故郷探索1
クラスト、というものがある。
神様だか誰だか知らないが、無作為に、あるいは意図的に渡されたキーによって作り出すことができる、異常な密室のことだ。
現代で、僕ほどこのクラストに巻き込まれた人間はいない。
だけど――
「ああ、うん、また?」
思わずそんな文句を言った。
そこは、何もない白い部屋だった、これ以上無く簡素、扉以外に目立つ物はなにもない。
普通に道を歩いていたと思ったら、いつの間にかここにいた。
個人経営の喫茶店くらいの広さの中に、僕はぽつんと立っていた。まったく手抜きもいいところ、工夫を凝らさず素材の味で勝負された。
「いや、本当に、なんで?」
クラストという特殊空間は、そのマスターの思う通りに作り変えることができる。
あらゆる願望を肯定する空間を作成できる。
なのに、ここには何もない。
どれだけ見渡しても平々凡々、創意工夫の完全欠如、時間も労力もアイディアも皆無。
まあ、最近は、なんだか出会う機会多い気もするけど。
「帰るかな……」
これまた平凡なドアを見ながら、そう言った。
通常、クラストは脱出のためのクリア条件がある。
脳内時間で1分経過とか、暗号を解かなきゃいけないとか、いろいろだ。
けれど、ここにはそれを示唆するものが何もない。
もしあったとしても、ちゃんと示してないのなら無いも同然。伝える気のないコミュニケーションはコストが高いばかりで役立たず。
僅かな距離を、それでも僕は慎重に歩いた。
クラスト内で一番してはいけないことは油断だ。
そうしてドアの前まで到着し、ノブに手をかけ――
「あ、あのさ!」
ようやく、声をかけられた。
「……」
振り返っても誰の姿もない。
確実に部屋内から声はした。その声の響き方を、僕は知っていた。
「……誰でしょうか」
「は、はじめまして?」
挨拶までされた。
「名前を名乗ってはくれませんか?」
「あ、えっと、あたし、紗蔵。紗蔵宮って言います」
声は、部屋全体から響いた。
それは、クラストのマスターだからこそ発することのできる声だ。
「そうですか」
「それで、そっちの名前――」
「あなたがここのマスターということでいいですか?」
「名前……」
「僕自身の意思を無視してこのクラストに囚われた、あなたの要求に従う道理はなく、脱出よりも優先するべきものはありません」
「ええっと……?」
「僕は、当然のことを言っていると思うんですが」
妙に、やりにくい相手だった。
「それで、あなたが行わせようとしていることは何ですか? それとも一方的に弄ぶつもりですか?」
「へ?」
「本当にやる気のないクラストですが、僕に声をかけた以上、なにか裏があるということなんでしょうね。下らないものではないことを願います、時間の無駄以上に退屈だ」
「あの、ちょっと、ちょぉっと、言いにくいんだけど?」
「なんでしょう」
「何言ってるのか、さっぱりわかんない」
「…………はい?」
「くらすと、とか言われても、困る」
「それはどういう――」
「なんか知らないけど、あたしって気づけばここにいたんだけど、これ、どういうこと?」
返事ができなかった。
周囲の、なんの変化も起きていないクラストを見渡す。
あまりに手抜きの、デフォルトそのままの密室を。
「まさか、と思うんですが」
「なに?」
「何も分からずマスターをやっている、とか言い出しませんよね……?」
通常の人の声と、マスターとしての声は違う。
拡声器のそれとも異なる、部屋全体から響く音だ。
この声の持ち主が、別の参加者だという可能性は低い。
「だから、わかんないんだって……」
その困惑と戸惑いは、僕こそが味わった。
本当に完全に無知なやつが、クラストを作成していた。




