19
ギルマートークの姿が消えたのを確認したリーナとエンフィトスは頭から地上へ落下していくクレスを発見して、何とか助けることができた。が――。
「クレスくん! クレスくん! しっかりしてください!」
エンフィトスが懸命に呼びかけているが、その名の主は一向に反応を見せなかった。それどころか体温がどんどん下がっている。このままでは彼は恐らく死ぬ。
「クレスは目を覚まさんのか?」
リーナの問いにエンフィトスは肩を震わせながら、無言のまま頷く。
「魔竜を倒すときに魔力までか生命力まで消耗させたのかもしれんの」
リーナは自分なりの分析を語ってみる。大筋はそれでいいのかもしれない。問題はクレスをこのまま放っておくと危険な状態にあるということだった。
「そんな……。どうすればいいんですか?」
「まあ、手はなくもないんじゃが――」
そう言いかけてリーナはあたりに地鳴りが響くのを感じとった。
震源地を視線で辿っていくと、そこには東京駅があった。
「何でしょうか?」
エンフィトスは誰かにその疑問を答えてほしいわけではなかったのだろう。だが、声には出さずにいられなかったというところか。
東京駅周辺の揺れはますます酷くなり、建物は無残に崩れていく。そして、壊れた建物の中からどす黒い木の根っこのようなものがうねりをあげながら無数に這いでてくる。
「あれは魔樹の根っこじゃ!」
「魔樹の根っこ?」
それはトゥークリフトがスカイツリーを倒壊させたときに現れた大樹のことだろう。
「魔樹は瘴気を吸収して生長する木じゃ。おまけに奴は瘴気を生成できる。つまり、自己生長が可能な化物なのじゃ」
根っこのうねりは東京二三区を呑みこんでいく。それは原初の混沌のようであり、一度見方を変えれば巨人の死体にも見える。根っこが天上を駆けのぼっていく様は空を支える柱のようにもあった。
まさしく、ここは世界の終焉であり、世界のはじまりが集っている。
そう。ここで世界は一度終わるのだ。リーナがどんな行動をしようとしてもだ。
世界は終わり、新たなはじまりを迎える。世界の結末は同じであるが、はじまり方が大きく変わる。ただ、生き残ったとしてもそこに自分たちの居場所があるのかはわからない。居場所が残っていなければ、それは死んでいるのと大差はない。
リーナにはそれがわかっていた。そして、選択肢など存在すらしないということもだ。
「魔樹は放っておいてもいずれは結界の楔を破壊するつもりじゃろ。魔竜どもはしっかり保険を用意しておったということじゃな」
この魔樹はやがて結界を破壊してスヴェインオードに侵入し、世界中に瘴気を撒き散らしてすべてを滅ぼすことだろう。世界を救うには魔樹を破壊する必要があった。
しかし、魔樹を破壊しても世界は一度再生される必要がある。でなければ、魔竜という大きなエラーを取りこんだまま世界を存続させることになる。こうなれば世界は大きな歪みを抱えてしまう。つまり世界の歪みを消すには一度魔竜という強大な存在を肯定する必要があった。それはつまり世界を一度作り直すということだ。
「ぬしはここに来て後悔しておらぬのか?」
唐突にリーナはエンフィトスに訊ねた。
「少し……。ここでは皆さんに出会えたので」
「そうか……。わらわは後悔のしようもなかった。クレスにも悪いことをした」
「ずいぶん、しおらしいじゃないですか」
どうしたんです? とエンフィトスは訊ねてくる。
「世界の終わりとはじまりの場所に立ち会うだけでなく、介入しなければならないのじゃ。それでどうなるのかもわからぬ」
「それでも行くと?」
「そうじゃ。魔樹を食い止めなければわらわたちに帰る場所はない」
だから、覚悟を決めてくれ。
リーナはそう言った。それと同時にガルダートは進みはじめる。
「思ったよりスピードが出ませんね……」
「定員オーバーじゃ!」
のんきな会話ではあるが、世界の命運はこれで決まるのだ。
リーナが右手に結晶を掲げる。それが降りかかってくる瘴気を払いのけていく。ガルダートは東京駅のあったところへ向かっていった。
「死んでも恨むでないぞ」
リーナは意地悪く笑みを浮かべると結晶を魔樹の根っこに叩きこむ。
するとそこから世界を覆うほどの光が発せられた。
魔樹は光によって灼かれて、浄化されていく。それと同時に楔は破壊されたのか、世界に大きなヒビが入る。
こうして世界は光に照らされ、終わりを迎えた。




