに巻き込まれるのは当然です、何もおかしなことではありませんよ」
「単純に入るな、って言ってるの」
「えー」
「あと文坂さんって、推理研究部は殺人事件に巻き込まれるべきだと思ってるタイプ?」
普通はその対象について調べる部活だと思うはずだ。
実地で体験するとか考えない。
「センパイ、勘違いをしてますよ」
「何を?」
「他の学校にクラスト部なんてものはありません。私たちが先駆者です。つまり、今から私たちがやることが規範です」
「こんなもんの後に続く人とか絶対出ない」
自分で作っておいてなんだけど、本当のところ何をする部活だ、クラスト部。
「とにかく、どんな野望や動機があっても、クラスメイトの命を危険に晒すのはさすがに無い。僕は文坂さんの入部を認めない」
「明日、教室でセンパイのことをセンパイと繰り返し呼びかけます」
「僕はいかなる脅しにも屈しない……!」
「仕方ないですね」
「何が」
「センパイは知らないかもしれませんが、私ってば優秀なんですよ」
「それは、知ってる」
たしかに日々着々と僕の隠し事を暴かれてはいる。
ストーカーとしての優秀さは間違いない。
「ふふん」
「だからどうした、って話だ」
「私という人材、欲しくありませんか」
「得意なことは?」
「情報収集です」
「最近調べたことは?」
「センパイが実家の引き出し奥に隠していた初恋ポエムです」
「燃やせ」
「やです」
睨んだ。
意味深に微笑まれた。
たぶん意味はない。
「考えてみてください」
「何をだ」
「この得意なことは、他にも活用ができます」
「別の場所でやって欲しい」
「はい」
「はい……?」
座り、軽く微笑む文坂さんの顔を夕日が照らした。
表情豊かなはずなのに、能面のように見えた。
「表にQRコードを貼った紙がありましたよね」
「ああ、うん」
なんの為なのかと疑問だった。
「あれは、他の場所にも多数貼ってあります」
「文坂さん、何をしようとしてる?」
「もちろん、クラスト部の活動ですよ」
笑みが、深くなった。
「あれのURL先は、私が設営したサイトにつながっています。既に稼働してますし評判もいいですよ。相談内容の大半はどうでもいい悩み事ばかりですが、中には真剣なものもあります」
「それは――」
「クラストとは、人の望みや欲望を叶えるために行われるものですよね」
目が細くなる。
まるで獲物を捉えるような形だ。
「ねえセンパイ、クラストが出来上がる原因そのものを排除すれば――無償なのに全力で相談に乗るような危篤な人がいれば、クラストの数って減るとは思いませんか?」
いままでのクラストのことを思い出す。
そのマスターのことも。
真摯に相談できる相手が周囲にいれば、クラスト制作にまで至らなかった人間は、たしかにいた。
「だから入部すると?」
「目的はクラスト発生を減らすことです。クラストがどこで一番発生するかといえば、センパイの傍です、センパイの関係者となった人です。なら、クラスト部を中心に対策した方がいいですよね?」
文坂さんが見せたサイトには、「クラスト部相談室」と堂々と書いてあった。
文坂さんの写真が飾られ、個別相談ができるよう誘導がされている。
「どうあっても僕の関係者になるつもり?」
「別に入部を断ってくれてもいいですよ?」
こうなると、退部させても意味がない。
断ったところでサイト運営者として関係者であることに――クラスト被害に巻き込まれる確率が上がった状態であることに変わりはない。
「……なんでそこまでして入部したがる?」
「気づいたんですよ」
「何に?」
文坂さんは、ひどく真剣だった。
恨みすら籠もった目をしていた。
「どれだけストーカーしても、センパイがクラストにまで逃げたら追いかけきれないな、って……」
「クラスト内まで追いかけるつもりだ、コイツ……」
「酷いじゃないですか、どうして私に黙って秘密をつくるんですか! どうして……ッ」
「僕がものすごい裏切り行為をしたみたいな雰囲気作り出すのやめて?」
というかこれ本当に、クラスト内での情報以外は、筒抜けだ……




