破滅への道のり3
「私は、悪い人は許さないことにしています」
女は剣を構えて、相対する二人を見る。
片方の外に一歩も出ていないんじゃないのかと思うほど肌の白い男はどう見てもキレていて、それだけ、自分の能力に頼りきりだったことがわかる。
それに比べて、筋骨隆々の巨漢の男は落ち着いて、こちらを睨んで来ている。
強い能力を持つものはそれに溺れる。
強い肉体を持っているものは自信がある
だから、能力が使えなくなった程度で慌てない。
私は世界最強の最弱を目指している。
私の師匠のような、圧倒的なまでの弱さを持ちながら、世界最強と呼ばれるほどの人になりたい。
「喧嘩で、殺し合いで、討論で、ロシアンルーレットで、将棋で、オセロで、カードゲームで、テレビゲームで、トランプで、チェスで、騙し合いで、戦争で、るっちゃピッチャで、クゥエルドーニでナンデルガンデで、セルデイタヌで負けてもいい。
心が負けてなきゃ、自分を信じていりゃそれは負けじゃない。試合で負けて勝負に勝つんじゃない。エンドラコは負け知らずじゃない。試合で負けて勝負にも負けて、心が負けてなきゃ引き分けだ」
昔カッコつけて出したと言っていた自伝(本人制作)は全て消滅させたと言っていた師匠が残していた自伝を見つけて、その中に書いてあったのがこれだ。
ロシアンルーレット、将棋、オセロ、カードゲーム、テレビゲーム、トランプ、チェス、騙し合い、戦争、ルッチャピッチャ、クゥエルドーニ、ナンデルガンデ、セルデイタヌ。
この全てがなにを言っているのかがよくわからないが、それでも、心が負けてなきゃ、自分を信じていりゃそれは負けじゃない。試合で負けて勝負に勝つんじゃない。エンドラコは負け知らずじゃない。試合で負けて勝負にも負けて、心が負けてなきゃ引き分けだ。
この言葉で試合で負けて勝負に勝つんじゃない。エンドラコは負け知らずじゃないという言葉の意味が全くわからないが、なんとなくいいことを言っているというのが分かる。
だから、私はこの言葉を自分の目標として、頑張って来た。
そして、それは身を結んでいる。
今目の前では、焦って無策で突撃して来た男、Tが気絶していて、皮膚の硬い、筋骨隆々の男が私のことを警戒している。
「お前の能力は、能力を使用するのを封じるものか?」
「違います。私の能力は否定です。あなた達の能力の使用を否定しました」
「なるほど、その能力は他人が生きることを否定することもできるんじゃないのか?」
「できます」
「ならなぜそれを使わない?甘いぞ」
「知ってます。甘くて、甘ったるくて、温いぬるま湯に浸かっているようなものです。ですが———」
私は剣を下ろして、鞘に収めて、居合の構えを取って、
「———そんな私が、私は大好きです」
「・・・・・・・・・・・・フッ」
そうか。
男は、Fは、能力を持っていない。自分の肉体を鍛え続けて、その実力がラグナロクの称号をもてるくらいに強くなった男。
皮膚は鉄のように硬く。ほとんどの刃物を通さない。
だが、あの剣に触れてはいけない。そう思っていた男は間合いに入る瞬間、足を止め、薄皮一枚かすらせるだけで終わらせようとした。
それは失敗して、シャリンと、音が鳴った時、男は地面に倒れていた。腕は動く。下半身が動かない。
足が止まらず、間合いに入っても走り続けていた結果だ。
「あなたが足を止めることを否定しました。この件が物質を透過しないことを否定しました。この剣があなたの神経も透過することを否定しました。つまり、今のあなたは、下半身を動かす神経が全て切れている状態です。安静にしていれば神経はつながりますよ」
たぶん、と。
女は目を逸らしていった。
「自分の行いを悔い改めてくださいね、もし仕事が欲しいのであればリオルと言う人を探してください。絶対なんとかしてくれるので」
では、と、女は部屋の外へと出ていった。外から、話し声がした。
「負け惜しみでもなんでも、言っておけばよかったか」
男はそう言って、先程と同じように微笑を浮かべた。
「あなた、神を信じますか?」
目の前に現れたシスターの格好が似合わない女は、大きい胸の前で手を組み合わせて、俺に訊いてきた。
神はいてもいなくてもどうでもいいと思っているから、信じてると言ってもいいのだが、そう言ったらめんどくさいことになる気がしたので「信じてねぇよ、この世は残酷で、神がいるならこの状況はなんとかしてるはずだぜ?」と、屁理屈をこねてみる。
「そうですか」
とシスターは寂しそうな顔をして言った。
それから、
「残念です。ですが、そういう人がいるということを私は知っています、私もそこまで馬鹿ではありません。いいでしょう。私の名において、あなたが神を信じていないという哀れな状態から救済してあげましょう」
と言って、歪に笑った。
それは不協和音の鳴りそうなほど歪で、ともすれば、神を信じないと言っただけで哀れと言われたことが吹っ飛んでしまうほどの、悪趣味な笑みだった。
実際にSは一瞬、気持ち悪いと思ったが、それだけで哀れと言われたことは飛ばなかった。
「おいおい、なに哀れだとか決めつけちゃってくれてんの?俺は哀れじゃねえ、俺は今、とても誇らしい気分なんだぜ?なにせ」
Z様の能力を、俺は全て、コピーしてるからな。
そう言ってSは腕を前に突き出して握っていた手を開く。
そしてなにもなかった空中に鏡が——
生まれなかった。
「・・・・・・えっ、あれ?な、なんで」
「それはあなたが嘘をついているからです」
シスターは、分かりきっているでしょう?とSに言う。
「神は私に力をお与えになったのです。私の前で嘘をついたものは、その力を使うことも、動くこともできなくなるのです」
さあ———
「食い改めなさい、懺悔にも、生贄は必要です」
シスターがそう言うと、Sの腕が動く。
本人の意思とは無関係に、強制的に。
その腕は指を開いたまま、これも本人の意思とは無関係に開かれた口の中に入っていく。
小指の第一関節までが、完全にSの口の中に入った時、Sの口は閉じ、自分の指を噛みちぎろうとする。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛‼︎‼︎‼︎」
自分の指を噛みちぎる痛みにSは呻き、叫び、自分の意志の働くもう片方の腕でなんとか引き離そうとするが、自分の腕はビクとも動かない。
やがて「ギャアアアアあああああぁぁぁぁぁぁああああ‼︎‼︎」とSは叫び、その口から、四つの指が落ちてくる。
人差し指、中指、薬指、小指の第一関節までだ。
そして、それだけじゃ終わらない。
腕はまた動き、再び口の中に入っていく。今度は第二関節まで。
「うわぁああああぁぁ!いやだいやだいやだいやだ‼︎‼︎やめてくれ、やめてくれ、止めてくれぇ!」
「無理ですよ、これは懺悔です。神があなたに赦しを与えようとしているのです。もっとも、私の力によってなので、神も存外大したことがないのですよ」
神を信じているものとしては致命的なほどに、神を侮辱するようなことを言いながら、神から罰を与えられず、歪な笑みをさらに歪に歪める。
Sのついた嘘は、本人すらわかっていない。
本当に、Sは自分はZの能力を全てコピーしたと思っていたのだ。
それが、劣化版だとも知らずに。
自分の指が4本なくなり、さらに親指までも噛みちぎろうと動く顎と手を意識し、泣き喚きながら、Sは
この世に神はいない。
悪魔がいるだけだ。
歪で歪んだ笑みをさらに歪め、ギザギザの歯を見せびらかすように口を開いているシスターを見ながら、そう考えて、ブツリと意識が切れるのに任せて、気絶した。




