ちょっと振り向いてみただけの
コボルトの街にはコボルトばかり。
当たり前の話ではあるのだが、しかし、それ以外の種族は街中に存在すらしていないようだった。
人間と交流する機会など滅多にないのだろう。ポッケと一緒に大通りを歩いていると、すれ違うコボルト達は皆一様に、なんの遠慮もなく私の姿を上から下まで眺めていった。
「あ!頭デッカチのポッケだ!」
「うわぁ!人間がいるー!」
「でっけー!バケモノー!」
「へんな服だあー!」
すると、どこから出てきたのだろうか、小さな小さな……ちょっと、あまりにも可愛すぎる小さな人型の子ギツネ達が、私の周りにわらわらと集まってきた。
小さなポッケと比べてもまだまだ小さい。
……私のことをバケモノ呼ばわりしたそこの君、そこの君だけは帰ってよろしい。
ちなみに、ポッケは既に成人したコボルトだ。それでも、彼の身長は私の腰あたりまでしかない ーーしかも街を見渡してみた限り、どうやらそれが成人コボルトの平均的な身長だーー のだが。
子ギツネ達はもっと小さかった。なんと私の膝丈くらいまでしかない。そして全身モフモフなのだ。
成人したポッケは実のところ、尻尾以外の部分は少しばかり硬質な体毛をしている。しかし子ギツネ達は、全ての体毛がポッケの尻尾くらいにふわっふわとしていた。
子ギツネ達は皆一様に花輪の王冠を被っていて、今の今まで花畑にいたのだろう、と傍目からでも分かるほど、服のそこかしこに葉っぱと花びらがついていた。
鼻の頭に葉っぱをつけている子なんかもいるが、こいつは絶対にあざとい。可愛すぎるやないか!惚れてまうやろ!
……そして、冒頭に至る。
「ここのお店だよぉ!」
私の周りをくるくると踊りまくる子ども達と少しだけ談笑しながら、私をバケモノ呼ばわりした子ギツネを叱るポッケは、そのまま目の前の小さな玄関を開けて、室内へと入って行く。
コボルトの街並みはとても変わっているのだが、実のところ室内はそうでもない。全体的に少しばかりサイズは小さいが、基本の形は同じだった。
「ここの料理屋さんはねぇ、村の外から来た人達のために、一箇所だけ大きな机と椅子を置いてくれているんだよ」
そう言って、ポッケは私を席まで案内してくれる。
確かに、店の奥のほうにある広いスペースの取られた一箇所だけは、他よりも天井が高く、また椅子や机も大きかった。
そこ以外の場所に置いてある椅子は人間にとってはもはや足置きに近いサイズだ。とても座れたものではない。
そういえば今更ではあるが、どうして私は人型キツネの皆様と言葉のやり取りが行えているのだろうか。ポッケの口を見る限り、日本語を喋っているようには見えない。
……もしかしたらこの体、異世界にやって来たことで自動翻訳機能でも自動搭載されたのか。全くもって、全くもって訳がわからないよ。
「そのー……大丈夫?」
人間用の椅子に座ってから、途端に百面相を行い始めた私を恐々と伺いながら、ポッケは耳を伏せて口を開いた。
私はそれに頷いて、彼の話に集中しようと背筋を正す。
「あのね、それで、申し訳ないんだけどね、この街のなかで人間がご飯を食べようと思うと、この料理屋さんで出されている人間用の料理の一品しか、オススメできるものがないんだぁ……。ボク達と人間は、食生活が全く違うからね」
だから、辛いところを態々ここまで歩いてもらわなきゃいけなかったの。ごめんね?そう言って、ポッケは悲しそうに項垂れた。
「でね、その一品っていうのが、サワスの甘辛炒めなんだけど……。サワス、食べられる?」
「……サワス……。まあ……多分、いけると思う」
「そ、そっかぁ!良かったぁ!」
先ほどの悲しい顔から一転、ポッケはホニャリと可愛く笑った。こ、こいつ可愛い抱きしめたい。
……サワスって何じゃろな。
虫とか、虫とか、変なものじゃなければ良いが……いやいや。だめだやめろ、考えたらいけない。無闇にフラグを立てるな!
と言っても、人間用の料理が一品しかないというのは、正直なところ有難かった。
実は、壁につらつらと書かれているメニューらしき掲示板を見ても、何が何だかさっぱり分からなかったのだ。
私に搭載されてしまったらしい便利な機能、自動翻訳は、相手の喋っている内容を理解できても、書かれている文字に対しては無反応だ。
右から読んだり左から読んだり、頭を横に倒して見てみたりもしたが、どう頑張っても読めなかった。
「旦那ぁー!サワスの甘辛炒めとウゾワの丸焼きちょうだーい!」
ポッケが元気よく店主に料理を注文し、そのやり取りが終わって暫く落ち着いたところで、私はまず、彼に言わねばと思っていたことを口にした。
「あの、」
「ん?なぁに?」
「……あの。あの時、とっさに大声で叫んでしまって、ごめんなさい」
ポッケの目が、ゆっくりと見開かれる。
「助けてくれて、ありがとう」
……心の中だけであれど、私は最初に、ポッケ達のことを人攫いだと疑った。
しかし、重くて動かすのも大変であろう人間の私を介抱してくれて、街の子ども達と笑い合い、私のためにちょっとだけ叱ったりもしてくれて。
その間、ずっと手を離さずに私をつれて歩いてくれたポッケは、とても悪い人には見えないし、ポッケからホニャリと笑いかけられるたびに、善良な彼を人攫いだと疑った私の心が人知れず罪悪感に苛まれた。
だからまず、精一杯の謝罪と精一杯の感謝の気持ちを、言葉でしか表現できずとも、彼に伝えておきたかった。
ポッケの耳がぴくぴくと忙しなく動く。
少しだけ潤んだ瞳をしながら俯き、自分を落ち着かせるように両手で柔らかそうな胸毛を撫で伏せ、それから私に向かってホニャリと笑った。
「誰かに感謝されるのは、久々だなぁ。
ボク、頭デッカチって言われるばかりで、頭だけくるくる回るのに、体力は全くないし、街の中では全然役立たずなんだ。
だから、こちらこそ。ありがとうって言ってくれて、ありがとう」
えへへ、とポッケは頬を掻きながら笑う。
そんな照れたような笑顔に、私も自然と幸せなあたたかい気持ちになって。
「……ふへへっ!」
思わず、ポッケと一緒に笑ってしまった。
本当に、久々に、笑った気がした。
……ちなみに、「サワス」というのは、巨大なエビのことだった。甘辛炒めは中華のエビチリに似ていて、とても美味だ。
空腹で死にかけていた私は、それを咽び泣きながら食べた。
そしてポッケの頼んだウゾワの丸焼きはムカデだった。
私は百獣の王になった。
……恐るべし、食生活の違い。
ふへへ!




