第一話
昨日と同じ様に、一人で夕ご飯を食べていた。今日のメニューはカップラーメンであるらしく、千切られた外装とフタが転がっている。いつもなら母親が料理を作るのだが、昨日から父親と一週間の旅行に行っているので、今は家に一人なのだ。とうぜん家事も母親に任せっきりであり、母親がいなくなった今、家は汚れきっていた。
「少しは自炊の一つでもしてみろ」
カップラーメンの蓋に手が伸びた時、数年前に上京した兄の苦言が蘇った。兄の厳しい顔が浮かんだが、沸き上がった湯気と匂いに押し流されてしまう。しかたのないことだ、インスタント食品というのは、おいしい物である。こんなに美味い物が調理するよりも簡単に食べられる世の中ならば、料理できない人間が増えても仕方ない。
ズズズと麺をススりながら、テレビの画面を見る。今は19時10分なので、ニュースが画面に映っていた。今日のトップニュースも、国境付近の守備をしていた自衛隊の集団失踪である。この日に失踪したのは六名で、二週間前の行方不明者と一ヶ月前の集団失踪をたすと、二十一名にもなるらしい。ニュースキャスターはしゃべり終えると、スタジオの隅から飛び出したボードを手に説明を始めた。画面は『緩衝地帯』の文字と、日本列島の真ん中あたりが描かれた地図が写っている。緩衝地帯というのは、富山 石川 岐阜 愛知の旧四県からなる土地で、緩衝地帯から東を人間が自治する日本国、西をフルヒトが支配する『西日本』となっている。
映し出された地図は、緩衝地帯の旧愛知県の長篠あたりが赤い印がつけられていた。ニュースキャスターによると、国境線を越えておこなっていた作戦の途中から六名が所属する部隊と連絡が途絶え、その後の捜索でも発見できなかったらしい。そもそも越境したことが悪いような気もするが、誰も自衛隊の行動には触れなかった。
説明が終わると政治家のインタビュー映像に切り替わり、スーツ姿の男性が写り込む。政治家は当たり障りのないことを言うと、以後の質問は調査中と明言を避けた。最後に政治家は『西日本』が関与している可能性もあるとし、警戒をするようにと呼びかける。いったい何を警戒すれば良いのやら。もし自衛隊の失踪がフルヒトのせいなら、ただの市民が抵抗できるはずがないのに。
現在日本列島に2つの勢力が存在する。1つは僕のいる日本国、そして西日本である。西日本との国交が上手くいってないので、どんな国かは分からない。隣にある国なのに謎。しかしフルヒトという人種がどういう物かなら、戦記でも読めば何となく分かるだろう。 フルヒトの特徴として髪の毛が白いという物があるが、決定的な違いがあった。それが力の差である。どの戦記を見ても、フルヒトは圧倒的な力を持つ怪物として登場し、残酷な振る舞いをする。
・身体能力が人間より優れていて、飛行中の戦闘機に石を投げて撃墜した。
・片手で走行中のトラックを止めた。
・殴っただけで戦車に穴を開けた。
とか、いろいろな話があるが、さらに人間の持ち得ない特徴がある。
フルヒトは、魔法が使えるのだ。いや、魔法とは言いすぎかもしれない。ともかく理解の出来ない不可解で怪しい術を使うらしいのだ。人間を殺せるほどのパンチ力があっても、腕の届かない遠くから自走砲でも戦艦でも使って砲弾を撃ち込めばいいのだ。しかし魔法が使えるとなると、人間側に打つ手はなかった。
・フルヒトと対峙した兵士たちが、一斉に血を吐いて倒れた。
・空から攻撃するために飛び立った戦闘機や爆撃機が、「生身」で浮遊していたフルヒトに叩き落とされた。
・戦車砲や歩兵火気による一斉射撃が、まるで壁が在るかのように阻まれ傷一つ付けられなかった。
・とてつもない力で、町を焼き払った。
だとか、神話の様な戦いがあった。そんな不利な状況でも、先人は二年間も耐え続けたらしい。どれも眉唾物だが、本当の話ならフルヒトは怪物だ。とても人間には太刀打ちできる敵ではない。
その怪物共は、さっさと日本列島の西側を奪うと自分たちの国を作ってしまった。以降、日本が分かれ交流もなく二つの勢力が存在している。人間側の「東日本」では、いつ襲って来るとも知れないフルヒトに怯えながら住んでいた。しかし、それも過去の話である。敗戦から数十年、日本国は緩衝地帯から東の残された国土で復興、発展を遂げたのだ。
だが、発展した社会がもたらしたのは、新たな戦争の機運だった。たしかに国民を守るために再組織化された自衛隊は、強いだろう。だから極端な人はこれを機に戦争をしろと言う。それは年々世論の中でも大きな意見になっているのだ。
西との戦争は、もうそこまで来ているのかも知れない。
いつのまにかカップラーメンも食べ終わってしまった。なかなか美味しかったので、明日の夕食も同じカップラーメンにするかもしれない。夕食も食べ終わったので、あとは風呂に入って寝よう。風呂もシャワーで充分だろう。タオルや着替えを持って脱衣所に向かう。この家はそんなに大きくなく、リビングの隣に脱衣所 そして風呂場がある。
口の中に残ったラーメンの風味を噛み締めながら脱衣所の扉を開け、服を脱ぎ裸になる。特に鍛えてもいないので、極めて標準的な体つきをした青年が鏡に映る。別に太っているわけでないが、自身の体に不満がないわけでなかった。もっと筋肉があれば、かっこよくなれる気がする。そんな事を思いながらシャワーを浴びた。
フルヒトもシャワーを浴びたりするのだろうか?食事や睡眠もするのだろうか、カップラーメンを食べたら「美味い」と言ったりするのだろうか。ときどき、猛烈にフルヒトの事が知りたくなる。その度に本を探して読んでみるのだが、納得するような情報を得ることが出来なかった。どんな本でもフルヒトの恐ろしさを書いてあるばかりだからだ。緩衝地帯の先には化け物がいる。これがほとんどの本の結論だった。
もし本の言う通りフルヒトが化け物だったとしても、ひと目見てみたい。白髪の怪物、決して敵わない化け物と言われる存在に会ってみたかった。許されるなら、そんな怪物の普段の生活がどんなものなのか観察したい。許されるわけないのだが。現状、国境を越えて緩衝地帯に出ることは罪になる。国民を守るためだ。フルヒトを見る機会があるとすれば、フルヒトが攻め込んで来た時だけだろう。
身体を洗い終え、タオルで頭を拭きながら再度テレビを点ける。バラエティー番組が多かったが、面白そうな番組がなかったので、直ぐにテレビを消しリモコンをテーブルに置く。
「明日もあるし、今日は寝るか」
そう明日も自由に過ごせる。 ゲームをやってもいい、本を読んでもいい。 気分を高まらせながら布団に入る。 あぁ、明日も楽しく過ごそう。




