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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
89/203

9.あちこち騒ぎがあるものだ(1)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 昼過ぎ、完成した書類と白蹄団へ渡す金貨袋を持ってルキシスがザネッティ家の幕屋を出ると、少し離れたところでギルウィルドとヨルクが話しているのが目に入った。


 ヨルクは旅支度を整えていた。彼の団への支払いもすでに終了している。早々に次の仕事を探して発つつもりらしい。その前に一言、旧友に挨拶に来たといったところか。

 彼はルキシスを認めると、軽く手を挙げた。


「あんたにも世話になった」


 言うほど、世話などしていないが社交辞令だろう。通訳としての仕事はきちんと務めたつもりでもあった。


「もう行くのか」


「ああ。ルキシスさんも元気で。またどこかで」


 ヨルクが手を差し出したので、それに応じて握手をする。

 それを終えると彼はあっさりとふたりに背を向けて歩き去って行った。ギルウィルドは彼を送るかと思ったが、そうした素振りは見せない。

 友達を送らないのか、と言いかけたところで逆に書類は完成したのかと訊かれた。頷くと彼は、ルキシスを白蹄団の宿営地まで送ると言う。


「なんで。いらないけど」

「まあいいじゃん。ひとりだと危ないよ」


 まったく危なくなんてない。自分が何年戦場で飯を食っていると思っているのか。と、同じことをつい先日もこの男に言ってやったばかりのような気がするが。


「――勝手にしろ」


 どうせ、引き下がりそうにない。

 荷物を抱え直して、ルキシスは歩き始めた。その数歩後ろを北の生まれの男がついてくる。

 白蹄団が陣を張っている辺りまでは早足で歩いて二十分ばかりだ。特に言葉もなく、前と後ろになって炎天下の中を歩き続けた。北国の太陽はきっと、こんなにも激烈に、猛々しくはあるまい。少しは堪えたりしないのだろうかとも思ったが、意外に涼しげな顔をしている。北方諸王国に比べればずいぶんと南方に生まれた自分の方がこの暑熱に辟易しているような気さえした。


 白蹄団で最初にルキシスを出迎えたのは経理係のトマだった。彼はルキシスと、その後ろのギルウィルドを見て胡散臭そうな顔をした。


「ルキシスさん、お帰りなさい。ご無事で何より。ギイさんはどうしたんですか」

「リリの荷物持ち」


 ルキシスの荷物などひとつも持っていないくせにギルウィルドは平気な顔でそう言った。

 彼には取り合わず、ルキシスはトマに向かって話しかけた。


「親爺と話がしたい。取り次いでもらえるか」

「構いませんけど」

「おまえも同席してくれ」


 金の絡む話だから経理係には一緒にいてもらった方がいい。

 おれはこの辺で待ってるよ、と言ってギルウィルドが軽く手を掲げた。白蹄団の陣の外周に近い一角である。辺りには下っ端の雑兵や下働きの子どもたちが戦の後始末でまだ忙しそうにしている。


「親爺に挨拶しないのか?」

「おれはどうもアラムに覚えめでたくないからね」


 日頃の行いの賜物だろう。

 アラムによろしく伝えておいて、とひとまず伝言だけを預かった。


◆◆◆


「なるほど」


 通訳としての今日までの稼ぎのうち、白蹄団へ納める分をきっちり精算した後で、団を離れたい旨を告げるとアラムは重々しく腕組みをしてルキシスを睨みつけた。


「ええと、書状と、補償金を」


 ジャコモに用立ててもらった書類と金貨袋を手渡す。アラムは書類の内容をざっと確認すると、金貨袋と共に隣のトマへ手渡した。彼は袋の中身を開け、枚数を確かめ始める。


「ソヴィーノ語の通訳、か」

「そう。駄目だろうか。わたしにとっては悪い契約ではなくて、その、受けたいと思ったんだ。ただ団には悪いと思ったから補償金には色を付けてもらった」


 ジャコモとも話して、補償金の額はドゥレッツァ金貨五十枚とした。これだって兵隊ひとりの身柄としては相当な破格である。


「何故その仕事を受けたいと思ったんだ」


 アラムは初老に差し掛かる男だが、その眼光は輝きを失わず、相変わらず鷹のように鋭かった。彼の前に立つとルキシスは、右も左も分からずにいた少女時代のような気分になる。


「高値でわたしを買ってくれた」


 あとは、これを理由にして自由の身に戻れるかもしれないと期待したからだが、もちろんこれは黙っておく。


「金の問題か」

「ザネッティ家の若君はわたしに良くしてくれたから、その船出を見守ってやりたいという気持ちもある」


 それもまたまったくの嘘ではなかった。何となく、昨日の今日で別れると今朝方覚えた後味の悪さが尾を引きそうな気もしていた。


「親爺、金貨は全て紛れもなく本物です。ルキシスさんにしては上々の話を持ち込んでくれたものと思います」


 トマが横から口を挟んだ。

 アラムは太い眉の下の目を一瞬伏せて、小さく頷いた。


「今度の雇い主とは上手くやれたようだな」


 以前の雇い主、どこぞの地方領主のヴェーヌ伯とは上手くやれなかった。しこたまぶん殴って財宝を持ち逃げしてやった。結局奪い返されたが。

 だが今回は、もちろんそんなことはしていないし、するつもりもないし、する理由もない。


「うん……」


 上手くやれたかというと、今となっては少し気が咎めている。

 父親や、その妻や、異母きょうだいを討てと勧めたことを。

 必ずしも間違いだとは思わない。だがそうすることで少年が一生の罪を、苦しみを背負うことになるかもしれないとまでは考えていなかった。それはルキシスの思惟の範疇の外だった。

 実際、そうしたところで、そうなったかどうかは定かでない。本当にやってみなければ、誰にも答えは分からない。

 けれどもしかしたら自分は、とんでもない暗流に向かって十五歳の少年の背中を突き飛ばそうとしていたのかもしれない。


「トマ、少し外せ」


 アラムがそう命じると、経理係はいささか怪訝な顔をしつつも逆らうことなく団長の天幕から出ていった。後にはアラムとルキシスだけが残った。


「ルキシス」


 アラムの表情からは、率いる者に特有の独特のいかめしさが少し薄れていた。彼はじっとルキシスに視線を注いでいる。少女時代、その眼差しに何度も守られてきた。助けられてきた。彼の団の一員でもないのに、ずいぶんと面倒を見てもらった。


「何かあったのか」

「何かって、何も?」


 もしかしたら意気消沈しているように見えただろうか。

 白蹄団の皆に心配をかけたくはないので、努めていつもと変わらぬふうにふるまっていたつもりだったが。


「……おまえまさか、あの野郎にはかされたんじゃねえだろうな?」

「はか……? あの野郎って? はかすってなに?」

「ギイに」

「あの若造が何だって?」


 何故ここで彼の名前が出てくるのだろう。あと、はかすとは何ぞや。ルキシスの知らない単語だった。自分に分からないリーズ語があるとは。方言か、それともあまり広くは使われていない俗語か何かだろうか。


「いや、いい」


 あっさりとアラムは頷いた。

 ルキシスの様子から何を読み取ったのか知らないが、何故か、何事かに納得しているような表情だった。


 それにしても、方言にも俗語にもずいぶん詳しくなったと思っていたが、自分もまだまだのようである。まあ、大したことではなさそうなのでどうでもよいが。


「……親爺にはお見通しかな」


 ルキシスは眉尻を下げて情けなく笑った。

 やはり我らが親爺殿は一枚も二枚も上手だ。そう思ってつい呟いた言葉だった。しかしその言葉をどういうふうに受け取ったのか、アラムの顔がいささかの険しさを帯びる。


「ルキシス」

「ちょっと、やらかしてしまって」

「おまえがか?」

「うん。わたしが全部間違ってるとか、そうではないと思う……。そうするべき時にはそうしなければ生き残れない。だけど、何と言うか、考え無し?」

「おまえはいつも思慮が足りない。我慢ができない」

「そう言わないでくれよ」


 本人なりに堪えるべきところは堪えているつもりなのだった。ただ、世の中には我慢できないことが多すぎるだけだ。


「それでまあ、ちょっと失敗したなって、思ってるところ」


 ふうん、とアラムは鼻を鳴らすような返事をした。


「同じことを繰り返さないためにはどうすればいいと思うんだ」

「うーん、難しいな。私の考えは考えで、たぶん変わらないだろうし」


 アラムの眼光がまた鋭さを増した気がして思わず背筋が伸びる。ルキシスは慌てて言葉を続けた。


「ただ、ひとから聞いた話はなるべく覚えておいた方がいいかなと……」


 我ながら心許ない返答だった。正確には、なるべく覚えておいて、それが他の色々な物事とどう結び付くかをなるべくよく考えておくようにする、くらいのことをぼんやりと考えてはいたのだがそこまで上手く言葉にならなかった。

 アラムはため息をついた。どういうため息なのか、ルキシスにはいまいち分からなかった。

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