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やわな生き方を変えられない限り

 

 安静にしていろ、ということで、私は左手に包帯代わりの清潔な布を巻き、顔や服についた血を拭ったあと、すぐさまケルベロスに乗馬した。


 片手だけではケルベロスに乗ることが出来ず、レヴィに手を借りたのだが、どさくさにまぎれて尻を撫でられた。

 無事に乗り終わって安全性をゲットしてから思い切りアゴを蹴っておいた。


「ふぉお……!」


 そして現在、人生で初めて乗馬を味わっている私である。


 遥か遠くまで見渡せる、ケルベロスと同じ視界。想像していた以上に目線が高くなった。

 下を見てみれば当たり前のように地面があるのだが、これまた想像以上に遠い。

 ケルベロスに一人で乗ることができなかった私だが、これは一人で降りられる気もしない。


 初めての体験に緊張しつつ、しかし心は否が応にもはずんでしまった。

 足をふらふらと揺らしてみる。ケルベロスは微動だにしない。

 なんと強い子なのだろう。


「よしよし。いい子だな」


 優しく首筋を撫でてやると、ケルベロスの尻尾が私の左足に数回当たった。まるで返事をしてくれているようで、私は思わずはにかんだ。


 そうして、なんだかんだとレヴィにお礼を言う機会を逃してしまったまま、私は商人達とともにイペルタムまでの移動を再開した。


 ……いやはや、よくテレビなどで「長時間、馬に乗っているとお尻と腰が痛くなる」という話を耳にしていたが、どうしてそう言われているのか、私は数分もかからずに理解することになってしまった。


 ケルベロスが後ろ足を一歩踏み出すごとに、そのままこちらの尻へと衝撃が返ってきてしまうのだ。それはもう思い切り、ずどんと。

 硬いくらも原因の一つかもしれない。すでに尾骨が痛い。


 そのうえ、ケルベロスに預けきっている下半身に関しては安定しているのだが、腰から上に関してはケルベロスの動きに翻弄されてしまい全く安定しなかった。

 痛いからと少しでも気を抜くと、バランスを崩して落馬してしまいそうで怖い。


「これ、落馬しないかな……」

「あ? そんときゃ受け止めてやるって」

「絶対に落馬しない自信が生まれました」


 私は姿勢を正しながらレヴィに言い返し、それから商人の隊列を見渡した。

 一見してトルグルに襲われる前と状況は変わっておらず、大きな乱れなどは見当たらない。

 先ほどトルグルに襲われたと思われる護衛の人は、本当に大丈夫だったのだろうか。


「レヴィ。中央の護衛の人は大丈夫なのかな?」

「ふん、大丈夫だろうよ別に。どうせ鳴き声に驚いただけだろう。無駄に体力だけはあるんだろうし」


 レヴィは鼻を鳴らして言いくさった。

 なんとも適当な男だ。


「まぁ、無事ならいいけどさ……」


 レヴィとの会話が止まる。

 黙々と歩いていれば、足を動かすことに集中することができたのだが、今や馬上に座るだけの簡単なお仕事である。

 何もすることがなくて、なんとなく右手でケルベロスのたてがみを撫でてみた。

 美しくカールした鬣は想像以上に硬質だ。


(なかなか馬も可愛いなぁ)


 ニヤニヤと長時間触りすぎたのか、やにわにケルベロスが頭を横に揺らしたので、私は落馬せぬように慌ててバランスをとる。

 思わず自分の左腕を動かしてしまい、とたんに走る鈍い痛みに顔をゆがめた。


(ドジというか、のろいというか……)


 痛みのせいか、左腕にははっきりとした感覚がない。指を動かそうにもロボットのような動きになってしまう。


 レヴィから治療を受けている時、怒鳴られて思わず反論してしまったが、落ち着いて思い返してみると、彼の言葉は全て正論であった。


 戦ったことがないなら先に言え。

 先に言っていれば、レヴィが対策を練っていてくれたかもしれない。戦えると思ってしまった私のおごりだ。

 弱いならば中央へ行け。

 皆が背中を向けている最後尾は確かに一番危険な立ち位置だ。商人に言われたからと言って、それを享受してしまった私の責任もある。


(私は、本当に弱い)


 再びトルグルと戦ってみて、自分の弱さを自覚した。

 日本では武器など持たずとも安全だったのだという言い訳はあれど、どう足掻いてもここは日本ではないのだ。


 これから王都までの長い旅を行くというのに、あまりにも戦闘に不慣れすぎては、どれほど命があっても足りない。


(どうすれば良いか……)


 いいや、何を行うべきか。

 分かりきったことだ。私は左腕をさすった。

 この左手が治り次第、戦うための訓練をしよう。王都に向かいながら、きちんと体を鍛えあげよう。


 それには武器屋で剣を買わねばならないが、はたして今の所持金で足りるだろうか。


(ナイフでも良いけど……私には難しすぎる)


 私は左の腰にかかげたナイフに目を向けて、深いため息をついた。

戦闘に慣れているのなら、ナイフでも殺傷力の高い攻撃が行えるのかもしれない。しかし、今の私程度にそれは無茶な話だ。


 また、実のところ、このナイフ自体にとある問題が出てきていた。

 それは先ほど、トルグルの頭にナイフを刺して攻撃したことで気付いたのだが。


(これ、びて切りにくくなってるんだよな)


 私は剣の手入れの仕方など知らない。日本にいた頃、料理包丁を使ってやむなく料理をこしらえることがあったが、使い終わった後は他の食器と同じように洗って乾燥させるだけで、研いだことなんてない。


 そういえば時代劇などで、刀に真綿をポンポンと当てているシーンを見たことがあるが、真綿をポンポンするだけで、アラ不思議!錆が取れたワ!なんて事態になってくれるのだろうか?まさかそんな訳はあるまい。

 今後のためにも、剣を手入れする方法は知っておかねば。


(あぁ、やることが多いな)


 とりあえず、私がやらねばならないことは何だ。


 まず一番に、自分を鍛えること。

 どんな方法でもいい。腹筋、スクワット、うさぎ跳び。とにかく体力をつけよう。

 誰かに守られてばかりではだめだ。それに、誰かにずっと守ってもらえるとも限らない。かなしきかな、私はひとりぼっちなのだ。


 二番目に、イペルタムで剣を手に入れること。

 それにはお金が必要で、しかもどれほどの金額が必要になるか分からない。お金が足らなければ、どうにかして稼がねばならないだろう。

 イペルタムに長く滞在することは望ましくないのだろうが、剣を手に入れられず王都に向かう道中で死んでしまっては元も子もない。


 そして三番目に、剣の手入れを学ぶこと。

 イペルタムに着いてから、剣を購入するついでに鍛冶屋に聞くことが一番望ましいのだが、その道中までに私のナイフは使い物にぬらなくなってしまう気がする。トルグルの血液が原因なのか、急速に錆が進行していた。せっかくの武器だ、剣と一緒に隠し持っておきたい。


 さて、三番目の問題は早急に対処が必要だ。できるだけ早く手入れの方法を知るべきだろう。


 ……となると、今、私の周りにいる、頼れそうな人物は一人しかいない。


「…………」

「……何こっち見てんだよ」


 しかもそいつは、ありがたいことに戦う専門家である。



 

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