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空の戦士団  作者: 葱狸
1章

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11/22

銀の翼

翌朝、身なりを整えた一行は再びトマス城の政務棟へと足を踏み入れた。


昨夜の晩餐で満たされた腹と、清潔な寝台で休んだ身体は、確かに昨日より軽かった。だがそれでも、この城の廊下を歩く足取りは自然と重くなる。磨かれた石床に響く自分たちの足音が、場違いなほど大きく聞こえた。


官房長バルカスの執務室に近づくにつれ、扉の向こうから声が漏れ聞こえてきた。


「――ですから官房長、陽動は完璧だったのです!しかし、あの傭兵どもの突入があまりに遅滞したため、我が隊は不本意ながら一時撤退を余儀なくされた。彼らが生き残ったのは、ひとえに我が騎士団が敵の注意を十分に引きつけ、魔獣を疲弊させた結果と言えましょう」


バッカスだ。


泥一つ付いていない白銀の鎧を誇らしげに鳴らし、バルカスに向かって身振り手振りでまくし立てている。シューベルトは立ち止まった。アイリーンの肩が、わずかに強張るのが見えた。ロバートの手が、無意識に槍の柄へと伸びかけた。


フクロウが静かに扉を開けた。


「……突入の遅滞、ですか」


低い声が執務室に響いた。バッカスがぎょっとして振り返る。その顔が、見る間に土気色に変わった。


「貴様ら!誰が許可なく入っていいと言った!」


「失礼。案内が不在だったものでな」


フクロウは動じる様子もなく、室内へと歩み入った。その後ろに、シューベルトたちが続く。


「……中隊長殿、我が団の『遅滞』について詳しくお聞かせ願いたい。俺たちの記憶では、貴殿の背中を追いかける暇もないほど、鮮やかな撤退ぶりだったが」


フクロウの言葉は静かだった。怒鳴ってもいないし、皮肉を込めて言い放ったわけでもない。ただ淡々と、事実を確認するように述べただけだ。それがかえって、バッカスの嘘の薄さを際立てた。


「官房長、こやつらは虚偽を述べております!傭兵風情が手柄を独り占めしようと――」


「黙れ、バッカス」


バルカスが、銀縁の眼鏡の奥から一瞥を投げた。感情のない、書類を確認するような目だった。彼は卓上に置かれた包みに視線を落とす。フクロウが入室と同時に無言で置いた、砦の核である魔石の残骸と、討ち取った魔獣の証だ。


「……中隊長、貴公の報告が事実なら、なぜ彼らがこれを持ち帰っている。騎士団が引きつけた隙に、排水口を這い回るだけの者たちが、角付き大顎をどうやって仕留めたと言うのだ」


「そ、それは……何かの間違いで……」


「もうよい」


バルカスはペンを置き、椅子に深く背を預けた。


「貴公の『戦術的な判断』については、後ほど軍事会議で詳しく聞かせてもらう。……下がれ。二度と私の前で言い訳を並べるな」


バッカスの顔が、屈辱で真っ赤に染まった。唇を震わせ、何かを言おうとして、しかし言葉が出てこない。彼は最後にシューベルトを一瞥した。その目に宿っていたのは、怒りというよりも、自分が負けたという事実への烈しい拒絶だった。やがて彼は乱暴な足音を立てて部屋を出ていった。


扉が閉まる音が響いた後、執務室にはバルカスと、空の戦士団の六人だけが残った。


---


「……手段はどうあれ、貴様らは砦を攻略し、魔力源を破壊した。これは事実だ」


バルカスは再びペンを手に取り、書類へと視線を戻した。その口調は先ほどと何も変わらない。バッカスを叱責した直後も、これほど淡々としていられるのか、とシューベルトは思った。この男にとって、感情とは仕事の邪魔になるものに過ぎないのだろう。


バルカスは卓上の引き出しから、五つの小さな徽章を取り出した。銀色に輝くそれは、トマス家の象徴である片翼を模している。彼はそれを円卓の上に並べ、一言だけ言った。


「受け取れ。……現時点をもって、貴様らをトマス家直属の『準騎士』として暫定的に認可する」


誰も動かなかった。


一瞬だけ、本当に一瞬だけ、部屋の中の空気が止まった。


最初に動いたのはロバートだった。大きな手が、震えながら徽章を一つ手に取る。その手がこれほど細かく震えるのを、シューベルトはこれまで一度も見たことがなかった。ロバートは徽章を自分の胸に当て、それからゆっくりと目を閉じた。何かを堪えているような、静かな顔だった。


アイリーンは徽章を受け取った瞬間、声を出さなかった。いつも軽口を叩く彼女が、珍しく黙っていた。ただ、その瞳が潤んでいるのを、シューベルトは見た。彼女はすぐに顔を背けたが。


サラは両手で丁寧に徽章を受け取り、胸元でそっと握りしめた。目を伏せ、唇を微かに動かしている。祈っているのか、それとも誰かの名前を呼んでいるのか、シューベルトには聞こえなかった。


エドは徽章を一瞥し、黙って自分の上着の内側にしまった。それだけだった。だが彼がその後、誰にも気づかれないほど小さく息を吐いたのを、真横にいたシューベルトだけは聞いていた。


「勘違いするな。あくまで暫定だ」


バルカスの声が、感傷を断ち切るように響いた。「貴様らがトマスの名に相応しい騎士であるかどうか、これから与える任務で証明し続けてもらう。宿舎は今日中に、騎士団別館の西棟へ移れ。まともな装備も支給させる」


彼はそれだけ言うと、次なる書類に目を移した。面会は終わりだ、という意思表示だった。


---


廊下へ出た瞬間、アイリーンがシューベルトの腕を掴んだ。


「……やった。やったよ、シュー!」


今度は声が出た。弾むような、泣き笑いのような声だった。シューベルトの腕を揺さぶりながら、アイリーンは廊下に響くことも構わず言い続けた。「本当になれた。騎士に、なれたんだよ!」


「まだ準騎士だ」


「それでも!それでも、すごいじゃない!」


ロバートが太い腕で二人の肩を同時に掴み、自分の方へ引き寄せた。彼はまだ何も言わなかった。ただ、その腕に込められた力が、言葉の代わりだった。


フクロウは一歩離れたところで、仲間たちの様子を静かに見ていた。その口元に、穏やかな笑みが浮かんでいる。彼はやがてシューベルトの隣に並び、低い声で言った。


「……一歩目だ、シューベルト。俺たちは泥の中から這い上がった」


シューベルトは、自らの胸元で光る銀の翼を指でなぞった。


行きに浴びせられた罵声も、宿場町での屈辱も、バッカスの露骨な使い捨ても。この一片の金属がそれらを消し去るわけではない。消えない傷は消えないままだ。だがこれは、自分たちが力で捥ぎ取った、世界を塗り替えるための最初の足がかりだ。


シューベルトは廊下の先を見た。この城の奥、白亜の塔の方角を。


あの夜、月明かりの下で「外の匂いがする」と言った少女が、同じ城の中にいる。準騎士となった今の自分なら、ほんの少しだけ、彼女のいる場所へ近づくことが許されるのだろうか。そう思ってから、シューベルトはすぐにその考えを打ち消した。


今はまだ、足元を固める時だ。


「……行くぞ。荷物をまとめるんだ」


フクロウの声に促され、一行は新しい「居場所」へと歩き出した。銀の翼が、廊下の光を受けて静かに輝いていた。


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