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第二話


 ふわふわと鼻先に布団が当たっている。なんとも気持ちよく、このまま包まれ続ければ溶けてしまいそうだった。そう錯覚してしまうほど、今寝ている布団は気持ち良かった。いったい何時の間に我が家の布団は新品に変わってしまったのか。昨夜入った布団と比べ物にならない。ほとんど動いていない頭から、沸々と感想が浮かんでくる。 

 しかし少しずつ覚醒し始めると、布団がフカフカなことに疑問が出てきた。いや、おかしい。俺が今まで使って来た布団と明らかに違う。ついでに枕も違う。


「起きなさい」


 目を開けようか迷っていたころ、聞きなれない女の声がした。その声はとても澄んでおり、綺麗な女性な声なのに妙に力の籠った声だった。他人に起こされるとは、決まって寝坊をした時だ。いつもなら、母親が起こしに来て起きるよう促してくるが、さきほど聞こえた声は母親のモノではなかった。布団といい枕といい、異常が立て込んでいる。そもそも家族は旅行に出ており家にはいないはずなのに、どうして人の声が聞こえるのか。きっと疲れているのかもしれない。さいわい布団がフカフカだ、このまま二度寝とするか――。


「早く起きなさい‼」


 そんな怒号とともに、布団を剥ぎ取られ急に外気に晒される。いきなりの事に驚き身を起こす、この家には誰もいないはずなのに‼


「あ……あんた誰だ」


 恐らく布団を剥いだのは、目の前の少女だろう。正座し器用に布団を畳みながら、睨んだように見下ろしてくる。なんとも透明感のある整った顔で、良く言えば薄い顔、悪く言えば塩顔といった感じだった。腰まで垂らした『白い』髪の毛がよく目立つ。そして今となっては珍しい和服を身にまとっていた。 


「はぁ、(どん)くさいわね。 やっぱり劣等人種ってみんなこうなのかし? どうしてお母様はこんなの家に招いたのよ」


 そういうと少女は後ろから何かを取り、こちらに寄越した。


「それに着替えなさい。 それまで外にいるから、終わったら呼びなさい」

「ちょっと待ってくれ、ここは何処だ。 俺の家じゃないだろ、それに君は一体誰なんだ」


 少女は一瞬立ち止まり答えようと口を開いたが、少し間をおいて「後でお母様が話す」と言って部屋から出て行ってしまった。着替えと何の状況も分からない男だけ残された部屋を、改めて見渡す。立派な日本家屋の和室といったところか、いまどきの日本では珍しく畳がある部屋だった。部屋の畳が六枚あるということは、六畳分の広さと考えていいのか。一面が少女が出て行った襖で、向かい合う方が障子で日の光を取り込んでいた。


「おぅ……、これが障子ってやつか」


 大戦後の日本は、主にアメリカの資本を利用する形で復興を果たした。そのため元来の生活スタイルが一変し、欧米スタイルの家屋が主流となっていた。こんな和様な部屋は、旅館か金持ちしか住まないだろう。という事は、俺はもしかしたら、とんでもないところにいるのかもしれない。


「ホントに破けるもんなのか?」


 昔の知り合いに、金持ちを自慢する輩がいた。それによると障子に張ってある紙は破きやすいらしい。試しに小指でつついてみると、軽快な音を上げながら障子紙は裂けた。予想以上に大きく開いてしまったが、引っ張って馴染ませると目立たなくなった。

 それにしてもさっきの少女も非凡だ。あの白髪も含め、何か特別な人間に違いない。なにより態度が気に入らなかった。障子紙を破いた人間の思って良いことではないかもしれないが、就寝中の人間から布団をむしり取るなんてオカシイ。


「……これ、どうやって着れば良いんだ? 着物? だよな」


 何度もすまないが、この日本では文化が死に体だ。和服なんて人生で一度も着たことがない。服も大戦直後に不足した時、アメリカから洋服が大量に輸入され和服は時間とともに姿を消していった。こんな平凡な人間が着る機会なんてあるわけないのだ。したがって、着方が分からない。


「す、すいませ――ん。 これ着れないんですけど」


 助けを求めるより他がない。求めた先の少女は本当に近くにいたようで、直ぐに襖を開け顔を覗かせる。やはり先ほどと変わらない綺麗な顔だ。しかし覗かせる顔は不機嫌そうだった。


「大きさが合ってないのかしら。 そんなはずないと思うけど」

「着方がわからいんだ。 手伝ってくれないか」


 「訳が分からない」みたいな顔をし、呆れ顔で入ってくる。いかにも人を馬鹿にした様な目で見下し、右手を額に当てヤレヤレと小さくため息を吐いた。


「さすが劣等人種ね。 うわさ以上だわ」

「れっとう? 何のことだ」


 聞いたことのない言葉だ。言葉のニュアンス、仕草から良い意味でないことは理解した。それでもいまいち解ってない事を察したのか、勝手に説明し始める。


「劣っているってことよ、人種的に。 そこまで無能なら同情するわ、本当に」


 鼻で笑いながら手に持っていた着物をひったくり、広げなおす。 朝起きてから感じていたが、この少女あまりにも失礼すぎる。どんな事情があるにせよ、初対面の人間に対して言って良い言葉でない。


「あのさ、そういった失礼なこと言っちゃいけないって親に教わらなかったのか?」

「あら、何か失礼だったのかしら」

「劣っているとか無能だとかだよ」


 少女がこちらを睨み、ひったくった服を床に落とした。凄みのある目で見つめられ思わず後ずさりしてしまう。 


「私が、劣等人種を、劣っていると言って、何が悪いのかしら」

「劣等人種なんて言って、君だって人間だろう。 そんな髪を白く染めてカッコつけてるのか知らないけど、やめた方が良いぞ」


 白い髪とは、すなわちフルヒトを連想するのだ。世間なら白髪は避けて、年をとっても染めて隠すのが当たり前だ。しかし最近は不良グループがカッコを付けて白く染めるのが流行っているらしい。目の前の少女が、どんな理由で髪が白いのか、それこそ知らない。もしかしたら化け物に憧れて染めているに違いない。それなら先ほどの言葉も理解できる、自分は他とは違う力がある、そう思っているなら彼女は重度の中二病だ。 黒歴史になれ‼

 自身の中で彼女に対して一つの決着がつき余裕を取り戻した彼。対照的に彼女はワナワナと震え詰め寄ってくる。


「私が人間?あなた、私があなたと一緒だと言っているの?」

「あぁ、俺の学校にも髪染めてる奴がいたが、ここまでフルヒトに成りきっている奴には初めてあ―――」


 次の瞬間、少女に胸ぐらを掴まれたと思ったら激痛とともに畳にキスをしていた。何が起きたかわからない、いや俺は投げられた。目の前の女に、片手で。痛む顔を押さえながら、上体を起こす。彼女は、手を払い汚れを払う仕草をし、腕を組んだ。


「私達とあんた達を一緒にしないでくれないかしら。 それこそ失礼よ。 親に優等人種と劣等人種の見分け方を教わらなかったのかしら」


 そう言うと、少女は髪を手の甲でナビかせる。白い髪は一本一本艶があり、サラサラと元の位置に戻っていく。白い髪は、あの化物の象徴である。


「フ……フルヒト‼そんな、本物?」


 信じられない、本の中でしか会ったことのない怪物が目前にいる。いや、みんなフルヒトは、言葉も通じない血も涙もない醜い怪物だと言っていた。こんな見た目美少女が、怪物だとは考えられない。


「……本当にフルヒトだなんて。信じられない」

「状況の理解もできないのね」


 少女は落とした服を拾い上げる。


「……あんた、ほんとに鈍くさいわ。 まぁ良いけど。 ほら着なさい」


 そういうと、後は紐を締めれば着れるようになった服を寄越した。人を投げて気が晴れたのか、すました顔で接してくる。

 服に腕を通すと、少女が背中側に回って裾を伸ばす。少女の言った通り、大きさはピッタリだった。彼女は布を合わせて器用に紐を結ぶと、最後に整えて「完成」と言った。


「馬子にも衣装……というより豚に真珠ね。 劣等な野蛮人には勿体ないわ」

「うるせい。 あと手伝ってくれてありがと」


 和服というのは、案外心地よい物なのだな。股の下の風通しが良すぎて、まるで履いてないような気分にさせられる。しかしなんとも落ち着いた服だ。背中に何かの花の模様があしらわれていて、さながら時代劇だ。暫らく裾を挙げたり、その場でクルクル回ったりしてみる。


「ハァ、もういいかしら。 お母様が待っているのよ」


 そう言うと身を(ひるがえ)して、襖を開ける。付き合っていられないと言いたそうな目で「ついてきなさい」と言うと、さっさと出て行ってしまった。慌てて追いかける。思ったよりは動きやすい。

 この建物は、とても大きいようだ。まるで時代劇の大名屋敷のようだと感心したが。妙にガランとした部屋があり、朝日の入らない奥の座敷は薄暗くて気味が悪かった。これほど大きい屋敷なのに、誰ともすれ違わないことも不思議だった。

 廊下を抜けると、立派な庭園に囲まれた離れ屋敷に入る。それほど大きくない建物だったが、どこかこの世離れした雰囲気で周りの整った庭と相まって近寄りがたい。しかし前を歩く彼女は構わず進み、ついに中に入ってしまった。離れ座敷に入ると畳とほのかに甘い香りがした、それもまたこの建物の重苦しい空気を作り出す手助けをしているように思えた。一歩進むごとに肩が重くなってゆく。こんなにも朝日が照り付けているのに、ちっとも温かみを感じなかった。 

 まるであの世に来てしまったかのようだ。まだ信じられない、目の前の少女がフルヒトで、俺は何処か見知らぬ土地で一人。いや、そうだ此れは夢だ。きっと昨日遊びすぎて疲れていたのだ。片腕で俺を投げ飛ばせる少女なんて居るはずもなく、きっと目が覚めたたら自宅のベットから身を起こすのだろう。 


「お母様、失礼します。 連れて参りました」


 少しの現実逃避の幸せが、冷や水を掛けられたかのように止められてしまった。彼女の声は変わらず毅然としていたが、言葉づかいも身のこなしと合わせて全く別人の様だった。物腰も丁寧で、指先にいたるまでピシッとしていた。


「……おはいりなさい」


 襖の奥から返事がした。これも女の声だ。しかし声音は低く、どこか人を押さえつけるような声だった。決して威圧的という訳でないのだが、人を動かすカリスマ溢れたものだ。「お母様」と呼ばれているからには、この少女の母親なのだろうが、年を取って老いた声ではなく擦れた印象はなかった。そして、何処か懐かしい声だ。 

 返事が返ってきたことを確認し、彼女は襖を引いた。先ほどの返事を発した御本人は、ちょうど部屋の真ん中に鎮座し、ニコリと見上げていた。思っていたより若い、三十路ぐらいだろうか。少女と同じく着物を身に着け、肩までの長さの白い髪が絹の様に輝いていた。 


「―――おかえりなさい」

「………ただいま?」


 反射的に返事をしてしまう。返事に満足したのか、部屋の主は手招きをして入るように促す。優しく部屋に向かい入れられた様に感じた。

この建物に入ると、さっきまでの不快さが霧散したように楽になる。決して大きい部屋でなく、落ち着く部屋であった。しかし落ち着くと言っても、がらんとしていて飾り気のない少し寂しい部屋にも感じられた。その女性に対面する前に、座布団が置かれていた。


「ちょっと、お母様。 こんなのにおかえりだなんて、へんな冗談やめてください」

「あら、いいじゃない。 今日からここが家になるのだから」 


さきほどのやり取りに不満があるのか、間を割って入ってきた。 


「さぁ、お座りなさいな。 礼子は部屋にお戻りなさいな」


 レイコ? この少女のことか。その通りだろう、促しに従って静かに部屋から出て行ってしまった。不満の表れか威嚇の為か、わざとらしく足音をたてて遠ざかっていく。 

足音が聞こえなくなったので座ろうか。正座は慣れないが場の雰囲気に合わせるために無理をして足を曲げる。 

 座って目線の高さが会うと、目の前の女性の美しさがよく分かった。この美しさは若さがもたらすものでは決してなく、苦労か困難かを乗り越えた者が持てる落ち着きと気高さによる美しさだった。そう雰囲気が醸し出している。やはりフルヒトなのだろうか、白髪が目立つ。少しだけウェーブしている髪に隠れて、赤いピアスが見えた。 


「改めて自己紹介するわ。 私は(たちばな)千代(ちよ)、現橘家当主です。 これからよろしくお願いね」

「よろしく……だなんて言われても。 ここは何処なんですか……それにフルヒトだなんて」


 どうしても頭の中の混乱が収まらない。俺は何故かフルヒトと話している、何よりここがドコなのか。多くの疑問と言いようのない不安感と少しの恐怖感。そして美女と話しているという興奮と緊張が混ざり、変な汗が出てくる。目の前の妖艶な女は、たしかに日本語を話していた。フルヒトが人の言葉が話せることですら、驚くことだった。

 ともかく、自己紹介を先にした方がいい。聞きたいことは山ほどあるのだから、焦らずゆっくり話を進めていこう。


「自分の名前は――」

「そんな名前なんて、もう必要ありませんわ。 これからずぅっと、ここで過ごすのですから」


目の前の女は、笑顔で言い放った。名前は必要ない、ここで暮らす。その二言を理解すると背中が急に寒くなる。


「は?それはどういう意味です」

「そのままの意味よ。 貴方はここで暮らす。 残念だけど、もう貴方はあっちに行く必要はないわ。 ここは我々フルヒトが支配する『日本』よ。 あっちでは西日本だなんて呼んでいるのかしら。 いろいろな都合で貴方を拉致しましたの、ついでに家をしっかり焼き払ったので問題ありませんわ♪」

「」


 爽やかな笑顔で発せられた一大事に、発狂しそうになる。ドッキリ番組ならここらで大成功のプラカードを出さなければ、相当にタチが悪い。ここが西日本だと言われたが、そんなバカげたことがあるものか。いや目の前の女とさっきの女性、今日あった人は皆白髪だった。フルヒトであるなら、西日本だと思ったほうがいいのだろうか?そして家が燃やされたことも、理解しがたいことだ。

 不安の感情を察したのか、なだめる様に続けた。


「でも心配はいりませんわ。 この橘家当主、橘千代がしっかり面倒を見てあげますので。 まぁ、ここが新しい家になるのだから、適度にくつろぐといいわよ」

「じょっ冗談ですよね? そもそもフルヒトなんかがノサバッテいるような場所で過ごすなんて出来っこないですよ。 それに――」


 気が付くと口に人差し指を当てられていた。口に添えられている人差し指を辿って腕肩と視線を動かすと、いつの間にかキスが出来そうなほど近くに顔があった 自らを橘家当主というこの女は、優しく指を離すと微笑むと。


「いずれ全てわかります。 なので暫らくは辛抱なさいませ。 きっと不自由はさせません、責任もって面倒見ますわ」


 まるで泣く子をあやす様に言った。橘千代は姿勢を戻すと、思い出したかのように言葉を添えた。


「そうでしたわ。 貴方の名前ですけども、もう決まっておりますの。 貴方がこれまで使って来た名前は、もう使わないでちょうだい」


 そういうと今度は、後ろの机から紙切れを取り出し差し出してきた。その紙には『橘州男』と大きく書かれていた。


「これが貴方の名前よ、うれしいでしょう。 橘家を名乗るのだから、しっかりなさいね? さぁ、後の事は礼子に訊くといいわ。 ここらを案内してもらいなさい」


 唖然とし放り、さっさと話題を変えてしまう。 


「私の事は、そうね……お母様とでも呼びなさい。 さぁ、外にでも行ってらっしゃい、私は仕事がありますので」


 そう言うと千代は背中を向けてしまった。先ほどと打って変わって静かになってしまった部屋に、なにやら作業を始めた千代の着物のすれる音が響く。きっと何か聞いても無駄だろう、取り合ってくれそうにない。 


 この混沌に抛りやった張本人に沸々と怒りに似た感情が見え隠れした。説明してくれ、助けてくれ、無責任な奴め、そんな感情の籠った手が千代の肩を揺さぶろうと伸びる。だが届く前に止めた。きっとこれも無駄に終わる。もしここが本当に西日本で、フルヒトなら例え殴りかかっても大した反応は得られない。それどころか次の瞬間殺されるかもしれない。


 名前が書かれている紙をつまみ上げ、立ち上がる。慣れない正座のせいだろう、二歩三歩進むと痺れてきた。やっとのことで襖にたどり着きスライドさせる。横目で千代の方を見たが、変わらず背中しか見えなかった。出せる声もなく、静かに退室した。



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