多重部室1
高いビルの形状をした宇執摩高校には全員が部活に入らなければいけないという絶対の校則があり、僕もまた入っている。
本来であれば放課後になれば困った顔をしながらも、ウキウキと部室に赴くことになる。
嫌だなぁ、面倒だなぁ、という気持ちと、楽しみだなぁ、アイツはどうしてるんだろうなぁ、という感情が半々な独特の気持ちを、けれど僕は味わえない。
入学当初、仮入部で入った手芸部全員をクラストに巻き込み、多数の怪我人を出して以降、僕の入部を認めるような命知らずな部活は存在しない。
一回だけならともかく、仮入部三連続クラスト事故発生はもはや疑いようがない。
同時に、僕が幽霊部員や帰宅部になることも認められなかった。
その程度の共通項でも「僕の関係者」となってしまった。百人以上が巻き込まれたクラストは壮絶だった。
なので僕は、強制的に新設された部に所属している。
顧問なし、部員一人、活動実績皆無の部活動だ。
クラスト部という名前をつけたものの、誰もそう呼んではいない。
アレとかソレとか名前を呼んではいけないあの部活とか言われている。
僕と関われば、クラストに連れて行かれる――
これは宇執摩高校の生徒であればもはや常識だ。
教室が同じ、あるいは学校が同じだけではクラスト被害の因縁が発生しなかったことは幸いだ。
このジンクスは、あくまでも個人的な繋がりに限られる。
少なくとも、今の所は。
「あれ……?」
部室のドアに紙が貼られていた。
まったく作った覚えのないものだった。
横書きでクラスト部と書いてある。
その通りではあるから文句はないけど、その上にあるQRコードは不審だった。
僕はぜーはーと呼吸しながらそれを確認した。
部室のある場所は、かなり階数が高い。
それこそ町を一望できるくらい。
だから普段はエレベーターを使っているけど、今日に限っていつまでも来ず、仕方なく階段を使った。
疲れた頭では、誰がどうしてこれを貼ったのかという答えにはたどり着かなかった。
「……」
僕はドアノブを回した。
施錠されてはいなかった。
よくよく考えずとも、これは致命的なレベルで不用意だった。
鍵を締め忘れたのかなと思いながら開けた先には――
「こんにちは」
人がいた。
椅子に座って微笑んでいた。
静かに黙って閉めた。
「センパイ?」
奥の方にいたはずなのに、閉め切るより前に開け返された。
「ここは、センパイの部室ですよ?」
「間違えたのかと思った」
「そうですか、それはセンパイの勘違いです、どうぞ」
知っているはずの場所。
僕しか使っていない部室。
なのに今だけは、見知らぬ場所に見えた。
「……どうして、ここに?」
「ん?」
「不思議そうな顔をしないで欲しい」
「???」
実にすっとぼけた表情をされた。
「というかセンパイってなに。僕らはクラスメイトのはずだよね?」
「後輩ですから」
答えになっていなかった。
「そしてすべての後輩はセンパイをストーカーするものです」
「そんな法則、クラスト内にすら存在しない」
彼女は文坂波等羽。
以前、彼女が作り出したクラストを暴いて以来、なぜだか執着された。
道を歩いていて何気なく振り返ると、高確率で手を振る笑顔が目撃できる。
「ついに先回りしてきた……」
「センパイ、部活に来るのが週に三回は少ないですよ」
「それすら把握されてる」
「常識ですよ?」
「まさかと思うけど」
「はい」
長方形の大机に、いつも使っている椅子。
その前に覚えのないゼリー飲料があるのを確認しながら、訊きたくないことを訊いた。
「このクラスト部に入りたいとか言わないよね?」
「馬鹿なこと言わないでください」
「良かった、まだ理性があったんだ。たしかに危険だし、これ以上僕に関わるのは……」
「入りたいではなく、既に所属しています」
「……どうやって?」
顧問すらいない上、部員は僕しかいないのに。
「ふふ」
「意味深に笑わないで?」
怖いから。
夕暮れが差す窓際、小物を入れた棚、掃除用具入れ、読みかけの文庫本。
その中で佇む文坂波等羽は、まるで人形のようだった。
「後輩に不可能はありません」
「後輩をなんだと思ってるの、文坂さん?」
ちなみに後で確認したら、本当に文坂波等羽はクラスト部に所属してた。
書いた覚えのない僕の筆跡で承認がされていた。




