許容と拒絶
全てが凍った。
地面も、壁も、天井も。
何もかも。
なのに、なのに。
「どこに行ったぁ、あいつはぁ」
ファイアの姿だけがなかった。
自分とは完全に相容れない存在のファイアを確実に殺すべく、周囲を探す。
右も左も前も後ろも見ていなかったから、上を見た瞬間。
「こ!こ!だ‼︎」
騒がしい、うるさい声が降ってきた。
避けるなんて、できない距離だった。
完璧にファイアの殴りが上を向いたアイスの頬に入る。
ジュウゥゥゥ!
肉の焼ける音と匂いが立ち上ったが、その音と匂いはアイスが凍った地面に叩きつけられ、痛みが少し引いてきてからではないとアイスには伝わらない。
なぜなら、焼け焦げたのはアイスの頬ではなくファイアの拳だったからだ。
やべ、使うタイミングめっちゃミスった。すげー手が痛ぇ。涙出そう。
真剣な表情を崩すことなく、ファイアは心の中で焦る。
「うぅぅうぅ、くそぉくそぉ」
アイスが痛みに耐えて、涙を浮かべながら立ち上がる。
「何よぉ、正義は必ず勝つってことぉ、そんなのはぁ、物語の中だけでぇ、十分なのよぉ」
「ああ、その通りだ!正義が必ず勝つのは物語の中だけだ!」
「・・・・・・・・・はぁ?」
アイスはファイアの言葉に、不思議なものを見る目をして答える。
「アイス!言っておくがなぁ!善行をしている者が善人だとは限らない‼︎善意を振りまく者が悪意を持っていないわけがない‼︎自分の幸福を喜ぶ者が他人の不幸を喜ばないわけがない‼︎犯罪者が改心しないとは限らない‼︎悪意を振りまく者が善意を持っていないとは限らない‼︎悪行をしている者が悪人だとは限らない‼︎」
「何を言ってるの?」
アイスは心の底からそう思った。
それがそのまま言葉に出た。
「つまりだ!正しいことを言う奴が‼︎正しいとは限らないんだ‼︎正しいことを言う奴が‼︎善人だとは限らないんだ‼︎正しいことを言う奴が‼︎犯罪を犯したてないとは限らないんだ‼︎」
私も!人を殺している‼︎
いっそ清々しいと思ってしまうほど、堂々とした言葉だった。
その言葉にアイスが言葉を失っている間に、ファイアは言葉を紡ぐ。
「殺人だけじゃない。傷害罪、窃盗罪、脅迫罪、殺人教唆、他にも数えたらキリがないくらいだ、私はお前よりもひどい犯罪者だ!逃げてもいいさ!だがお前からはいつか向き合おうと言う意志を感じない‼︎だから言うんだ!逃げるな!私を掬い上げた人はそう言ったぞ!あの人はひどい‼︎ボロボロになったメンタルのまま、私に罪を償えと言ったのだからな!ボロボロになった体のまま、私にもっと頑張れと言ったのだからな!
お前はどうだ!もう立ち直っているだろう!ならそろそろ現実を見ろ!これ以上逃げるな!向き合って‼︎立ち向かえ‼︎」
なんて自分勝手。
自分の考えを押し付けてしかいないじゃないか。
なんて奴だ。
でも、そのくらい強引ほうがいいのかもしれない。
じゃないと、本当に私は逃げ続けたことだろう。
「償うって、何をすればいいの?」
「知らん!分からん!なんなんだろうな!」
何て奴だ。
自分でやれと言ってやり方を教えないとか。
「つーか!何で私に訊く!自分で考えろ!」
「うっ」
確かにそうなのかもしれない。
自分のことなんだから、自分で考えなくちゃならないのか。
「ちなみに!私も私を掬い上げてくれた人におんなじことを聞いたらな!なぜ俺がテメェのことで頭を働かせなくちゃ何ねぇんだよ、アァ⁈ってブチギレられたぞ!」
この子あってこの師匠ありってことか。師匠じゃないんだろうけどけど。
「それでその人に言われて考えたんだ!私にできることをな!それで自分の犯罪知識を活かして犯罪者を捕まえることを思いついたわけだ!そんで気づいたら精鋭揃いの世界警察に入ってたってわけだ‼︎」
この間リオルさんにぶっ壊されたけど!
ファイアが豪快に笑う。
何でぶっ壊されたんだ。
何をしたんだ世界警察。
それは小さく言葉になっていたようで、「いやー実わなぁ」とファイアは話し出した。
「間違ってリオルさんを逮捕しちゃってな!あっさり脱獄されたからぁ、みんなで捕まえようとしたら全員引き分けて!使い物にならなくなったんだ!」
「な、なるほど」
世界最高の保安組織の全員と引き分けた。
それは、すごい。
いや、すごいと言ったら、ファイアの行動もだ。
「ねぇ、どうしてぇ、私の最後の攻撃を避けられたのぉ?」
「アン?あー、それはなぁ」
ファイアが言葉を濁し、目を泳がせたのを見て、あまり言いたくないことなのだろうと判断して、「別に言わなくていいわよぉ」と言うが「いや、言う!」と力強く言われてしまった。
「私な!犯罪やってる頃な!無色って呼ばれてたんだ!」
「無職ぅ?確かに犯罪者って働いてないけどぉ」
「無職じゃねぇ!色が無いで無色だ!犯罪だってある意味仕事だ!」
「そおかしらぁ?」
「そうなの!私はぁ、無色って呼ばれてたの!誰も顔を覚えられないし、誰も私の顔を見ても思い出さなかった。私は存在感が希薄なんだよ。ほら」
そう言ってファイアは、指先から炎を出して空中を漂わせる。
それで十分だった。
一瞬炎に目を奪われて、ファイアに目線を戻すと、そこには誰もいなかった。
「えっえっ、どこに行ったのぉ」
「こぉこ!」
目の前から大きな声がして、ファイアが現れた。
「お前はさっきの戦いで、一瞬、自分の視界を氷でふさいじまった!だから!私を見失ったんだ!」
「・・・・・・それはぁ、能力ぅ?」
「いいやぁ、違うよ!私の体質だ!私はすぐに他人の影響を受けちまう、自分でも自分を見失いやすい人間なんだよぉ」
確かに、よく聞けば、私の喋り方が移っている。
「それに!私は犯罪やってた頃は積極的に他人の真似をしてたからな!それのせいでほとんどのやつは私に気づかなかった。ほとんどのやつは」
そう言った時、ほんのりとファイアの頬が朱で染まったのをアイスは見逃さなかった。
「へぇ、誰、誰なのぉ!」
アイスは目を少女のように輝かせてファイアに訊く。
「その人は!ルリアって言ってね!私を見つけるといつも尻尾を振って駆け寄ってくれるんだよ!」
「へぇ!尻尾を振っ・・・・・・・・・・・・尻尾?」
「うん、尻尾!」
尻尾。
アイスが呟いてから、「そうだったわぁ」と言って岩しか見えない天を仰ぐ。
「はあぁ、この子の恋愛対象が人じゃないことを忘れてたわぁ」
「む、そうだぞ!」
「犬?」
「熊」
「熊ぁ⁈」
「冗談だよ、本当は犬だよ種族的には」
ファイアがケロッと言ってケラケラ笑う。
はあぁ、相容れないわぁ。
そう思っていながらも、アイスの胸には先ほどのような怒りは湧いてこない。
はあぁ、絆されちゃってるわねぇ。
「ねぇ、私はどうしたら良いのかしらぁ」
「さっきと同じこと言うけど!テメェで考えろ‼︎」
ニッと笑いながらやかましい声でファイアは言う。
「ならぁ、やめるわぁ、ラグナロクぅ、義理は果たしたと思うしぃ、やめたい時はいつでもやめて良いって言われてるしねぇ」
「おお‼︎そうしろそうしろ!私と一緒に国の警備隊やろうぜ!」
「そ・・・・・・れは、良いのかしら?」
「構わん!お前がまたなんかしたら私が止める!」
ははっ、と笑いが生まれる。
嬉しいと思うし、こんなによくしてもらう理由が無いとも思う。
断ろう。
そう思い、言おうとし。
「うだうだ考えるな‼︎気にしながら生きら!それでぇ殺した誰かを思いながら!生きている人を助けろ!」
ファイアに言われた。
「わ、わかったわぁ」
勢いに押し負けた。
4割くらいは。
「ねぇ、私たちって友達とかになれるかしらぁ?」
「は?友達だと思えばそいつは友達なんだよ!だから訊く必要なんてない‼︎」
なんて暴論。
でも、なら。
「あなたを私の友達にしてあげますわぁ」
「おう!よろしくなぁ!」
多分、辛い。
きっと、苦しい。
絶対、死にたくなる。
でも、私は自分が奪った命のことを考えてみようと思った。
甘い甘い、誘惑は振り切れないだろうし、
緩い緩い、仲間意識は抜けなくて考えることなんてやめてしまう時もあるのだろう。
嫌い嫌いな、過去は無くならない。
でも、
甘く緩い昨日から抜けて、辛く苦しく嫌いで死にたくなる明日と向き合って。
どこまで行っても、もう二度と、普通の人と同じように光り輝くことのない、灰色の未来を歩いていこう。
「何かっこいいこと言っているんですのぉ?」
隣に立つ無色は声をかけてくる。
「覚悟なんていらないんですのよぉ〜、いるのは決心だぜ?」
「相変わらず染まりやすいわねぇ、今何色混ざってるのぉ?」
「さぁ!分からん!自分でもよくわからない!」
3人分の性格が出たのはわかった。
せっかく、覚悟のようなものを決めたのに、それを揺らがされた気分だ。
「おし!それじゃ、捕物と行きますのよぉ〜」
無色が高さ30メートルの壁から飛び降りる。
私も、それに続いて飛び降りた。
内臓がフワッと浮く感覚が気持ち悪くて、空中で吐くことになったことは、だった1日で全員に知られてしまった。




