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故郷探索5

幽霊に取り憑かれる経験を僕はしたことがない。

だから、これは初めての知覚だった。


冷たいものが手の先に触れた。

実際の温度としてではなく、もっと別のもの――冷たい情報に触れた。死の感触であるのかもしれない。


指先から手首、肘を通り、脳までを一気に冷却する。

それは、明確な記憶の混濁をもたらした。


「ぐ」

 だいじょうぶ?


声にならない声がした。

呑気な感覚、いや、僕自身のものとして『それ』を知覚する。


「……あなたは、平気そうですか」

 たぶん……?


消耗に紗蔵宮自身は気づいていなかった。

その自己申告を鵜呑みにするわけにはいかないが、すぐに消滅はしないだろうと思えた。

声の大きさは減衰しておらず、呑気な響きを続けている。また、何より――


 どしたの? なんか困ってるっぽい感じだけど……

「あなたは宇執摩うとま町の出身ですか?」

 なんで知ってんの?

「僕もまたそうですが、この場合は違いますね……」


同じ町名だが、漢字はどうやら違うようだ。


「……そちらの記憶が、流れ込んでいます」

 まじで?

「はい」

 恥ずいんだけど、やめて欲しいんだけど、ほら、あたしにもプライベートがさ!

「そう思うのであれば、流入させるのを止めてください」

 流入、漏れ?――あたし、漏らしてるの!?

「僕が嫌な感じになるので、漏れる、という表現はやめましょう」


憑依されるのであれば、年季の入った幽霊の方がいい。

そんな役に立たない知見を得た。

幽霊であることをつい数分前に自覚した奴はいろいろな意味で厄介だ。


「――」


ジキィッと音を立てる。

脳の奥、接続の――


 えー、んー……?


キオクの中、知らない、シッテイル映像。

一人称視点での、町の風景。

友達の笑う横顔、夕日に沈む町並み、玄関の乱雑さ、日常が染み付いたリビング。


「……」


より鮮明に、勝手に浮かび上がってくるそれらは制御ができない。

徐々に接近する、最悪の景色。そのスローモーション。

その記憶ですらも。


だが、気づけた。


年代が、ズレている。

いや、それすら違う。

混ざっている、乱雑な上書きが成された――


 でけた!


嬉しそうな声と共に、映像が消えた。

記憶の中だけの騒乱が収まる。


接続と情報の流入は断ち切られ、取り憑かれた僕という現実だけが現れる。


 どだ!

「……幽霊レベルが上がりましたね」

 その言われ方、なんかヤなんだけど!?


頭を振り、先ほどまでの混乱をやり過ごした。

他の幽霊に取り憑かれた人は、同じような経験をしないと思われる。


「では、出ましょう」

 え

「こんな忌々しくおぞましい場所からは、一刻も早く離れるべきです」

 ひどくない?

「出ますよ」

 無視されてる!?


扉は予想よりもあっさりと、開くことができた。

もう僕らには用がないとでも言うように。


「……」


ドアを開いたままで固定し、その場を去った。



  +  +  +



当たり前だけれど、出た先は見知ったところだ。

実は異世界に渡ったということもなかった。


 わ……なんか、すんごい見覚えがある

「でしょうね」


人の気配の少ない道路を歩く。

心持ちゆっくりと、周囲を見渡しながら。


 ねえ……

「なんでしょう」

 何回も言ってごめんね、でもあたし……これから、どうなるんだろ……?


不安そのものの声だった。


「お寺にでも行きましょうか」

 祓われる!? え、あたし悪霊扱いなの!?

「まあ、大丈夫です」

 なにが!? ねえ、なにが!

「今、けっこう新鮮な感覚です」


異常なこと、おかしなことが起きるのはクラスト中だけに限られた。

だが今は、現実で幽霊に憑依されている。

イヤフォンをつけて町中を歩いているような高揚があった。


だから、ぎゃあぎゃあと喚く文句も聞き流せる。


「あなたは、あのクラストのマスターではありません」

 なに、もう、なに? たしかにそうだけど……

「あれは、どんな奴が作ったんでしょうね」

 ……あたしじゃないなら、そっか、そのマスターってのが他にいるんか。

「目的があってクラストは作られます」

 異世界の幽霊をキャッチしたいぜぇ、って人ってこと?

「ずいぶん特殊な願望の持ち主ですね」


そんな欲望を持つ人間はいない。


「あなたは幽霊です」

 うん

「僕にも、あなたが幽霊としてどれほど持つのか、わからない」

 う、うん……

「このままずっと続くのかもしれないし、明日にも消えてしまうのかもしれない」

 ヤなこと言うね

「行きたいところ、見たいところはありませんか?」

 いや、だから、ここあたしからしたら異世界ね?

「けれど、ほぼ同じような光景ですよね」

 たしかにそうだけど、わざわざ行くのもなんだかな、って感じじゃない?

「そうですか」

 話、聞いてる?


僕はゆっくりと歩く。

気分としては一人称視点でのマップ移動。

僕が見るためではなく、僕を通した別の人のために歩き続ける。


 んー……


案外大人しく、紗蔵宮はその景色を享受した。


袖町通りを抜けて、駅前へ。それなりに賑わっている。

コンビニやチェーン店、小型スーパーが行儀よく並ぶ。


オカルト関連の噂がある高架下を抜け、駅の反対側へ。

夕暮れに染まる町中を通る。


 なんか……

「なんですか?」

 すごく、ヘン……

「そうですか」

 もうちょっと会話続けよ?

「現状、僕はただ独り言を言っている奴です」

 今朝何食べた? 高校どこ? 部活やってる?

「ここぞとばかりに……」

 ふっふっふ


不敵に笑われた。


 じゃ、返事はしなくていーよ、あたしが勝手に喋るから

「ツッコミを我慢するのは嫌なので、こうします」


スマホを取り出し、顔に近づけた。


 賢い!

「もうちょっと早く気づくべきでしたね」

 今どこ向かってるの?

「確認したいことがありまして」

 お寺は、嫌だよ?

「それは最終手段ですし、それほど便利に祓えるとも思えません」

 寺生まれはスゴイってやつじゃないの?

「それ、ある意味、寺への風評被害ですよね」


仏教って、むしろオカルト否定派だ。


「これは、聞いていいのかわかりませんが」

 なに?

「紗蔵宮さんが最後に覚えている日付はいつですか?」

 えっとね、たしか……


そおおよそ2ヶ月前だった。

年代がズレているということもなかった。


「なら、まあ、いいでしょう」

 どゆこと。さっきから一人で納得してない?

「着きました」

 ここ……

「ええ」


ごく普通の一軒家だ。

表札には『紗蔵』とある。


「あなたの家です」



  +  +  +



その家には母親しかいなかった。

僕は自分が紗蔵宮とはネット上の友人であり、先日ようやく訃報を知ったのだと伝えた。

どうか、ご焼香だけでもさせてもらえないかと頼んだ。


はじめは不審そうにしていたが、紗蔵宮の個人情報――寝起きが悪く、午前中はだいたい不機嫌であること、体育が苦手で特に持久走は全力で嫌がっていたことなどを伝えると、いくらか警戒は緩んだようだ。


紗蔵宮本人からの抗議は完全に無視する。


 というか、ねえ、これ、どういうこと……?

「見ての通り」


遺影に映る姿は、本人のようだ。

直接その顔を見たことはないものの、この言動を取るであろう姿があった。

照れたような笑顔が飾られていた。


「君は、亡くなっている」

 いやいやいや、そうだけど、そうなんだけどさ! なんで、ここでも?!


リビングに通され、お茶を用意されている最中だった。

彼女の母親が台所に行っている隙に、僕は返答していた。


 ここって異世界だよね、あたしからしたら

「……あのクラストを造ったのは誰か、という話だと思う」

 ごめん、本当に意味不明

「マスターが君じゃないなら、いったい誰なのか」


一つは自然に発生した可能性だが、ほぼ無いだろう。


「クラストは、物理的な変化を起こすことは難しい」

 そうなん?

「その一方で、意識に干渉することは比較的容易だ」

 え

「君は幽霊だ、それは間違いない」


だけれど、異世界出身かどうかまでは、確定していない。

この現状が、クラスト干渉による結果でないとまでは言い切れない。


「だから、確認しに来た」

 ま、待って、なら、ならここ……!


お茶を運んで来てくれた人は、ひどく疲れている様子だった。

この上、更に頼み事をするのは非常に心苦しいが。


「これは、僕の学生証です」

 なにしてんの? あたし、今すごく混乱してんだけど

「もしよければですが、台所を貸してはくれませんか?」

 ねえ!?


彼女の親にも、はあ? という顔をされた。

実際には見えてはいないが、きっと親子そっくりだ。


「非常にお腹が空いたのです、簡単な味噌汁でも作れたら、これに勝る喜びはありません」


不審値が急上昇しているのが目に見えるようだったが、それでも貸してくれた。


僕はモタモタと味噌汁を作った。

包丁の扱いも、とても危なっかしい風に。


根本的なところでお人好しなところもまた変わらないのか、貸せ、とばかりに調理道具を取り返され、結局はほとんどすべてを作ってくれた。


「あの子ね――」


どこか懐かしそうに、母親は言った。


「これ、好きだったのよ」


お椀に注がれたそれは、ごく一般的な味噌汁だ。

なんのひねりもない、特別感もない、日常的なものだった。


「いただきます」


僕は丁寧にそれを口にした。

やわらかい温かみが広がった。

冬を越え、夏を耐え、春や秋を楽しむための味だ。


 ――

「美味しいです」

「そ」

「うん、けど、ショッパイよ、やっぱり」

「え」

「へへ」


僕の口は、勝手に動いた。


「ありがとうございます」

「あの、今」

「余計なことですが、お供えしてあげてください。紗蔵宮さんは、よく自慢していました」


一礼して、僕は去った。

ドアを閉じる直前、呆然とする母親の隣で、親指を立てて笑う女の子の姿が見えた気がした。


取り憑く、とは少し違うのだろう。

彼女は、ようやく帰宅できた。



  +  +  +



足早に来た道を引き返しながら、僕は連絡を取った。

体力自慢の連中に、片っ端から。


理由の問いかけに、僕は端的に返した。


「破壊したいクラストがある」


それは切実な理由で作られたものだ。

それだけの根本的な欲求を叶えようとした。


「幽霊、あるいは記憶残滓を片っ端から取り込んで、異世界の情報を植え付ける、そんなクラストだ」


なぜそんなことをしたのか、理由は簡単だ。


「本当に異世界から来た奴が、これを作った。自分が戻るため、僕らの世界の幽霊を使って、帰り道の探索をさせようとしている」


強い望郷、元の世界に戻りたい。

その願望の達成のために、確実な破滅へと「無関係な幽霊」を押しやる。

あのクラストは、そのような幽霊殺し、あるいは幽霊放逐装置だ。


紗蔵宮が元の場所に戻れたのは、本当にラッキーでしかない。

味噌汁の味が、彼女を迷子にしなかった。


「あれを作ったマスターが今も生存してるのか、もう亡くなっているのかはわからない。だが――」


どちらにせよ、叩き壊すべきものだ。


ドアを開けたままのクラスト、その時間制限に追われるように僕は走った。




故郷探索 了

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