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第三話 後編(1)


 男は礼子が指を出した方向に進む。電車に沿ってホームを歩くと、前方とは比べられないほど混んでいる車両があった。電車の中にはぎっしりと人が詰まっていたが、なるほど全員黒髪である。男は人種によって乗る車両が異なることを理解した。前の車両は空いているのに対して、後ろの二両だけは混んでいて、明らかに異質だった。


「凄い混みようだな」


 ホームに降りる階段から一番遠い場所が、あてがわれた乗降場所であった。そこに乗っている人達は、特に不自由そうな振る舞いをしていなかったことが、いっそう男には不気味に思えた。気おくれしていると、発車を告げるベルが鳴り始めたので乗り込む。人を掻き分けて乗り込むと、汗臭さで鼻が痛くなったが我慢するしかなかった。真横のおじさんを押し退けて居場所を確保する。まもなく扉が閉まって列車が動き始めた。

 電車での移動は、まさしく不愉快そのものだった。とても景色を見ることが出来ず、カーブに差し掛かる度に四方から押し込まれる。釣り竿が持てない乗客は、もはや抗うことを諦め隣の乗客に寄り掛かかる。何度か押しつぶされながら格闘していると、電車が減速してホームに入っていくことに気が付いた。京都の街並みを抜けて、いつの間にか寂れた雰囲気の街が広がっていた。電車が止まった駅の駅舎は古そうで小さく、ホームには天井もないような停車駅だった。

 車長が聞こえない声で駅の名前を告げると、電車のドアが開いた。すると隣から掛かっている圧力が強くなった。この寂れた駅に降りたい人間は多いようで、人のカタマリごと外に吸い出されているかのようだ。


「わ! 押すなよ、痛いって」


 男が叫んだところで、押しのけるように出ようとする力は収まらない。あまりにも強く押されるので、押し合いに負ける様に男も電車から降りてしまった。


「待ってくれ、ちょっとどいてくれ。 聞こえてんだろ」


 狭いホームでも人ごみに押され、それを避けて歩くことが出来なかった。男が逃げ込める場所を探している間に、ついに電車が出発してしまった。走り始めた列車は何とも軽快そうで、清々したとばかりに加速していく。さっきまで乗っていた車両が、空っぽになってレールに合わせて跳ねていく姿を、男は人と人の間から見ていた。降りる駅ではないので、とうぜん礼子はいない。男は仕方がないので、流れに合わせて駅の外に出ることにした。 

 改札は入った時同様、かざすことで通り抜けることができた。駅舎を見渡すと、電車から降りた人影の中にフルヒトはいなかった。降りた一団は、真っすぐロータリーへと列を作る。列を並ぶ集団の中に話す人はおらず、足音とバスの駆動音が規則正しく続く。その一団は次から次へと来るバスに乗り込むと、これも規律良く座り込んでいった。


「乗り込んだら奥から詰めろ、早く乗れ!」


 男が様子見にふけっていると、バス停で乗車を見守っていた人物が掴みかかってきた。色の渋い茶色の帽子を、髪の毛が見えないほど深くかぶった中年の男だ。一瞬フルヒトかと身構えたが、掴み込みが弱かったので人間であるようだった。 


「いや、俺はここまで押されて来ただけだ。 こいつらブリキ人形みたいに歩くから、おかげで電車に戻れなくなっちまったよ」

「黙って乗らんかボケが」


 そう言うと服の裾を掴み、バスまで引きずると、そのまま問答無用に押し込んでしまった。 中年男は足で深く蹴り込むと、運転手に目をやり短く手を振った。


「クソッ‼ いてぇだろ」


蹴り込んできた中年男に殴りかかるつもりで上体を起こすが、手が届く前に扉が閉まり、バスは出発してしまった。窓を叩いて中年男への文句を叫ぶが、中年男は気にせずバスの誘導をする。

バスはロータリーを回ると、そのまま寂れた街に向かって走り出した。このまま駅から離れられると困るので、今度は運転席に向かって話しかけた。


「降ろしてくださいよ。 俺は乗る予定じゃないんだ」

「……」


 バスの運転手は聞く耳も持たず、ギアを操作しアクセルを踏み込む。この運転手も乱暴で、急発進急ブレーキを繰り返した。周りに視線を動かしたが、他の乗客は少しも気にした様子はなかった。仕方がないので転げながら空席に座り込み、急いでシートベルトを装着した。男が座り込んだ席の隣には、二十歳ぐらいの人物が座っていた。急に横に座って来たことに、一瞬だけ嫌そうな顔をした。


「こんにちはお兄さん。 このバスってどこに行くんだ? さっきの駅に戻りたいのだけど」

「…………採石場だよ。 このバスは駅から作業者を送迎するためのものさ。 なんで乗ったの」

「無理矢理乗せられたんだ。 どうすれば良い?」

「着くまで止まらないから、大人しくするんだね」


 この問答が、男にとって西日本での初めての同人種でのまともな会話になった。男は運転手同様無視されるかと思っていたが、反応が返ってきたことが嬉しかった。


「お兄さんは、その採石場で働いているの?」

「……そうだよ」


 色々質問すると、一つ一つ答えてくれた。なるべく「お東さん」がバレない様な言葉選びをして質問する。

 質問を繰り返すと、色々なことが分かってきた。その採石場には大量の劣等人種が働いていること。給料は低いが、生活ができる程度は貰えていること。しかし最近は派遣されてやってくる人材が多く、元からいた労働者は次々と辞めさせられているとのことだった。


「派遣会社から来るのも、同じ人間なんだろ? どうして肩身が狭くなるんだ」

「あいつらの方が使い勝手が良い。 安いし、何でもやるし、何をやっても文句を言わない」

「文句を言わない?」

「言わないのさ。見てみなよ……」


 そう言うと懐からチリ紙を取り出して丸め、通路を挟んだ向こうに座っている人間に投げつけた。チリ紙は顔に当たって足元に落ちた。当てられた本人は表情を変えることも身動きを取ることもせず、こちらに対して何の反応もしなかった。


「まるで木偶人形みたいだろ。 殴っても蹴ってもうずくまるだけで、いっさいやり返してこないのさ」

「喋れないのか」

「いや簡単な質問なら答える。 まともな世間話はしたことないけどね。 命令には忠実で、一切反抗しないで倒れるまで作業し続ける。 お上の職員は大喜びさ、死んでも派遣会社に金を払えば新しいのをすぐ送ってくれるとかね。 お陰で元から働いていた人は、ほとんど辞めさせられたよ」


 周りを見渡すと、どの人物も無表情であった。時々無表情でない人もいるが、そういった者は俯くか、もしくは不機嫌そうに眠っている。さきほどチリ紙をブツけられた人の顔の前に手を出してヒラヒラしてみる。その手にも目線を送ることはなかった。


「彼にいったい何があったんだ」

「知らないけど、噂だと奈良共で拷問みたいな教育がされているらしいよ」

「ナラキョウ?」

「奈良共同製作所のことさ。 あの会社は色んな事業に手を出していて、人材の教育と派遣もやっている。 その人材の教育の過程で、死人が出るほど厳しい訓練を受けるらしい」


 その噂のある派遣会社は、緩衝地帯に近い場所にあるらしい。広い敷地の中に様々な部門の建物があり、大規模な事業を展開する会社らしかった。劣等人種を積極的に雇うことで有名らしく、少しでも良い生活がしたい劣等人種がコゾッテ押し寄せるらしい。劣等人種を積極的に採用することが、西日本では珍しいことであった。

 劣等人種に上手く仕事をさせるノウハウを生かし、最近始めた事業こそが人材の派遣だった。単純な労働力がほしい企業にとって、簡単に人数を集めることができる奈良共は魅力的なのだ。


「でも死人が出るなんて噂もあって、ちょっと怖いな」

「そんなこと、どうでもいいのさ。 奈良共での訓練中は飯と宿にはありつけるから、取り敢えず行けば餓えることはないからね」


話しが盛り上がってくると、バスの揺れも大きくなる。道路の舗装の状態が悪いらしく、くぼみに落ちては乗り上げバスが上下に激しく揺れた。



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