第百十九話 慟哭2
オークとゴブリンの開拓地に向かうと、血の涙を流さんばかりに男達が号泣していた。曲がった事が嫌いな女衆も、今回ばかりは勝手が違うのか、どうしたものかと遠巻きに見つめて困り果てた顔をしている。
「テムジン、ジャムカ、屈強な貴様らが何故、赤子のように泣き続けるんだ?」
テムジンは俺に答えた。
「毎日が夢のように幸せなのです。美しい妻がいて、戦いもなく平和な日々です。仲間と助け合いながら過ごしております。
妻と子は何人欲しいか、我が子には武を鍛え、学問を学ばせたいと飽きもせずに語り合っております。
この幸せを知った今では、もう昔には戻れません。この生活を奪おうとする者がいたならば、命を懸けて断固として戦います。
ですが、今更ですが、我々は気がついた。
我々は、このような他種族の幸せを、幾万もの幸せを破壊してきたのだと」
なるほどね。
毎日、幸せを実感して、この唯一無二の幸せを失う事を恐れ、幸福の価値を心底から思い知った時に、自分達の所業に思い至ったってわけか。
「何とかなりませんか?」
ボルテが俺の腕を掴む。
大切な夫を立ち直らせたい一心なんだろうけど、骨が砕けるってばよ!
「ならないよ。ボルテは腹を痛めて産んだ我が子が、面白半分に殺されたら許せるか?」
「・・・許さない」
「怖いから殺気を消してくれ」
「し、失礼しました」
でも、仕方がないんだよ。
カッコウだっけ、托卵とかするじゃん。
鳥だって、それくらいやるんだよ。
他種族の腹を借りて子孫を増やす種族がいたって、不思議じゃないだろ。この世界は俺からしたらファンタジーそのものだしな。
ただ、あっても不思議じゃないと思っても、その行為は断じて許容は出来ない。あの光景を見てしまったら無理だ。
だから、今は憎まれるしかない。
憎まれて恨まれながら、今後は二度と、そんな事をしないのだと、ゆっくり理解してもらうしかない。
「そんな悪事を働いた我々が幸せになって良いものかと考えてしまうのです」
そんなジャムカの言葉にテムジンが頷く。それを聞いたボルテは青褪めた。妻と別れて何か反省の行動を起こすとか言い出しそうだったから。
何とかして下さい!
そんな女性陣の魂の叫びが聞こえたので、任せろと頷いて見せる。しかしまぁ、今後死ぬ事があって、俺をこの世界につれてきた神様に再会したら、一発殴っておこう。
こんな誰得な設定を作るな、と。
だが、それは未来の話だ。
「幸せになって良いのか、だと。当たり前だ。幸せになれ! 幸せになったから、お前らは自分の行動を、他種族視点で悪と理解できたのだろ?」
だったら、子供を作り育てて慈しみ、愛情をもって育てる苦労も楽しさも幸せも理解しろ。そして理解するたびに苦しめば良い。
そして女性がいて、夫婦でいるから味わえる全ての喜びを知った上で、何を償えば良いか考えたら良いと思うのだ。
そして俺は鬼子母神の話を思い出したので、聞かせてやった。
「不幸になった女性は元に戻らないが、それよりも多くの女性を守ってやれば良いんじゃないかな?」
「偽善ではないですか?」
「例え自己満足だとしても、偽善だとしても構わないだろ。やらないよりはマシだよ」
そう言われて、オークもゴブリンも少し心が晴れたようだった。
「まずは当たり前の幸せというものを知る事から始めます」
そう野郎どもが言ったので、女性達も安心したのだった。
「フェイロン、ありがとう!!」
感激したボルテに抱きしめられて、肋骨が何本か折れた。この先、オークの女性と恋に落ちる物好きが現れたとしても、長生き出来ないだろうなと思ったよ。
遥か未来のとある場所。
夫の暴力に耐えかねた女性がゴブリンの家に匿ってもらい難を逃れた。別の場所ではチンピラ数人に性的暴行を受けそうになっている所を、屈強なオークに救われた。
そんな話は珍しくなくなってた。
例え見ず知らずでもゴブリンの家に逃げ込め。例え行きずりの関係でしかなくてもオークがいたらその背中に隠れろ。
危険な時にはどうすれば良いか、上記の事を母が娘に教えてると聞いた時、テムジンとジャムカを懐かしく思い出す事になる。




