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SPIRITS Rum  作者: 御堂


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5/11

解析係のクラリス・エヴァンジェリンは王弟をまだ知らない

ルシアン・ヴァルハルト・ランヴァリオンは、王宮庁長官兼国務総理という重責を与えられた若き秀才である。そして名前の通り、彼は王族であり、キリアンの弟である。

この兄弟、どちらも大変な美形である。

しかし美形にも種類があり、女性に好まれる容姿や気質も様々あるのだが、ランヴァリオン王国の貴族令嬢方は、圧倒的にルシアンを支持している。

理由は単純明快だった。

血統能力のせいで常に不機嫌にエネルギーを飼い殺している鋭い猛禽のような(キリアン)に対し、白鷺のような(たお)やかな美貌を持つルシアンの方が、まだ取り入りやすく思われていた為である。

穏やかな性格でいつも笑顔を絶やさないルシアンではあるが、側近達は彼がただ大人しく上品な王族とは思っていない。むしろその本性を日々間近に見せられているおかげで、逆に王らしい風格と豪快さを持つキリアンの方がまだ仕えやすい存在ではあった。

ルシアンは宰相役を任されるに値するだけの厳しさと怜悧な眼差しを忍ばせる、油断ならない一面を持っている。それを主に発揮するのは兄に関する事がほとんどであった。

ルシアンが心掛けている事は、兄の事だけである。

キリアンがルシアンの最優先事項だ。

キリアンの始祖王に匹敵する原初のランヴァリオンの炎の顕現を誰よりも喜び、誰よりもその危うさに懸念を示したルシアン。

先王である父の急逝の知らせを受けて、彼が真っ先にしたのはアンバーカノープス起動の再検討である。涙を流す事でも葬儀の段取りでもなかった。

フェリクスと連絡を取り合い、兄が葬儀を取り仕切る裏で、ルシアンは兄が調べあげたジュネヴァの末裔に一縷の望みをかけ、大陸中を探し回らせたのである。

兄に先んじて課題を潰していく事で、兄の即位を確実なものにするのがルシアンの使命だ。

よって現在、兄キリアンがようやく見つけた希望(クラリス)と共に、アンバーカノープスの稼働に向けて全力を取り組んでいるのならば。

ルシアンは王太子代理として表向きの一切のことを引き受けている。

油断も隙もない笑顔を浮かべながら。


クラリスがアンバーカノープスと初対面を果たした翌日である。

晴れ渡る空に、雲はひとつ無い晴天。

白亜の王宮を吹き抜ける風を感じながら、ルシアンは肩まで伸びたブロンドの髪をサラッと耳にかけて微笑んだ。

「サン・エターラ帝国の皇帝陛下の名代としてお越しいただいた皆様を、心より歓迎いたします。ようこそ、我らが『太陽の国』ランヴァリオンへ」

優雅な仕草で着席を促し、ルシアンも静かに腰を下ろした。

熱帯の強い日差しを遮る厚い大理石の壁。高い天井からは、冷気を孕んだファンが静かに回っている。

テーブルには、ランヴァリオン特産の冷えた果実水と、帝国の貴族が好む重厚な茶葉の香りが漂い、色鮮やかな花がどっさりと生けられたテーブルで視覚も楽しませていた。

長い船旅の話に耳を傾けながら、ルシアンは笑顔のまま彼らに話を促す。

退屈といえば退屈な時間だ。しかし相手は帝国からの招待客達。隙を見せられない相手なだけに、ルシアンは慎重に彼らの様子を伺っていた。

「ときに長官殿。本日、王太子殿下キリアンのお姿が見えぬようですが……もしや、体調でも思わしくないのでは?」

末席から湿った声が上がった。

顔を上げたルシアンは、柔和な笑みを浮かべて彼の名を呼ぶ。

「ベルンシュタイン伯爵、お気遣い痛み入ります。お陰様で兄はこれ以上ないほど健勝に過ごしております」

落窪んだ目から陰湿な光が漏れている。

ルシアンの王族らしい鷹揚さと穏やかな笑みに、オズワルド・フォン・ベルンシュタインはフッと口を歪める。

「それはそれは、何よりなことで。……いえ、我が皇帝陛下も、キリアン殿下が宿しておられる『原初の熱』があまりに強大であるがゆえ、その身を焼いてはおられぬかと、夜も眠れぬほど案じておいででしてな」

煽るような言い方は彼の計算だろう。ルシアンは笑みを崩さない。

「こちらへ参る前に陛下に言われたのです。近頃は心配で食事もままならぬと…。我々は古くからの友好国。キリアン殿下にもしもの事があればと、陛下は涙を流す程でしてね」

キリアンの持つ破壊的なランヴァリオンの熱は、帝国の脅威でもある。制御不能に陥った場合の算段をほのめかせながらベルンシュタインは首を緩く振った。

「おやまぁ、それはそれは…」

大袈裟な仕草で驚いて見せるルシアンは、それでも安心させるように微笑む。

「皇帝陛下には大変なご心労をおかけして、誠に申し訳ございません。このルシアン、深く謝罪致します。しかしご安心ください。兄のキリアンは継承式典に向けて、現在『聖別』の期間中なのです」

さも困ったように微笑んで見せながら、ルシアンは続けた。

「主役が皆様にご挨拶申し上げられないこと、改めて深くお詫び申しあげます。が、何しろ先王の即位以来の大きな儀式…。兄には何一つ憂う事がない状態で臨んで欲しいのですよ。身を清めて男神ラムの御言葉を頂く最初の大仕事でもありますゆえ…。皆様におかれましてはご理解いただけると嬉しいのですが」

「ルシアン殿、頭をあげてくだされ」

成り行きを固唾を飲んで見守っていた太った公爵…リッカーが、慌てて間に入る。

「ベルンシュタイン伯爵は長旅で色々と思う事も多かったようだ。なに、ランヴァリオン王国を思っての事は本心だろう。言い方に含みを感じさせたかもしれんが…」

「大丈夫ですよ、リッカー公爵。本来ならば兄がこの場でご挨拶申し上げるのは当然のことなのですから」

大汗をかくリッカーに微笑みを向けてから、ベルンシュタインにも顔を向ける。

「我々は悠久の時を経ても友好国として手を取り合い、助け合って来た間柄。皇帝陛下が案じておられるのも理解しております」

「…。あとひと月、伝説のラムの奉納が恙無く執り行われるよう、我々も祈っておりますよ」

ベルンシュタインが口元を歪めて笑う。ルシアンも涼やかに微笑んだ。

「式典までの政務は、すべてこの私がお引き受けしております。何か不足があれば、何なりとお申し付けください。……もっとも、兄が供する『最高のラム』に酔う準備以外、皆様にはしていただくことはございませんが」

ルシアンの洒落た言い回しに、みんながどっと沸いた。しかしベルンシュタインがまた口を挟む。

「ならば、最後にひとつだけお尋ねしたいことがありまして」

「伯爵っ」

止めに入るリッカーを制して、ルシアンは首をかしげた。ゆっくりと優雅に。

「なんでしょう?」

「実は、目をかけていたネズミが逃げ出したのですよ。泥のように汚れた薄汚いネズミなんですがね。少し目を離した隙にどこかへ潜り込んでしまったのか…行方がしれないのです、困っておりましてな?まさかこの太陽と黄金の輝く楽園に潜り込んだわけでもないでしょうし」

ルシアンは困ったように微笑む。

「ネズミ、ですか。伯爵はなかなか風変わりな趣向をお持ちなのですね。帝国には珍しい品種でもいたのでしょうか。……留意しておきましょう。万が一、我が国の黄金の砂を汚すような不衛生な獣を見かけましたら、()()()()()()()()()()()()()()ね?」

「…。お願いしますね…?」

ベルンシュタインの言葉で、帝国の客人達は一斉に立ち上がった。

謁見室の扉の所でルシアンは側近と共に彼らを見送る。笑顔を浮かべたまま、彼は口をほとんど動かさずに側近に囁いた。

「ベルンシュタイン伯爵を監視しろ。兄上とクラリス嬢には絶対に近づけるな」

「承知致しました」

そそと下がる側近の背中を一瞥してから、ルシアンは執務室へ向かう。

フェリクス宛に、簡潔に帝国側に動きがあった事を知らせる手紙をしたためると、それをタウンハウスに届けさせた。

継承の儀式までがとんでもなく長いように感じられ、ルシアンは長く長く息を吐いた。




アンバーカノープスの解析が終わるまで、絶対に動かないと宣言したクラリスに、キリアンとフェリクスは当然大反対した。だが、潮騒の宮殿とタウンハウスの往復は、キリアンの車でも四時間はかかる。

「物資はフェリクスさんに任せます。上に神殿がありましたよね?解析結果を書き写す紙が大量に必要なので、後でもらってきますが、筆記具の予備もお願いします、インクじゃなくて鉛筆が良いです。それと」

メモにどんどんと追加しながらクラリスの口は止まらない。

「殿下は、泊まる用意をしてください。私は野営などに慣れてるのでお気遣いは結構です。王宮に用事があるのなら、すぐに戻って速やかに戻ってきてください。古代語が分からないのでとにかく殿下の翻訳が必要です、鍵になるので。いいですか、速やかにお願いしますね」

メモをフェリクスに押し付けるが、アンバーカノープスに目線を移したクラリスは、メモを取り返してまた書き込んでいく。

「灰の谷で見せてくださった図面、あれを正確に書き写した人物がいれば連れてきてください。もしいなければ、絵の上手な方がいいです。書記係も必要なので、交代要員含めて四人ほど手配してください。あとフェリクスさんがいない間のお使い係も欲しいです。追加で色々と出てきそうなのでいっぺんにお願い出来ない可能性があります。なるべく多めに手配してもらえると良いです!移動は馬でお願いします。速やかに迅速にお願いします」

メモをフェリクスに再度押し付けたクラリスは、アンバーカノープスに目線を移した。

「私からは以上です」

キリアンとフェリクスは顔を見合せた。クラリスの変貌ぶりにキリアンはおかしくて仕方がない顔をしている。

静まり返った背後を振り返ったクラリスが目を見開いた。

「何してるんですか?はい、はいはい!一旦解散!行ってください。時間がないんですよ?ほら、行って!!早くっ!!」

シッシッと追い払う仕草で手を振るクラリスに、キリアンはとうとう堪えきれずに笑いだした。

「フェリクス、行くぞ」

「しかしこんな場所に女性をひとりで置いて行くのは」

いいから!!と渋るフェリクスを引っ張りながら、キリアンは長い石階段を登り始める。

振り返った時には、クラリスは両手を広げてアンバーカノープスの黒い巨体を抱きしめるようにしていて、どこか遠い世界を覗きながら口を微かに動かしているところだった。

腰にすがりついて喚いたり、青ざめたり、謝罪を繰り返す気弱なニンジンはどこにもいなかった。

ただ静かに、そして真摯な姿で、求められた役割を全うしようとする修復師の姿がそこに居た。

キリアンの心に、小さな灯火がついた瞬間だった。



クラリスのメモ通りに様々なものをかき集めて戻ると、アンバーカノープスのそばでキリアンとクラリスが床に座り込んで何かを話しているところだった。

クラリスに追い出されてから数時間経っている。

床に広げられた図面と、数式が書き殴られた大量の紙が、いくつかの島を作って仕分けられていた。

クラリスが求めた書記係が二人。ひとりは部屋の隅で毛布を被って仮眠中のようで、もう一人が必死にキリアンの話す言葉を書き起こしている。

フェリクスの姿に気づいたキリアンが軽く手を挙げた。

「ご苦労」

「頼まれた物資の一便目です、食糧と菓子、筆記具、それとクラリス嬢の荷物…」

時間は深夜になる頃だった。フラリと立ち上がったクラリスが、大量に詰め込まれた菓子の袋に手を突っ込んで造作に掴みあげる。何も言わずに、黙ってチョコレートの紙をむいて食べる姿は鬼気迫るものがあった。

「ニンジン、着替えろ。ドレスのままは窮屈だろう」

キリアンの言葉に、チョコレートを口に押し込んだクラリスが黙って頷く。怠そうに首を巡らせて、フェリクスが持ってきたクラリスのリュックに目を止めると、それを掴んで部屋の隅で着替え始めた。

フェリクスが慌てて背中を向けるが、キリアンは苦笑を浮かべたまま、着替えるクラリスを見ている。

「殿下、不敬です」

フェリクスの叱責にキリアンが肩を竦めた。

「今。どんな様子ですか」

「…順調なんだろうな、一応」

「一応?」

キリアンが諸々の準備を終えて戻ってくると、クラリスは運び込まれた大量の紙に数式を書き込んでいる最中だった。しかしその勢いが凄まじかったのだという。

手元を見ずに空中を見つめたまま、サラサラと鉛筆を走らせ、書き終えるとアンバーカノープスの近くまで持っていき、空中を見ながら場所を特定するように置く。また紙に書いて、場所を探して置く、をひたすら繰り返していたのだという。

「書記が来たら、今度は古代語の翻訳。クラリスが聞き取り、俺が翻訳、書記が記録する」

疲れを滲ませるキリアンだったが、その顔には不機嫌さはなく、むしろ楽しんでいるようなところがあった。

「アンバーカノープスはなんと言ってるんです?」

「…始祖の王のレシピを話している」

「それは…」

神話にもある始祖の王が、男神ラムから直々に伝えれた伝説のラム酒ではないのか?

フェリクスの言いたいことを察して、キリアンが頷く。

「分かってはいたが、とんでもない代物だ…アンバーカノープス…」

フェリクスが頷く。

「外はどうだ」

「王宮に帝国の招待客らが到着したようで。ルシアン殿下からベルンシュタイン伯爵の動向に気をつけよと」

「帝国典礼院・特務調査官、ね」

ベルンシュタインのことは、キリアンも以前からマークしていた人物であった。

帝国における血統管理の最高責任者で、蛇のような狡猾さを持ち、他国の血統能力者を忌み嫌う死神のような男と認識している。

「奴が来たということは、うちのニンジンを追いかけてきたんだろうな」

「間違いないかと」

キリアンが、目の下の隈を擦って嘆息する。

「ここにいればニンジンは当面、安全だろう。無駄に警備を増やすなどするな。目を引きたくない」

「御意」

フェリクスはそう言って立ち上がった。

着替え終わったクラリスがフラフラと戻ってくる。

灰の谷で着用していた男物のこざっぱりとした作業着姿に、爆発しかかった髪をひとつにまとめて縛っていた。足元のブーツが冷たい床からクラリスを守っている。クラリスらしい格好にフェリクスは少しホッとした。

クラリスの手には、チョコレートの包み紙と、ビッシリと書き込まれたメモが握られていた。

「…フェリクスさん、これは明日以降…アンバーカノープスを稼働した後に必要なものです」

「…承知した」

書き込みの多さに一瞬めまいがしたが、フェリクスは無表情で受け取った。

「また来ます」

そう言い残して、また長い石階段を登り始めた。




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