破滅への道のり
「——以上が本日の報告です」
「そうですか、わかりました。明日もよろしくお願いします」
ハッ!と返事をして敬礼をしたあと、その騎士は部屋を出てゆく。
ダノムガ王国の作戦参謀長室にいるエルガルドは、その隣の自室に入り、その自室の箪笥の開け、中にある鏡を見る。
中の鏡に「俺だ。Lだ。S、入れてくれ」そう言って鏡に触れる。
トプンと水に手を入れたような感覚があり、その感覚が指先から抜けていく。
そして、全身が抜けて、横で鏡に触れている少年に「ありがとな、S」と言う。
「いえいえー、いつものことですよー、あー、U様ならー、今日は5の部屋にいるよー」
いつも通りの間伸びした声でSが教えてくれる。
「わかった。報告してくる」
それだけを言って5の部屋に向かって歩き出す。
歩く速度が少しずつ上がってゆく。
U様に会えるのだ。
それだけで心が弾む。
俺のような称号を持っているものでも、幹部にまでしか姿を見ることができない。
ボスなど服の切れ端すら見たことがない。
幹部の3人W、V、Uのお三方の中で俺が従っているのはU様で、あの女性はとても美しい。
見たことのないボスよりも、自分の従っているのはU様に尽くす。
それが俺の今の生きがいだ。
後の部屋の前で立ち止まり、コンコンとノックする。
「どーぞぉ、お入りになってぇ」
「はい、失礼致します」
そう言って部屋に入り、U様のお姿を見る。
「いらっしゃいぃ、Lぅ、定時報告じゃないなんて珍しいわねぇ」
「はい、後2ヶ月以内に前々から計画しておりました策を実行に移せそうです」
「そうぅ、なら後は頑張ってねぇ、」
「はい」
・・・・・・・・・・・・・・・
沈黙。
「それだけぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
沈黙。
「ええとぉ、それだけぇ?」
「はい」
「わかったぁ、じゃあもういいよぉ、少し遊ぼうかぁ」
はい、声が弾まないように頑張って答え、少し遊んだ。
将棋というもので。
相変わらず勝てなかった。
また水のような感覚のする鏡を通り抜けて自室へと戻り、作戦参謀長室の部屋へと戻り、そこで軍部長ラゼルと出会った。
ラゼルはマントを着ていて、そのマントは血で濡れていた。
「魔物の討伐をしてからそのまま来たのか、着替えてから来いよ」
軍部の中では割と仲の良い人なので、タメ口を使う。
「いやいやわりーわりー、着替えるのが面倒だったもんでね」
それでも剣は置いてきたらしい。流石にその程度はわかるらしい。
「その品性はどうかと思うぞ」
「ハハ、わりー、一つ聞かせてくれ」
こいつは大事なことを聞くときは唐突だという特徴がある。
「なんだ?」
「《ラグナロク》、称号Lエルガルド」
何故それを知っている。
動揺を隠したが隠しきれなかった。
ドスっ。
腹にナイフが刺さっていた。
それも一本ではなく十数本。
「わりーね、恨むなら恨んでくれ。こういう不意打ちっていうのは盗賊の基本なものでね?ついでにいうなら女子の常套手段なんだよなぁ」
あっ、ちなみにこの血はお前の部下の血だよ、恨みたきゃ恨め。
目の前の友人になれるかもしれないと思っていた相手は、もう一度恨めと言って、手を後ろに引く。
その動作で十数本のナイフが体から抜ける。
血が噴き出し、熱が強くなり、指先などが冷たくなってゆく。
立っていられなくて、膝が折れる。
膝をついても体の自由がきず、うつ伏せに倒れる。
・・・・・・U・・・・・・・・・・・・さま。
「さて、リオルが命じてきたからわざわざ、こんな辺鄙なとこまで来たんだけど、草木が鬱陶しい」
山道の、獣も通らないような急斜面をフィーフィーは歩いていた。
目的地までの平された道はなかったが、獣道くらいはあり、そこを通ればもう少し楽だったかもと思いながらも、フィーフィーの歩く速度は変わらない。
目的地にはMと呼ばれる女がいるらしい。
そいつを殺す、もしくは《ラグナロク》から抜け出させること。まだ、その話し合いをできるくらいには《ラグナロク》を崇拝してはいないらしい。
話し合いは面倒だから、殺すけど。
「あれ?女の子?」
森を抜けて、どちらに行こうかと悩んでいるとそう声をかけてくる女の子がいた。
「ねぇ、ここにM、たしかぁ・・・・・・・・・シーザ?だったかって人がいるはずなんだけど」
「うん、いるよー、お姉ちゃんになんかよお?」
「うん、殺しに来た」
ポカンとしていた。
うん?と不思議に思ったが、そうか、そりゃ驚くだろう。姉を殺すと言われたら驚くものなのだろう。
少なくとも私は姉を殺されても何も思わないが、殺すと言われれば多少は抵抗するだろ。
たぶん。
だから、ポカンとしているのも分からないこともなくはない。
「な、なんで?」
ゆっくりと、噛まないように、女の子が訊いてくる。
「《ラグナロク》って組織があって、そこで悪いことをしてたから」
「あっ」
女の子はどうやらそのことを知っていらしい。
「で、でも、もうやってないです」
敬語を使ってきた。
癇癪をおこされないように、ということだろう。
起こす気はない。
「関係ない、言われてるから従うだけ」
「やっ、やめてください!お願いします、私にはお姉ちゃんしかいないんですよ」
一歩踏み出す、話を聞くのすらめんどくさい、さっさと終わらせて帰って寝よう。
「おっ、お願いします‼︎殺さないで!」
嘆願なんて、くだらない、そんなのは聞くわけないのに。
そりゃ、わからないか、初めて会ったのに。
一歩。
「こっ、ここから先は行かせません!絶対!絶対‼︎」
女の子が腕を広げて私の前に立ち塞がる。
ふむ、これが姉妹愛というものか。
なんてくだらない。
そんなもので死ぬことになるなんて、私は嫌だな、そんなことが起こる可能性があるなら、フォーフォーを殺してでも自分だけ助かるようにするのに。
両腕を広げて、震えながら立っている、名前も知らない女の子の頭を掴んで地面に叩きつける。
おっと、一回で殺しきれなかったらしい。
同じ妹として手加減してしまったのかな?
ゴン!ゴン!ゴシュ!ゴシャ!グシャ!
手についた血と脳漿を手を振って落とす。
ふわぁ、とあくびをしてから、翼を生やす。
ただ、飛べないので、翼で風を読んでどこにいるのかを探す。
「見つけた」
そして歩き、すぐに着いて、小屋の中に入って、ズルズルと引きずってきたあの女の子を投げ入れる。
「いらっしゃい、なんのよ・・・・・・・・・」
シーザは出迎えの言葉を言おうとして、床に転がっている死体をみる。
そして
「よくも私の妹を殺したな」
持っていた本を閉じて、シーザは言う。
怒りの形相で、憎悪と憤怒を隠すことなく、言う。
どうやら、下半身が動かないと言う情報は本当らしい。
なら、能力も本当なのだろう。
それにしても、顔がもう判別不可能なほどグチャグチャなのに、よく気づいたな。
これが——姉妹愛か。
いいものだな。
『し——」
自分の言ったことを聞いた人に言ったことと同じことが起こる能力。
死ねと言われれば死ぬし、裂けろと言われたら裂ける。
強い能力だが、より大きな声で相手の声をかき消せば意味がないし、発声器官を潰してしまえば問題はない。
小屋の壁には頭髪や血液、脳漿に眼球がこびりついていた。
自分の持っている『亜捻状』にも、眼球以外は付いていた。
ふわぁ、と、もう一度あくびをしてから、首から上のない物体が倒れて赤黒く汚れたベッドに乗り、横になる。
数分後には静かな寝息が聞こえてきた。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「わはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
暗い部屋で笑う人が二人。
片方は赤い長髪を頭の上の方で纏めて、上着を着ていない、隆起している筋肉を惜しげもなく晒してニコニコと笑っている細身で長身の男、称号はR。
もう片方は青いショートで、短い髪を不恰好にツインテールにしていて、厚着をしていてマフラーまでしていて見ているこっちが暑くなるほどで、ニコニコ笑っている着膨れしまくっている矮躯の女、称号はP。
名は、リードとフラウ。
兄弟ではなく、傷の舐め合いをしているわけでもなく、ただ馬があって、気があって、仲良くなった二人。
能力もお互いに相性の良いもので、凸凹なのに相乗効果を生み出しているコンビとして《ラグナロク》の中でも有名なほどである。
一緒に風呂に入っても欲情せず。
胸を揉んでも劣情を抱かず。
ただただ仲のいい兄妹のような、姉弟のように一緒に育った幼馴染のような、そんな二人なのである。
そんな二人は今、笑っている。
狂っているわけではないし、ついさっきまで戦っていたフォーフォーのことを笑っているわけでもない。
血を見て、飛び散った内臓を見て、笑っているわけではない。
思い出して笑っているのである。
「よぉ、あんたらがラブラブバカップルのリードとフラウか?もしそうなら《ラグナロク》を抜けてくれ」
「おうおう、そうだぜ。俺がリードで」
「私がフラウ。へいへい、お姉さん、私たちの答えは決まってるぜ」
突然現れて一息に自分の要求を言った女に対して、軽い態度で答えて、二人同時になんの合図もなく、両手をピストルの形にして人差し指を女に向けながら二人は言う。
「やーだね」
一度に四つの指に差されたフォーフォーは
「ははは‼︎そりゃいい!自分の組織にそこまでの愛着を持ってるなんてなぁ。訊くけど、なんでそんなに好きになれんの?」
主語がなく、楽しげに訊かれた質問に二人はすぐに答える。
またもなんの合図もなしに二人とも腰に手を当てて
「ダークヒーロー的な感じでカッコイイから」
そう答えた。
一語一句違わず。
「なにそれ!面白そうだなぁ!いいねいいねぇ!最高だねぇ!」
「おっわかる⁈」
期待を込めて食い気味に訊いたふたりだが、
「いや全然わかんねぇ」
楽しげな雰囲気が消えて、一瞬で感情を感じない能面のようになったフォーフォーを見て、戦闘が始まったと二人は察して、お互いの能力、
自分や自分が心を許している相手の力を一千倍にする代わりに痛覚を無くす能力を、
自分や自分が心を許している相手が傷を負った時どんな傷でも十秒以内に治す能力を、
—————使えなかった。
気づいた時には上半身と下半身が離れていて、自分と相方の内臓が混ざり合っている状態で仰向けになっていた。
「私の能力は私のいる空間での能力、スキル、魔法の使用を禁止する、相手に肉弾戦を強制する能力だよ」
また、楽しげに笑っている仮面をかぶってフォーフォーは自分の能力を説明する。
二人は首だけを動かして、なんとかフォーフォーを見て、血で濡れたその両手を見る。
鍛えられた筋肉の鎧も、重ね着した服の鎧も、一切役に立たなかったその素手を見る。
「じゃあな」
そう言ったフォーフォーは
「最後の最後までラブラブバカップルのままでいろよ」
そう言い残して、二人の目の前から消えた。
最後にポツリと「やっぱり感情というものは理解できない」と呟いた。
そして二人は笑い出した。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「俺らが最後に仲違いするなんて」
「すっげぇあり得ないこと言うな」
二人はそう言ってまた笑う。
視界の端が暗くなっていく。
体の感覚が消えている。
既に命は消えかけていて、二人の笑い声はとても小さく、羽虫の羽音のようなものになっていた。
「愛してるぜぇ、フラウ」
「愛してるぜぇ、リード」
————来世も一緒にバカやりたいねぇ、カップルじゃなくて、友達として一緒にバカやっていたい。
二人同時に、そう思っていたことは言わなくてもお互いには通じていた。
そして、思いは通じて、神のバクが最も多く存在する世界へと転生していった。
前世の記憶は残っていないが。




