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空の戦士団  作者: 葱狸
1章

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石部屋

白銀の扉が開いた瞬間、外界の熱気が嘘のように消え失せた。


一行を包み込んだのは、深海を思わせる冷たい静寂と、微かに漂う古い書物と魔力触媒の匂いだった。天井は遥か高く、交差するアーチが巨大な肋骨のように通路を覆っている。壁の装飾は一転して簡素で、余計な虚飾を排した石造りの機能美が、この城の主が持つ揺るぎない自信を物語っていた。


「……足音が、響きすぎて落ち着かねえな」


ロバートが、厚い絨毯の上を歩きながら肩を窄めた。彼ほどの男が萎縮しているのを見るのは珍しい。シューベルトも同じ気持ちだったが、それを顔に出さないようにしていた。


広大な回廊の壁面には、歴代のトマス辺境伯たちの肖像画が並んでいる。どれもが、現代の当主ゲオルグと同じ、凍てつくような冷徹さと、何者にも屈せぬ覇気を瞳に宿していた。


城内で働く者たちが、一行の通過に合わせて足を止める。文官、侍女、警備兵。彼らは一様に整った動作で、こちらを観察した。


蔑みではなかった。好奇でもなかった。


ただの確認だ。新しく入ってきた「部品」が、どんな形をしているかを確かめるような目。


「見て、シュー。……誰も、瞬きひとつしてないみたい」


アイリーンが囁く。その声さえ、高く滑らかな天井に反響して不気味に響いた。

---

案内役の騎士が、回廊の中央にある吹き抜けの広間で立ち止まった。


「――っ」


シューベルトが息を呑んだ。


広場の中央、巨大な台座の上に置かれていたのは、一騎の巨大な翼の生えた獣の彫像だった。白銀の翼は今にも羽ばたかんばかりに広げられ、その瞳には高潔な光が灯っているかのように見える。その神獣の傍らには、黄金の鎧を纏った初代辺境伯の像が寄り添っていた。


「わがトマス家の始祖、アルカディア閣下と、その盟友なる神獣だ」


案内役の騎士が、初めて誇らしげに、しかし尊大な口調で語った。


「この地の人々は神獣に愛され、その力を受け継いでいる。貴様らのような、土を這うだけの民とは、魂の位からして違うのだ。……それを忘れるな」


騎士の言葉が、戦士団の胸に重く突き刺さった。エドは握る拳を震わせ、サラは自らの粗末な法衣の裾をぎゅっと握りしめた。


シューベルトは神獣の像をじっと見つめた。

その瞬間、左胸の奥で、小さく、だが鋭い「拍動」が跳ねた。像の前に立ったことで、彼の内側に眠る何かが、トマスの守護獣の気配に呼応した。


激しい耳鳴りがシューベルトを襲う。視界がわずかに歪み、石造りの広間が一瞬だけ白銀の光に包まれたような錯覚に陥った。


「……シュー?どうしたの、顔色が真っ白だよ」


サラが心配そうに覗き込む。シューベルトは咄嗟に額を抑え、首を振った。


「……いや。少し、空気に当てられただけだ。大丈夫だ」


フクロウだけは見逃さなかった。彼はシューベルトの肩をそっと叩く。その掌は冷たく、しかし力強かった。


「臆するな、シューベルト。地位など、これから俺たちが刻んでいけばいい」


---


白銀の扉の向こうの回廊を抜けた一行が案内されたのは、玉座の間ではなかった。


城の北翼、地下へと続く階段を下りた先にある、窓一つない石造りの待機室。厚い石壁に囲まれ、武装した傭兵を一時的に収容しておくための、冷たく殺風景な部屋だった。


「ここで待て。閣下より命を受けた。追って沙汰がある」


案内役の騎士は、不愉快そうに鼻を鳴らすと、重厚な鉄の扉を乱暴に閉めた。閂が降りる重い音が響き、沈黙が部屋を支配する。壁の燭台で揺れる炎が、団員たちの泥に汚れた顔を不気味に照らし出した。


「……おいおい、いきなりこれかよ。騎士への招待ってのは、もっとこう、赤い絨毯が敷いてあるもんだと思ってたんだがな」


ロバートが苛立ちを隠さず、石壁を背に吐き捨てた。アイリーンは落ち着かない様子で膝を揺らし、サラは静かに杖を抱きしめている。


エドだけが、最初から何かを予期していたように、壁際に背を預けて目を閉じていた。


一刻、二刻。時間は無情に過ぎていった。城の深部から聞こえてくるはずの生活音さえ届かず、自分たちが忘れ去られたのではないかという不安が、倦怠感とともに身体にまとわりついてくる。石の床は冷たく、壁の染みが視界に入るたびに、この場所がもともと何に使われていたかを考えたくなった。


三刻が過ぎようとした頃、ようやく扉の閂が上がった。


---


入ってきたのは、銀縁の眼鏡をかけた痩身の男だった。

隙のない黒の官服を纏い、手にした書類に目を落としたまま、顔も上げずに冷淡な声を響かせた。


「傭兵団『空の戦士団』。団長、前へ」


フクロウが静かに立ち上がる。男は彼を値踏みすることさえせず、淡々と宣告を始めた。


「私はバルカス。辺境伯閣下の代理だ。辺境伯閣下は多忙につき、面会は叶わぬ。……閣下は、貴様らのこれまでの巷での噂を耳にされ、一抹の興味を持たれた。閣下は契約を遵守される。……これからの働きによっては、貴様ら全員にトマス家直属の騎士としての『仮席』を与え、準騎士の身分を保障しよう」


その言葉に、部屋の空気が一変した。アイリーンとロバートの顔にぱっと色が灯り、サラが安堵の吐息を漏らした。ドブネズミと蔑まれてきた彼らが、ついに「騎士」という光の階梯に指をかけたのだ。


「だが、勘違いするな」


バルカスが冷ややかに釘を刺す。


「我らが求めているのは、神獣の加護に相応しい真の武人だ。素性も知れぬ傭兵を、いきなり騎士として迎えるほどトマス家は甘くない。貴様らは現在、単なる『暫定協力員』に過ぎん」


「……では、騎士への話は?」


フクロウが低い声で問う。


「これからの働き次第だ。近日中に、貴様らの価値を量るための初任務を与える。その戦果が閣下の満足のいくものであったならば……その時初めて、貴様らをトマス家直属の準騎士として取り立てることを検討しよう」


バルカスは一枚の通行証をフクロウの前に差し出した。そこには「準騎士」の称号はない。ただの「一時滞在許可」の印があるだけだった。


「本日はもう下がってよい。トマスの地は、礼節を知らぬ余所者が夜更けまで城をうろつくことを好まない。城下に用意した宿舎へ案内させる、直ちに戻れ」


バルカスは興味なさげに背を向け、一瞥もくれずに部屋を去った。


---


城の裏門から外へ出た瞬間、降り始めた夜の霧が肌を冷やした。


ロバートが通行証を覗き込み、苦い顔で呟いた。


「……結局、また試されるのかよ。ドブネズミが騎士の皮を被るにゃ、まだ泥を落としきれてねえってか」


「でも、道は開けたよ」


アイリーンが、自分に言い聞かせるように明るい声を出す。


「次の一仕事で、あたしたちは『本物』になれるんだ。ねえ、シュー!」


シューベルトは小さく頷きながらも、背後にそびえ立つトマス城の巨大な影を見上げた。

これからの働き次第。それは、自分たちがさらに深い泥の中へ足を踏み入れることを意味していた。

左胸の奥底で、再びどくん、と小さな拍動が跳ねる。

城下町の灯りを目指して歩き出す仲間の列の中で、シューベルトだけが、見えない首輪を嵌められたような予感に、独り唇を噛んでいた。


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