ままごと
所有者、
自我を持ち、窓がなく光が入らず、手足は鎖に繋がれて動くことが出来ず、食事も不規則なペースで与えられ時間感覚を掴めず、何秒何分何時間何日何年という概念すら与えられず、ただただ道具として与えられたことだけをしていたら目の前に現れた。
「あ?誰かいんのか?」
初めて聞いたあの人の言葉はそれだった。
私は、言葉は知っていたが、喋ることはできなかったから何も言わなかった。
「なんだ?お前罪人か何かなのか?」
何も言えなかったし、罪人というものが何だかもわからなかった。
あの人を追っていたその時の私の所有者はいたぞ、というようなことを言って私がいるところに入ってきた気がする。
そいつに向かってあの人は「なぁ、こいつは一体何なんだ?」と訊いていた。
そいつは追い詰めたと思って口が軽くなっていたのか、すぐに私のことを話した。
私が長距離移動に便利な道具なこと・・・・・・・・・・・・その程度だったかな。
それを聞いたあの人はニヤッと笑って「なら、こいつは俺がもらうな」と言って、私の両手足の鎖を切って私を脇に抱えて、いつも近くにある鏡に向かって走っていった。
あいつが何か言っていた気がするが、あの人の「大きな湖の側‼︎」という言葉にかき消されて聞こえなかった。
そして私は、道具としてその指示をまっとうした。
それから一年後。
「炮烙さん、洗濯というのはこれでいいですか?」
感情のない表情で言う。
「なぁ、何なんだよお前の有能ぶり、すげーわ、完璧じゃん」
目を見開いて炮烙さんが言う。
「ありがとうございます」
さらに一年後。
「炮烙さん、私の料理は美味しいですか」
ぎこちない、誰が見ても作り物の笑顔で私は訊く。
「完璧」
炮烙さんは親指を立ててそれだけ言って、料理を食べ続ける。
それを見て少しぽかぽかした。
さらに一年後。
「炮烙さん炮烙さん!今日は晩ご飯シチューにしますね!あっ、具は炮烙さんの好きな牛肉にしますよ!だからちゃんと人参とかも食べてくださいね。それとシチューに合わせるパンは少々硬いものなのですが、我慢してくださいね。それと頼んだ洗濯物取り込むのやってくれました?また今日も忘れていたりしたら流石に起こりますからね」
「なげぇ!もうちょっと短く区切って!」
買ってきたものを食材庫に入れながら喋っていた雷と名付けた少女に降参と言うように、叩きつけるように言った。
「あっ、ごめんなさい。確かに長かったですね、でも炮烙さんと話せるのが楽しくて、ついつい話し過ぎましたね」
「そんなふうに言われたらなぁ・・・・・・」
何故か懐かれたライに対し、俺はかなり甘い。
初めて連れてきた時には、すぐにどこか治安の良い国に連れて行こうと思ったが、そんな国を探している間に、ライは言葉を話せるようになって、探している間に掃除でもしていてもらおうと掃除のやり方を教えたら、帰ってきた時にはどこもかしこもきれいになっていて、それでついつい甘えて、洗濯、ゴミ捨て、買い物、料理、つまり家事全般を任せてしまったら治安の良い国を見つけてもそこに渡せるわけもなく、ズルズルと住まわせていて、気づいたらとても懐かれていて、俺も手放せなくなっていた。
できれば、今すぐ良い場所に送って、俺と切り離したい。
俺のやっていること、貴族たちから宝石などを盗んで、それを売って生活のために使う。
そんな生活をさせたくはないが、ライの持っている『鏡面繋ぎ』という能力が盗みに対して便利すぎる。
人が通れる大きさの鏡があればどこにでも行くことができる能力だなんて。
そして、ライの能力のおかげで盗人稼業はうまく行っていた。
だから、慢心した。
ライを連れてきて5年後。
私が料理を作っている時にそれはあった。
「ごめん、しくじった、ここで死ぬ」
鏡を通じて聞こえてきた声は朗らかで、死ぬなんて言葉が出てくるようなそんな声ではなかった。
「ふえ?」
だからそんな間抜けな声を出してしまった。
「ぷっ、なんだよそんな間抜けな声出して、かわいいなぁお前は」
そんなお前にはこれをやる。
すぐに話を終わらせなければと焦っているように、鏡からこちらに橙色の楕円形の宝石がついた首飾りを渡してきた。
「いやさ、頑張ったんだけどさ、これが限界。ライになんかプレゼントしよーって思ってさ。いやーやっぱり王城はきっついねぇ」
ダノムガ王国に行け。
私が何も言えずにいると、炮烙さんはそう言った。
「あそこは良いところだぞ、お前みたいな身分証みたいなもののないやつでも、真面目なやつならちゃんと金くれて住まわせてくれるから」
妙に冷静な声で、話す炮烙さんの声に混じって、「アイツはどこに行った!」というような声が聞こえてきた。
「待ってください。それって私を捨てるってことですか?もういらなくなったからゴミ箱にポイですか?そ、それならそうと言ってください。ちゃんとどこか迷惑にならないところに行くので」
「卑屈だなぁ」
俺にはライが必要だよ。
そう言って、パリンと鏡が割れた。
割れた鏡の中で1番大きなかけらから、「あー、カッコつけたけど、死にたくねぇなぁ。調子乗った罰にしては酷すぎるだろ」と、顔を手で覆って言っている炮烙さんの姿が見えた。
頭から血を流していて、腕や脚にも小さな切り傷が付いている。
なんでそんなに傷ついているのかとか、どうして鏡を割ったのかとか、そんなふうに考えたりもしたが、炮烙さんが顔から手をどかし、天井を見て、
「あーあ、ライのご飯食べたーい」
そう呟かれたら。
何がなんでも、助けて、ご飯を食べさせなくてはと思ってしまう。
どうにかして助けなければ、何をしてでも。
——————————チリン———————————
鈴の音がした。
『鏡面造り』
空気中の水素を凍らせてどこにでも鏡を作り出す能力。
それが急に頭に思い浮かび。今までずっと使っていたもののように使い方がわかる。
すぐに使う。
鏡を炮烙の前に生み出し、すぐに鏡を潜り、
銃弾を全身に浴びた。
あー、やばい。どうしようもできない。
炮烙は、王城の中で逃げ回り、隠れるところの多い倉庫の中に隠れていた。
頭に魔法の氷の礫を食らったから頭が痛いし、頭部を触るとぬるっと生暖かい血が手についてくる。
手足にも聖属性の光の槍でできた傷がいくつかある。
倉庫には出口がなく、足の傷のせいで全力では走れない。
炮烙が通れる大きさの鏡がある場所までは遠く、とてもバレずに行ける距離ではない。
あーあ。でも渡すものは渡せた。
こんな時でもなきゃわたせなかっただろうから、それだけはよかったかな。
「おい!ここに血の跡があるぞ‼︎」
外から仲間を呼ぶ声が聞こえてきた。
さて、バレたみたいだ。
捕まりたくはないから、出来るだけ暴れて殺されよう。
生まれた時からいいことなし。
最後だけはライのおかげで楽しかったな。
「おい、大人しく捕まれ!」
入ってきた兵士が立ち上がっていた炮烙にいう。
炮烙は両手に短剣を持って「死ねぇ!」と言いながら走り出し。
賊の殺処分を許可されていた兵たちは、予想以上の速さで走ってきていた炮烙に対して銃を構えて、
鏡が兵たちと炮烙の間に生まれ、中から人が出てきたが引き金を引く指は止められず。
弾丸は発射され、中から出てきた少女に当たり、
銃を撃った兵が倒れた。
倒れた兵から血は出ておらず、痺れたように倒れているだけだ。
兵が撃った弾丸は麻痺弾だったからだ。
「帰りますよ!」
倒れた仲間を見ていた兵たちは、目の前で鏡に入っていく二人を見逃してしまった。
「大丈夫ですか⁈」
「それよりなんだあれ⁈」
帰ってきてすぐに傷のことを訊くと、炮烙さんはそう訊いてきた。
「あっ、えっとあれは『鏡面移し』と言って自分に与えられたダメージを相手に返す能力なんですよ」
凄くないですか。
興奮して腕を振りながらいうと、スゲェスゲェ!と炮烙さんは目を輝かせて言う。
「あっ、これ返しますね、身につけれて嬉しかったです、さぁ売りに行きま——」
「いやライにやるよ」
首飾りを外そうとすると炮烙さんが私の手を押さえる。
「えっ、いやでもこれは」
「あー、えっとなぁ、んー。そうだ!それはライが俺のだって印だ。だから外すな」
・・・・・・・・・・・・・・・それは、つまり。
「私、これをつけている限りは捨てられないんですか?」
「えっ?あ、そうそう」
それは、それは。
なんて嬉しいことなんだろう。
それは前から私が望んでいた通り、私が死ぬまで私を使い潰してくれると言うことじゃないか。
道具としてそんなに嬉しいことはない。
使われたい人にいつまでも使われて、それで壊れたい。
私が死ぬまで使われて、最後の時に「今まで使ってくれてありがとうございます」と言いたいなぁと思っていた私にとって、それは本当にいいことだ。
「ありがとうございます!なんでもするので、なんでも言ってくださいね!」
「お、おう。えっ、いや・・・・・・・・・あーそうだ!ライのその『鏡面移し』?ってのがあれば国も盗れちゃったりなぁ、するんじゃないかなぁ」
まあ、冗談だけど。
炮烙がそう言う前に、「わかりました!」と、ライが元気よく言った。
えっ、どう言うこと?
炮烙がそう思っている間に、ライはいなくなっていて。
いつ帰ってくるんだとヤキモキしながら、もしかして捕まってしまったんじゃないかと不安になっていた5日目の昼にライは戻ってきた。
「終わりました!時間がかかってすみませんでした!でもちゃんと掃除もしてきたので」
そうニッコリと笑顔で、頬についた血液を拭った後を拭くことなくライが言う。
「それじゃあ行きましょう、あっ、いえ、どうしますか?家はここにしますか?それとも今回盗みに入ったあの王城にしますか?」
王城?王城って言ったのか?
「えーと、それってどう言うこと?」
「見ればわかりますよ」
ライに手を引かれて、鏡の中を通ると、目の前に大きな城があった。
中を案内されるまでもなくそこがどこなのかわかっていたが、手を引かれるがままに歩く。
王城の中はとても綺麗で、毎日掃除がされているようで、王城を歩いていて、誰とも出会さないことの違和感が、とても大きかった。
「なぁ、ライ」
「はい?なんですか?」
「ここにいた人たちは?」
「全員殺しましたよ?炮烙さんがこの国の王になることを拒否したので」
簡単に言っている。
なんとも人の心がないことを言う。
それを聞いて、人よりも、感情のことに対して疎いんだと、炮烙は気付いた。
それに、ライを責めることは炮烙にはできない。
自分の言ったことを実行しただけなんだから。
「そうか。頑張ったな!偉いぞ〜」
そう言って、炮烙はライの頭を撫でる。
その突然の行動にライは驚いたが、すぐに嬉しそうに目を細める。
それにしても、わりかし高い買い物だ。
それでもお釣りが来る。
お釣りが来てしまうくらい、今が幸せだと思ってしまっているから、余計にそう思う。
体の成長が終わってから1年ほど経って、5年ほど前に作った《ラグナロク》と言う組織のおかげで、炮烙さんを世界の王にする計画にも一段落ついた日の夜。
私は炮烙さんの部屋に言った。
「どうした?」
ベッドの上で寝転んで天井を見ていた炮烙さんが訊いてくる。
「あっ、えっと」
少し口籠る。道具に見合わない感情を抱いている気がしたから。
でも、今からするのは道具として正しいはず。
そう思って言う。
「いえ、道具には、所有者が道具の異性であれば、道具のこういう使い方もあると知ったので」
そう言って、服を脱ぐ。
もともと下は履いてこなかったから、上着を脱ぐだけで、暗い部屋の中で、炮烙さんに裸を晒すことになる。
正直、こういう使われ方があると知った時には半信半疑で、今も疑っている。
それでも、この使われ方を教えてくれたアイスは裸になったら上に乗るといいと言っていた。
だから乗ったが、炮烙さんは驚いた顔をしていて、何もしてこない。
体に触れてくれば、それであとは任せるのだと言っていた。
だから、触ってこなかったから、これは間違いだったのだろうと思い、「ごめんなさい」と言って、部屋から出ていこうとベッドから降りようとすると、
手を捕まれ、後ろに引かれて、組み伏せられた。
ああ、よかった。
間違ってなかった。
ちゃんと道具として正しいことをしているんだ。
私がそう思っていると、炮烙さんが口を耳に近づけて「いつもごめんな」と言ってきた。
何がかはわからなかったが、「全然いいですよ」と返した。




