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空の戦士団  作者: 葱狸
2章

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エドの仕事(前編)

人は、自分が探しているものの形を、たいてい知らない。失くしたものを探していると思い込んで、本当は、最初から持っていなかったものを探していることがある。エドは、自分が何を探しているのか、長いこと言葉にできずにいた。


―――


最初に気づいたのは、アイリーンだった。


「ねえ、エドってさ、最近よく一人で出かけてない?」


夕食の席だった。別館の食堂は準騎士用の質素なものだが、それでも温かい食事が出るだけで傭兵時代とは雲泥の差だ。スープをすすりながら、アイリーンが何気なく言った。


「出かけてる?」シューベルトが顔を上げた。


「うん。昨日も一昨日も、巡回終わった後にふらっといなくなってた。夜には戻ってくるんだけど。何してるんだろうって」


全員の視線が、エドに向いた。


当のエドは、黙々とパンをちぎっている。視線に気づいても、顔色一つ変えない。


「エド、どこ行ってたんだ?」ロバートが聞いた。


「……別に」


「別にって、どこかには行ってるんだろ」


「用があっただけだ」


それきり、エドは口を閉じた。これ以上は何を聞いても無駄だ、という空気がある。ロバートが肩をすくめ、アイリーンが「気になるー」と頬を膨らませた。


フクロウは何も言わなかった。だが、その目がほんの一瞬、エドに留まったのを、シューベルトは見ていた。フクロウはおそらく、エドが何をしているのか、見当がついている。いつものことだ。この男は、仲間の動きをすべて把握している。


シューベルトは、スープに視線を戻した。エドには、エドの事情がある。聞かない方がいいこともある。


そう思っていた。その時までは。


―――


数日後の巡回で、シューベルトはエドと同じ班になった。


もう一人はサラだ。担当は表区画。穏やかな半日になるはずだった。実際、午前中は何事もなく過ぎた。サラが露店の干し菓子に目を奪われて立ち止まり、エドが「巡回中だ」と短く窘め、サラが「ちょっと見るだけ!」と言い返す。いつもの光景だ。


昼近く、エドがふと足を止めた。


「シュー。少し、外れる」


「外れる?どこへ」


「すぐ戻る」


エドはそう言うと、答えを待たずに人混みの中へ消えていった。気配を消すのが速い。あっという間に見えなくなる。


「……行っちゃった」サラが目をぱちくりさせた。


「気になるな」


「追いかける?」


「巡回中に持ち場を離れるのは、本当は良くないが——」シューベルトは少し迷った。「……様子だけ見てくる。サラ、ここで待っててくれるか」


「うん。私はこの干し菓子を見張ってるね」


「見張るな。買うなよ」


「えへへ」


シューベルトは苦笑して、エドが消えた方へ足を向けた。


―――


エドの後を追うのは、難しかった。


あの少年は、気配を消すことにかけては戦士団でも随一だ。だがシューベルトも、傭兵として人を追うことには慣れている。人混みの流れ、視線の途切れる場所、足音の消える角。それらを読みながら、エドの背中を遠くに捉え続けた。


エドは、市場を抜けて、さらに南の区画へと入っていった。


そこは市場ですらない、ただの貧民街だった。崩れかけた家屋が肩を寄せ合うように建ち並び、路地は狭く、薄暗い。日の当たらない場所に、子供たちがしゃがみ込んでいる。痩せた、薄汚れた子供たちだ。親の姿は見えない。


エドは、その路地の一角で足を止めた。


シューベルトは、物陰から様子をうかがった。


エドは、子供たちに近づいていった。警戒する子供たちに、何かを手渡している。よく見ると、パンだった。それから、小さな袋。中身は分からないが、子供たちはそれを大事そうに受け取った。


エドは、子供の一人にしゃがんで何かを尋ねていた。子供が首を振る。別の子供に尋ねる。また首を振る。エドは小さく頷くと、立ち上がった。


その横顔は、いつも通り無表情だった。


だが、シューベルトには分かった。エドは、何かを探している。誰かを、探している。


―――


その時だった。


路地の奥から、複数の足音が聞こえた。


子供たちの顔が、一斉にこわばった。蜘蛛の子を散らすように、子供たちが逃げていく。だが、何人かは逃げ遅れた。一番小さな、まだ五つかそこらの子供が、転んで動けずにいる。


路地の奥から現れたのは、三人の男だった。


みすぼらしい身なりだが、目つきが違う。堅気ではない。腰には棍棒や錆びた短刀を差している。下層の地回り——孤児や物乞いを食い物にする、ならず者の類だとシューベルトはすぐに見抜いた。


「おい、逃げんなよ。今日の上納はどうした」


先頭の男が、転んだ子供の襟首を掴み上げた。


「物乞いで稼いだ分、よこせって言ってんだよ。お前らをこの縄張りで生かしてやってんのは誰だ?あァ?」


子供が、悲鳴を上げた。


次の瞬間、エドが動いた。


―――


エドが物陰から飛び出すのと、シューベルトが駆け出すのは、ほぼ同時だった。


エドの動きは、速く、無駄がなかった。子供の襟首を掴んでいる男の手首に、背後から手刀を叩き込む。男が呻いて手を離した瞬間、エドは子供を抱えて後ろへ跳んだ。子供を安全な場所に下ろし、男たちとの間に立ちはだかる。


「何だ、てめえ」


男たちが気色ばんだ。エドは答えない。ただ、短剣を逆手に構えた。


「準騎士か……?ガキの分際で、いい度胸だ」


先頭の男が短刀を抜いて、エドに突きかかった。


エドは、半身でそれをかわした。最小限の動き。紙一重だが、確実に。そのまま男の腕を流し、肘の関節を逆に極める。男が悲鳴を上げて短刀を落とした。


残る二人が、左右からエドに迫る。


「エド、右はもらう」


シューベルトの声が、飛んだ。


すでに、片手剣を抜いている。右から迫る男の棍棒を、剣の腹で受け流した。重い一撃だが、力任せなだけだ。型がない。シューベルトは一歩踏み込み、男の鳩尾に柄頭を叩き込んだ。男が膝から崩れ落ちる。


エドは、左の男を見ていた。


男が棍棒を振り上げる。だがその動きは、エドにとっては遅すぎた。エドは振り下ろされる棍棒の内側に滑り込み、男の足を払った。男が背中から地面に叩きつけられる。エドは、その喉元に短剣の切っ先を突きつけた。


数秒だった。


三人のならず者は、地面に転がっていた。一人は腕を押さえ、一人は鳩尾を抱え、一人は喉元に刃を突きつけられて固まっている。


―――


「……手間取らなかったな」シューベルトが言った。


「型がない連中だ」エドが短剣を引きながら、淡々と答えた。「弱い者しか相手にしてこなかった。強い相手の捌き方を知らない」


二人がかりとはいえ、ほとんどエドが捌いていた。シューベルトは、改めて思った。この少年の体術は、戦士団でも随一だ。普段は投剣と隠密を主軸にしているから目立たないが、近接でも十分に戦える。冷静で、無駄がなく、一切の力みがない。


地面に転がった男たちは、シューベルトが厳しく言い含めて追い払った。準騎士に手を出したこと、子供を脅していたこと、すべて報告すると告げると、男たちは青ざめて逃げていった。本気で報告できるかどうかは別として、脅しは効いた。


逃げ遅れた子供は、まだ震えていた。


エドが、その子供にしゃがんで、パンを一つ握らせた。


「もう大丈夫だ」


短い言葉だった。子供は涙目で頷き、パンを抱えて路地の奥へ走り去った。


その背中を、エドはしばらく見送っていた。


―――


「……エド」シューベルトは、隣に立った。「お前、毎日ここに来てるのか」


「毎日じゃない。三日に一度くらいだ」


「あの子供たちに、物を配りに」


「ああ」


「それと——誰かを、探してる」


エドの肩が、ほんのわずかに動いた。だが、否定はしなかった。


「……ある子供を、探してる」エドは、低い声で言った。「まだ、見つからない」


「どんな子だ」


「……」


エドは、答えなかった。


しばらく沈黙が続いた。シューベルトは、それ以上聞かなかった。エドが語りたくなったら、語るだろう。今はまだ、その時ではない。


「戻るぞ。サラが待ってる」


「……ああ」


二人は、貧民街に背を向けて歩き出した。


「干し菓子、買ってないといいけどな」シューベルトがぽつりと言った。


「……たぶん、買ってる」


「賭けるか」


「賭けない。負けるのが分かってる」


シューベルトは、小さく笑った。エドの口元も、ほんのわずかに緩んでいた——気がした。


表区画に戻ると、サラが両手に干し菓子の包みを抱えて、満面の笑みで待っていた。


「おかえりー。あのね、二つで一つおまけしてくれたの」


「見張るって言ったよな」


「見張ってたよ。ちゃんと、買うまで見張ってた」


「それは見張ってるって言わない」


エドが、ふっと息を吐いた。笑いに、限りなく近い吐息だった。


帰り道、シューベルトは考えていた。


エドが探している子供。それが誰なのか、なぜ探しているのか、エドはまだ語らない。だが、あの真剣な横顔の奥には、何か深いものが沈んでいる。捨て子だったエド。淡々と任務をこなすこの少年が、三日に一度、貧民街に通い続ける理由。


左胸が、静かに脈打っていた。


いつか、エドが話してくれる日が来るだろう。その時まで、待とうとシューベルトは思った。仲間には、語る順番というものがある。

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