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 ちょっと昔話をしてみようと思う。

 神話より産み落とされた魔竜は神々さえも滅ぼしてしまったが、八種族の英雄たちが現れ倒したという。子細は省くが、神々がいなくなったことと八種族が世界を治めている理由がこの神話に記されている。

 魔竜との戦いは激しかったようで、八つある大陸のうち四つは天空に浮かぶようになってしまった。

「ふぅ」

 私はふと息をついた。

 ようやく家の掃除が終わった。今日からこの家はしばらく空き家になってしまう。でも、この家を潰すわけにはいかなかった。

 今日は私にとって大事な日。

 部屋の隅に掛かっている白いドレスに目を向ける。

 式の時間は昼からだ。まだ、時間はある。

 少し町に出かけてみようかな。


   ■


「レミリア、おめでとう! 式には必ず行くからね!」

「ありがとう、おばさん」

 私は露店街のほうに足を運んでいた。声を掛けてくれたのは野菜なんかを売っている店のおばさんだ。この店はよくひいきにしていた。

 朝になったばかりで人だかりはまばらだ。そもそも、ここは田舎町だ。人だかりといってもそれほどでもない。

「あなた、結婚なさるの?」

 そう訊ねてきたのは中年くらいのフェアル族の女性だった。腕の中には小型犬を抱えている。私がその犬をまじまじと見つめていたのに気がついたのだろう。

「この子はキュールというの。旅のお供ね」

 何だか名前といい聞き覚えがあった。

「旅行か何かですか?」

「ええ、そうよ。子供もいないからね。夫婦で少し旅でもしようかって話になったのよ」

 どうやら旦那さんとはいま別行動らしい。

「私が言うのもなんですけど、どうしてこの田舎町に?」

「もちろん、目的地は別の所よ。ここは旅の途中に寄っただけ」

「……そうですよね」

 ここはいい町だとは思う。だけど、どういい町なのかと訊ねられると答えに困る。そんな町だ。

 それにしても、この女性と犬はどこかで見覚えがあるような気がする。どこでだったか。それはとても遠くて深い記憶の中に沈まされて、決してサルベージできないところにあった。

 女性も私と話しているととても懐かしい気分になると言っていた。

 それから間もなく女性と別れるとドワーフの冒険者と話した。彼は仲間と世界中を旅してまわっているらしい。今日は町を散策するのだという。彼は何故だかこの町のことを知っていて、その理由を確かめるためだと言っていた。

 不思議なこともある。今日は何だか知っている人によく出会う日だった。


   ■


 昼になった。私は白いドレスを自分で持って、教会へ向かう。本来なら、この役目は私の両親だか親類がやってくれるものだ。でも、いまの私に両親はいない。唯一の親類に双子の兄がいたが、彼は一年前の遺跡探索でそのまま行方知れずだ。

 誰もがクレスはもう帰ってこないとか諦めろとか言われ続けた。それでも私はクレスが死んだとは思えないでいた。それは勘のようなものでもあり、あるいは信じ切れない一念がそうしているだけかもしれない。

 それでも私はクレスがひょこりと何食わぬ顔をして帰ってくる気がしてならなかった。


   ■


 マルア族の幸せ者は三度鐘が鳴ると言われてる。一度目は生まれたとき。二度目は結婚するとき。三度目は死んだとき。

 それ以上鳴ってもいけないし、それより少なくてもダメらしい。他の種族から見ればおかしいことかもしれないけど、これはマルア族の風習みたいなものだから仕方ない。こればっかりには誰にだってどうすることもできないし。

 着付けは新郎の母親が手伝ってくれた。彼女とはとても長い付き合いだ。親類がいない私との結婚を反対するまわりの意見を押し退けて最後まで私たちを応援してくれたのだ。

「このドレス、クレスが買ってくれたんだってね」

「はい」

「ったく、あんたのドレス姿を一番見たがってた奴がこの場にいないなんてね。どこでほっつき歩いてるんだか」

「ホントに……」

 クレスがこのドレスを買うために寝る間も惜しんで働いてくれていたのは知っていた。私は何度も無理はしないでと言っても聞かなかった。

『絶対、お前にいいドレスを着せて送りだしてやる。それでカルロをびっくりさせてやる』

 こんなことを言っていたことがいまはとても懐かしく感じる。

 今日が私とカルロの結婚式なのにね。相変わらず顔すら見せようとしない。困った兄だ。

「あいつはレミィの幸せを誰よりも願ってた。いつあいつが帰ってきてもいいようにしっかり幸せにならないとね」

「重い幸せですね……」

「普通に生活してればいいんだよ。他人から見て、レミィが幸せならそれでいいのさ」

 そう言ってもらえると何だか気が楽になった気がした。

「さあ、できたよ。最初にあたしの息子に見せてやってくれ」

 おばさまはそう言って扉を開けてくれた。その先に彼がいる。


   ■


 婚姻の儀は割りと早く終わる。精霊に夫婦の誓いをするだけだからだ。

 最大のイベントはそれからで、この服装のまま町中を練り歩かなくてはいけない。それは田舎町ならではだと思う。他人のは何度も見たけど、まさか自分がするときが来るとは思ってなかった。

 私たちが町を歩くと商売人でさえもその手を止めて祝福をしてくれる。私たちのまわりには自然と人だかりができていた。

 そんな人だかりを見まわしていると私の目線がピタリと止まる。私が捉えた目線の先に赤茶の髪にトパーズ色の髪をした青年の姿がたしかにくっきりと映った。

「クレス……!」

 間違いない。一年前にいなくなったはずのクレスだ。

 私が手を伸ばして走りだそうとしたとき――。

「どうしたの、レミィ?」

 カルロが声をかけてきた。

「そこにクレスが――」

 私が指を差した先……。カルロも釣られてその先を見る。しかし、そこにクレスの姿はなかった。

「クレスがどうしたんだい?」

 私は力が抜けたよう肩を落とす。

「ううん。何でもない」

 私は笑顔を浮かべて首を横に振った。

 約束、守ってくれたんだね。

 幻だっていい。ちゃんと来てくれたなら――。

 いつでも帰ってきなさい。家はちゃんと掃除しておくからね。

 私はカルロの腕に抱きつく。突然の行動にカルロは顔を赤らめて驚いていた。それから続いて私が頬にキスをしてやるとまわりも歓声をあげるのだった。

本編はこれで終わりです。そのうち設定集でも投下しようと思っています。よろしくお願いします。

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