16.顕現する魔王の力(その1)
約束の土曜日はすぐにやって来た。二人が明愛学園の門をくぐると部活動の練習で汗を流す生徒達の声がグラウンドの方から聞こえてくる。
「土曜日って休みですよね?あそこの人達はなんで運動してるんですか?」
「あれは運動部に所属してる人達だよ。あれはサッカー部で、奥の方にいるのは野球部ね。」
「サッカーに野球ってテレビでやってたスポーツですか?」
「そ。運動部は学生だけの大会があって、そこで良い成績を残す為に休みの日も練習してるのよ。」
「もし良い成績を残せたらどうなるんですか?」
「運が良ければスポーツ専門の学校に進学できたり、プロの選手になれたりってとこかな?それを目指す為にもほとんど毎日練習漬けね。」
「凄い大変ですね……そう言えば雫さんはやらないんですか?」
「私は家の事があるからね。運動音痴って訳じゃないけど、部活動にはあんまり興味無いし。今はまお君がいるし。」
制服姿の雫は笑顔で舞桜の頭を撫でる。
(僕がいることは関係あるのかなぁ?)
以前と同様に二人はまっすぐ保健室へと向かった。前と違うとすれば、今日は堂々と舞桜と一緒に歩いているというところか。二人はあの日と同様に保健室の前に立つ。
「雫さん、今日は緊張してませんね?」
「そりゃね。今日はまお君の保護者として胸をはって良いわけだし。」
コンコン
土曜日の学園中は静まり返っていた。ノックの音が必要以上に響くような気がした。
「どうぞ、入って下さい。」
?
ドアから聞こえてきた声は愛歌先生のものではない。堅い口調の真面目な感じのする女性の声だ。二人は顔を見合わせた。
「有栖川と舞桜だろー?考えてないで入ってこーい。」
すると愛歌先生の声が聞こえてきた。どういう事だろう。雫はゆっくりと保健室のドアを開けた。
「失礼します。」
「先生、おはようございます。」
挨拶しながら入った二人の目に入ったのは二人の女性。
「よう。待ってたぜ。」
ひとりは数日振りに会う保健医、愛歌先生。今日は上は黒いシャツで下はジーンズ。その上に申し訳程度の白衣を纏っている。椅子に足を組んで座っている態度のあまり良くない姿は、仮に先生が白衣を着てなくても医師免許を持つ保健医とは信じてもらえないだろう。
そしてもうひとりは、上下黒のレディーススーツで黒髪のショートヘアの女性。眼鏡をかけていて真面目な顔立ちをした女性。背はちょっと低い位だがスラリとした体型で下腹部の辺りで手を組んで立っている姿は凛とした雰囲気を作り出している。だが、この女性こそ、
「が、学園長先生!?」
目の前に入学式以降は会わないだろうなと思っていた学園長がいることに雫は驚いた。
「はじめまして。あなた方が有栖川 雫さんと有栖川 舞桜さんですね。国立明愛学園学園長の小林 瑞希です。」
以前、愛歌先生が『猫又』だと言っていた学園長だ。学園長はペコリと二人に一礼した。二人も慌てて頭を下げる。
「でも、どうして学園長先生がこちらにいらっしゃるんですか?」
頭を上げた雫が開口一番に尋ねた。
「もちろん、舞桜さんの為です。」
学園長は舞桜に視線を移しながら答えた。
「あなたの編入に置いて私自身あなたを確かめねばならなくなったからです。」
「僕を?」
自分を確かめるとはどういう事だろうと舞桜は思った。
「今ここで説明しても良いけどよ、今日はもう一人来るんだ。そいつが来るまで待ってくれないか?」
愛歌先生が学園長の代わりに答えた。
「もう一人、ですか?学園長先生の他にもですか?」
雫が聞き返す。
「ええ。すみませんがもう少しだけお待ち頂けますか?それと、私の事は小林先生で構いませんよ。この学園に小林姓は私しかいませんから。」
と笑みを浮かべながら学園長が二人に伝えた時だった。
保健室の中央に魔法陣が展開された。保健室中が白い光に満たされる。
「うわ!何これ!?」
「お。ようやくお出ましだな。」
「そのようですね。」
魔方陣に驚く雫をよそに愛歌先生と学園長は平然としている。
(これは、長距離転位の…)
舞桜が心の中で魔方陣の種類を推測していた時だった。
「まなかぁ~きこえるかしら~?」
魔方陣からふわふわした感じの女性の声が聞こえてくる。
「聞こえるよ。学園長に例の二人もいるぜ。」
愛歌先生は魔方陣の中央に話しかける。
「こっちの準備は完了したからぁ~、いつでもワープできるわよぉ~。」
「おぅ、わかったぜ。」
「それじゃあ、一旦音声切るわよ~。そっちの準備が出来たら声かけてねぇ~?」
魔方陣は輝いたままだがふわふわした声は聞こえなくなった。愛歌先生は雫と舞桜に向き直る。
「そういうわけだ。お前らにはあたしらと一緒にある場所へ移動してもらう。」
「移動ですか?」
愛歌先生に雫が尋ねると、
「そうです。なるべく人目につかない所が望ましいので。」
と、学園長が代わりに答えた。
「さ、二人とも魔方陣に乗りな。ゲームやアニメでしか見れなくて、科学者達が絶対不可能って断言した『ワープ』ってヤツが体験できるぜ。」
「ワープ!?」
「転位魔法ですよ、雫さん。魔方陣の魔力から推測すると、術者は凄い高度な技術を持った方だと思います。転位事故の危険性は無いですよ。」
「事故!?事故って何!?」
「時々、指定しない所へ跳んだりとか……」
転位魔法について知らない雫を舞桜が説明する。それを学園長はメガネの位置を指で直しながら見やっている。
(なるほど、舞桜さんは魔法の事についてはそれなりに詳しいようですね。)
「じゃあ、下手すると、石の中に入っちゃったりしちゃうこともあるの!?」
「…石の中ってなんですか?」
「ぐはっ!まお君は『悪魔のゲーム』と呼ばれたRPGの名セリフを知らないんだった!」
「??」
二人が変な問答をしていると、『ゴホン』とわざとらしい咳ばらいをした愛歌先生が、
「…お前ら、待たせてるヤツがいるの忘れてんだろ?」
「「あ」」
二人を現実に引き戻した。
「それと学園長、アンタもだぜ。」
「は」
学園長も何故か我に返った。何故か頬が紅潮している。
「早くのれ。さっさと出発すんぞ。」
愛歌先生に促されて雫と舞桜は魔方陣に乗る。後から学園長と愛歌先生も乗った。
「じゅんこー、準備いいぞー。やってくれー。」
「わかったわ~。いくわよ~。」
魔方陣の光が少しずつ強まっていく。
「まお君……!」
雫は隣の舞桜の手を強く握った。
「大丈夫ですよ。気づいた時には終わってますから。」
「うん…」
舞桜はいたって平然としている。いったいどうなるのだろうと雫が思っていた時だった。
「………ところで有栖川さん。」
「はい?」
学園長が雫に話しかけた。
「あなたは、ゲームが好きなんですか?」
「え?えぇ。好きですけど。」
「そうですか…。先程のセリフといい、確信しました。あなたとは、種族や立場を越えた仲になれそうです。」
「……どういう事ですか?」
雫が学園長に聞くと、愛歌先生がニヤニヤしながら、
「有栖川、学園長は真面目な堅物だけどよ、趣味はお前と同じなんだよ。」
と話しかけた。
「学園長も、ゲームとかが大好きなんだよ。」
その言葉を最後に4人の姿は消えた。保健室は完全に静まり返った。
(゜-゜)(。_。)(゜-゜)(。_。)
「いらっしゃ~い!わたしの秘密基地その32番目へ~!」
「32番目の秘密基地ってなんだよ!?ここ、明らかに人が立ち入っちゃいけない所だろ!!」
「わかるの~?」
「分かるわ!負のオーラが充満しとるわ!」
「え~、だってぇ、学園長が、『人目につかない所』ってリクエストしたわけだしぃ…」
4人がたどり着いた場所は薄暗い天気の広がる草木があんまり生えていない荒野のような場所。5月上旬だというのに何だか肌寒い。白い乾いた大地はどこまでも広がり、遠くの方には大きな河川がゆっくりと流れている。愛歌先生は一人の女性に猛抗議していた。白いセーターを着た女性だ。茶色いゆるふわヘアとふわふわした声が彼女がマイペースもマイペースな女性であることを教えてくれる。保健室で聞こえてきた女性の声の主が彼女であることはすぐに分かった。
「六条先生…ここはどこなんですか?この悪寒は肌寒いだけじゃないですよ。」
学園長が辺りを恐る恐る見回しながら女性に尋ねた。
「ここ?ここは『三途の川』ですよ?」
……………。
「「さんずのかわ!?」」
愛歌先生と学園長が同時に叫んだ。
「おまっ!何てトコに連れてきてんだよ!」
「一体どういう事ですか!?イタコさんの隠れ里でも常人には辛いから今後そういう所は禁止と伝えたじゃないですか!?」
「だってだって~、特別な子が来るって聞いたから~…」
愛歌先生と学園長が猛抗議する中、雫はゆっくりとしゃがみこんでいた。
「雫さん、どうしました!?」
「ごめん、なんか、気分があんまり…」
雫の顔色が何だか良くない。目を閉じ、膝を抱え込むようにしゃがむ彼女の体が小刻みに震えている。
「先生!雫さんが!!」
舞桜の声に愛歌先生達が振り返る。
「うわヤバ!さっさと結界張らねえと!!」
「六条先生!護符の準備を!!」
「あらあら大丈夫~?」
愛歌先生が結界を形成し、六条先生が雫を横にして胸の辺りに護符を張り付ける。そして学園長は印を切りながら早口で何かを唱え、
「やあっっっ!!!」
と喝を入れた。
すると、雫の顔色はすぐに良くなり閉じていた目をゆっくりと開けた。
「あ、あれ?」
「雫さん、無事ですか!?」
「うん、ちょっと頭が痛いかな…」
雫は体を起こしながら舞桜に答えた。
「順子。今後は三途の川は禁止にしとけ。」
「えぇ~」
「あなたは『死霊使い』だから平気でしょうが、有栖川さんのような普通の人には生と死の狭間であるこの環境は苛酷です。彼女は危うく死の波動に飲み込まれる所だったんですよ?肝に命じて下さい。」
「は~ぃ」
六条先生はシュンとうなだれた。
「あの、私のせいで、すみません。」
「有栖川のせいじゃねぇよ。それによ、今はハラへってんだろ?体のコンディションが良くないだけでもここじゃ致命傷になり得るんだ。」
そういえば。雫と舞桜はしっかりと朝食を摂ってきたのにも関わらず、まるで一食抜いたみたいな空腹感に襲われている。一体どういう事だろう?
「とりあえず、食事にしましょうか。六条先生、準備は出来ていますか?」
「もちろんです~。今日の為にぃ、六条順子特製シチューをこしらえておきましたから~。食べながら色々話しましょうか~。」
脇にある大鍋からシチューをお椀によそる六条先生。小エビ、イカ、アサリの入ったチーズの濃厚な香りが漂うシーフードシチューだ。まさか三途の川でシチューを食べるとは、と雫は思った。
「ところで雫さん。」
舞桜が雫の服の端を少し引っ張りながら舞桜が尋ねてきた。
「三途の川って、なんですか?」
その後、雫の説明を聞いて、遅れて舞桜は大きく驚いたのだった。




