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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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7.決断(4)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

『それで、彼に仕事を頼んだんだ』


 そう言われてギルウィルドの存在を思い出した。横を向いて様子を見るも、彼はルキシスに注意を払うことなく退屈そうに前を見つめたままだ。


『リーガタまでの護衛を』

「仕事を受けたのか?」


 通訳もなしにどうやって。そう思ってギルウィルドに訊いたが、ジャコモとは古クヴェリ語で意思の疎通が取れるので、それで話をまとめたのだろうか。


「そう」


 前を向いたまま、かすかに横目でルキシスを見て彼は言葉少なに答えた。

 何となく意外な気がした。彼は今回の戦争におけるフラヴィオとの契約にはあまり乗り気ではなく、成り行きと、金に釣られたというので渋々受けただけという印象が強かった。次第に態度も軟化していったとはいえ、特に当初は機嫌を損ねてぶすっとしていた。戦争が終わった以上、さっさとどこか別の場所へ行くのかと思っていた。


(あ)


 もしかしたらルキシスが彼の上がりをだいぶせしめたので、手っ取り早く現金が欲しくて、それで新たな契約を結ぶ気になったのかもしれない。お気の毒様である。ざまあみろ。


『それで、わたしにまだ何かご用が?』


 通訳としての仕事は今日か明日あたりでぼちぼち終わりだろう。出立を急ぐから精算も急ぐとかそういう話だろうか。

 しかしフラヴィオの口から発せられたのは全く違う言葉だった。


『通訳としての契約を延長しないか』


 一瞬、戸惑った。それはリーガタとやらいう港町まで、通訳として同道しろということか。

 ルキシスは少し考えこんだ。悪い話ではない。戦争中と同等の支払い条件になるかどうかは交渉次第だが、いずれにせよ金払いは良さそうだし。しかし戦争が終わったからには一度は白蹄団まで戻らなければならない。自分の身柄はまだ白蹄団の預かりだ。

 けれどこれを理由として上手くアラムに交渉できれば。


(晴れて自由の身柄に!)


 白蹄団での奉公の日々ともおさらばというわけだ。

 彼らは悪い連中ではない。散々世話になっているし、そうと思えばこそ、自分も無給で奉公をしていたわけで。

 しかし集団の中で暮らすのは自分にとっては窮屈なことが多すぎて、鬱屈した気分が底に流れるのも事実だった。


 悪い連中ではない。特にアラムやゾーエにはずいぶん目をかけてもらっている。ほかに親しい人間たちも何人もいる。食事も傭兵団としてはかなり上等だし、酒を飲み交わしている時には賑やかで楽しくもある。


 でも、気儘ではいられない。

 当たり前だ。

 そろそろ独りになりたかった。

 この仕事を受けて、終わったらまたしばらく独りきりで過ごして、その次の仕事を探して――そういう日々に戻りたい。


「おまえは通訳は必要なのか?」


 ルキシスが訊くと、ギルウィルドはやっとこちらに顔を向けて軽く頷いた。


「夜、アマティーニ卿と古クヴェリ語を介して話はしたけど、そうは言っても古代の言語だろ。現代のことを話すには結構不自由が多くて」


 確かに古クヴェリ語には存在しない単語や概念も現代には多い。宗教や芸術や哲学の話をするのならばともかく、事務的な事項の意思疎通には向いていない。ましてそれを密に迅速に行うとなると。


 またしばらくこの男と顔を突き合わせることになると思うとそれもどうかなあという気はしたが、近くにいればエルミューダとも一緒にいられるのでそれはそれで悪くなかった。それに、戦争が終わったら一日エルミューダを貸してもらえる約束でもあった。


『わたし個人としては、お受けしたいという考えはあります』


 注意深くそう答えた。


『しかし残念ながら、わたしの一存では決められません。わたしが今属している団の許諾を得なければ』


 しかしそう言いながらも本人の胸の内としては、これを理由として奉公を終わりにしたいのである。

 聞き入れてもらえるだろうか。ここしばらく白蹄団に身を寄せて、小遣いももらえないのに一生懸命奉公したつもりではある。雑用ばかりだったが。


『団の許諾を得るにはどうすればいい』

『一筆、書いていただけませんか』


 すなわちルキシスがどれだけ品行方正にフラヴィオに仕え、抜きん出た働きを示し、彼にとってきわめて有用であり手放したくない人材であるかということを。


『それからわたしへの報酬のほかに団へ補償金を支払っていただけますか』


 締まり屋のトマがだいぶ金額を吊り上げるだろうとは予測できた。だが金額によっては、結局は頷くのではないか。

 何だかんだと言ったところで傭兵は所詮は金で動く生き物である。


『補償金か。ドゥレッツァ金貨三百でどうか』


 ドゥレッツァ金貨一枚で、庶民の月収の平均よりも随分多いくらいである。


『あー、わたしはそれでも構いませんけど、フラヴィオ様』


 そう言いながらルキシスは傍らに立つジャコモに顔を向けた。老騎士は黙ったまま、微笑ましいものでも見るような顔をしている。そんな、微笑ましい場面だろうか。ルキシスとしては不安になってくるが。


『不足か?』

『いえ、多すぎというもので』


 さすがは名家の御曹司らしい、鷹揚に過ぎる金銭感覚である。ルキシスを不安にさせるほどに。


『こういう時の大体の相場はアマティーニ卿がご承知でしょうから、卿とご相談のうえ、書面を古クヴェリ語で作成いただけませんか。それを元に私が団に交渉します』


 もちろん、補償金が多ければ多いほど交渉はしやすくなる。だがあまりに相場からかけ離れた金額を提示すると、何か妙なことに噛んでいるのではないかと疑われることにもなる。


『承知いたした』


 老騎士が重々しく頷いた。フラヴィオが彼を振り仰ぐ。

 通訳としての契約について金額などの詳細を詰めた後、書類ができるまで幕屋を出て待つことになった。

 日はまだ頂点にまではいたっていない。だがぎらぎらとした陽光は何かよからぬ野心でも抱いているかのような強烈さで肌を灼く。乾いた風が吹いているから日陰の下にいればどうにでもやり過ごせるが、野天のもとというのはあまりありがたくなかった。


「……お友達の仕事の邪魔をしてよかったのか?」


 同じようにザネッティ家の幕屋を出て歩いていくギルウィルドの背中に向かって声を掛けた。

 彼は足を止め、ルキシスを振り返った。逆光で少し分かりづらいが、その表情にいささか違和感があった。


(……はて)


 それがどういう違和感なのか、よく分からない。分からないからこそ違和感としか表現できないのかもしれない。


「ヨルクの団と契約させて、家督を奪うための戦争をさせなくてよかったのかって言ってる?」


 頷くと、彼は少し目をすがめた。単に眩しかったからというよりは、何か感情による動きのように思えた。


「ヨルクたちにはまたすぐ別の仕事が見つかるさ。きみが心配しなくても」

「お友達の恨みを買ったんじゃ?」

「まさか」


 ギルウィルドは言葉少なにそれだけを言い、一旦口を閉じた。目を伏せがちにして、少し考えているようだった。


「――リリ」


 ためらった末に、結局、彼は言うことにしたようだった。

 目を上げて、灼き付けるような太陽のもと、ルキシスを見つめた。


「おれが親父を殺したのは十五の時だった」

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