能力ではない
「ああ、そうだ、先に言っておくけど、この旅にはいくつかの障害があります」
日の光の少ない、暗い森を走っている時に男が言ってきた。
障害?俺が金を持っていないなどの障害なら、村によらなければいいだけだろう。
「そう言うんじゃないんだよなぁ、金なら僕は有り余るほどに持ってるからさぁ、困ることはないし、村によって宿屋に泊まる気もさらさらない。ぜーんぶ野宿のつもりだぜ」
ならば何が障害となる?
「敵の存在を考えないのはすごいなぁ、てゆうかあんなに読むなとか言ってたくせに、僕が君の心を読むことを大前提で会話してんじゃん、なんなのその適応力」
そんなものはない。
どうやら俺が、何を言っても結局心を読まれるんだから、心の中で言葉を言って、男に読ませて会話しようと決めたことに、少し呆れているようだったが、しゃべるのは面倒だから、楽で仕方ない。
「話戻すよ、まぁ、障害って言っても、大きいやつで3つあるうちの一つくらいしか君にとっては障害にはならないんじゃないかなぁって思ってるんだけどさ、あと2つの片方はどう頑張っても君の障害にはなり得ないし、もう片方も微妙でさ」
もったいつけないで、さっさとその障害になるかもしれないやつだけ言え。
多少の怒りを込めてそう思う。
「君は短気だなぁ、それに、説明するまでもなく、その障害のもとに着いたんだけどさ」
そう言って、男は止まった。
その場所は、今まで通ってきた森を抜けてすぐのところだった。抜けたと言っても一時的なもので、向かい側にはまた日の光を通さない森が続いている。
だが、向かいの森に入るまでに200歩はあるがなくてはならないくらいには、この円形の場所は広い。
その円形の空間の中で、一人、女が立っているのが見えた。
平均的な背丈で、髪は長く、腰まであり、手に何かを持っている、
男が「おーいラート、ちょっといい〜」と手を振りながら、女に話しかける。
「リオル様、お久しぶりです」
「そんなお堅い挨拶はいらないってば、ところで何持ってるの?」
「ああ、これですか?」
女は言って、腕の中のものが見える位置まで歩いて近づいてきてから、腕の中の物を見せてきた。
「へぇクラミスかぁ、何でここにあるの?こんな日の入らないところで育つわけがないんだけど」
「それはそうですよ、今朝、近くの国まで行って旦那に買ってきた物なので、ここで育ったわけではありませんよ」
そう言って、女は上品にふふと笑う。
それにしても、女のくせになかなかの強者。
この男も俺の全速力についてきていて、先ほど止まった時も息切れひとつしていなかったのだ。かなりの強者だと言うことはわかるが、力量が読めない。
目の前の女の方が強く見える。
それにしても、ずっと目を閉じていてよく見える、それとも音で判断しているのか。
それが別の何か、
「へぇ、本当君は旦那さん大好きだねえ」
男がいうのが聞こえ、思考を放棄する。
たとえどんな力を持っていても構わない。
そう結論付ける。
「えぇ、愛しています」
女がそういうと、ポツリと、とてもとても小さい声で、少しでも風が吹いていたら聞こえなくなるような声で
「いいなぁ」
と、男が呟くのがかろうじて聞こえた。
何が、とは聞かない、何かがあったのだろう。
パンっと手をたたき、男が意識を切り替えた。
「さてと、ラート、君と旦那さんに頼みたいことがあるんだ」
「はい、何でしょう」
女は微笑を浮かべながら男に訊く。
「いやね、ここにいる刀身君はね、僕の兄に大事な刀を取られちゃってて、そこに行くつもりなんだけど、僕が刀身君の力を測りたいから、旦那さんの胸を借りたい。いいかな?」
「えぇ、私はかまいませんよ、あの人が負けたところはあまり見たことがありませんので、大抵の人には負けないでしょう」
女が答える。
どうやら、自分の旦那のことを信用しているようだが、果たしてその旦那はそこまで強いのだろうか。
「随分と、人の旦那に対して失礼なことを言いますね」
なんだ、こいつも他人の心を読めたのか。
「いや、ただの予想で言ってるだけだと思うよ」
うん?そうなのか、すごい予想だな。
「だよねぇ、とりあえず、大丈夫だと思うぜ?さっきも言ったけど、君に勝てるとしたら四王か僕の兄くらいだって、その四王のうちの一人、ラッグが彼女の旦那さんだからね」
ほぉ、そうか、なら少しは期待してもいいのかな。
「あまり、私の旦那をなめないでくださいね」
女はそう言って、目を薄く開く。
眼球があるはずの場所には眼球はない。
代わりにドロドロとした粘液のようなものが見えた。
どうやら人ではないらしい。
ならば、期待もできるという物。
いつ来るか、
考えは途切れる
なかなかの速度、これなら、楽しめそうだ。
後ろを振り返って、その姿を捉える。
そこにいたのは大きさが20丈は超えているであろう巨躯を持つナメクジだった。
どうやら、本当に人間ではなかったらしい。
奇病持ちかとも思っていたのだが。
まぁ、今はそれは関係のないこと。
力は強大、相手は近くにいて、抜刀すれば切ることができる。
避けられるかもしれないが、とりあえず、一度切っておこう。
ドク、ドク、と、いつもよりも心音の速くなってる鞘の化けている刀の柄を強く握り、心音が落ち着くのを待ってから、抜刀。
当てるな。
ピタッと、残り数寸のところで刀を止め、
後ろに飛び抜く。
空いた空間は約3間。
(いや、さすがです。リオルさんがお連れするだけはある)
脳内に声が直接届く。
そういうこともできるらしい、このナメクジは。
とりあえず喋らなくてもいいというのは楽だなと、思ってから、
その地面、お前がやったのか。
そう訊く。
(そうですよ、よく避けられたと感心しています。今まで、初見で避ける人はいなかったので)
まぁ、俺も危うく切っていたしな、もし当たっていたなら、鞘も、あのナメクジのいる場所の地面のように、ドロドロに溶けてしまっていただろう。
本当に気づけてよかった。
「どー、本当に強いでしょ、ラッグはさ、さぁ、君はどうやって攻略する?」
男がそう言って、ペチペチとナメクジの体を叩いて、一瞬で手首から先がなくなるが、すぐに再生している。
(さて、リオル様に褒めていただいてとても嬉しいですね、ですがこのままで終わりではないのでしょうか、今の速度は私でも追いつくことができませんし、あなたに攻撃を当てるのは大変そうです。そしてあなたはわたしには必ず攻撃を当てることができるでしょうが、当てた瞬間武器を失う。膠着ですかね、膠着状態というものは初めてです)
そうか、だが、膠着状態にはならない、なぜなら。
当てずに斬る方法を俺は知っているからな。
「王斬『空間切断』」
鞘がそう呟いたのは俺が抜刀し、鞘に収めたあとだった。
ズッと、ナメクジの体が二つに切れ、上の体が落ちる。
「あら、まぁ」
女が驚いたように声を上げるが、その反応が薄い気がして気になったが、それの理由はすぐにわかった。
ズルッと地面に落ちた体が動いて、切れた体の上に登る。
なるほど、再生か。
納得すると同時に無駄だとも思う。
上に乗った体がくっつくことなく、再び地面に落ちる。
女が目を見開く。
だが、それだけで、声を出すことはない。
やはり、反応が薄い。
(これは、一体)
落ち着いた口調でナメクジがいう。
簡単な話だ、『空間切断』は物を斬るのでは無く、空間を斬る技だ。斬られた空間は戻ることがでくなくなる、だから再生はできない。生やすことも、くっつけることもできない。
(なるほど、これは危険。ですが、まだ負けたわけではありませんよ)
そう言って、ナメクジは突進してくる。
『空間切断』は斬られても死ぬわけではない。だから動き続けることはできる。ナメクジなら、どれだけ小さくされても動けるだろう。
厄介だな、他二つも使おう。
そう決めて、走る。
「うへぇ、スッゲェや、さっすが神のバグ最強クラス、強すぎるなぁ」
リオルが見る先では、何十も斬られたラッグがいて、刀身はかすり傷一つ負っていない。
刀身が刀を振ると、ほとんど毎回周囲の大木も切れてゆく。
ラッグも元々の大きさからかなり小さくなっていて、森の中には斬られただけでは死なないはずのラッグの、動かなくなった体の一部が落ちていたりする。
「リオル様、本当に大丈夫なのでしょうか」
ラートが心配そうに訊いてくる。
そりゃそうだ、今まで負けたことがない訳ではないとはいえ、ここまで一方的な負け方は見たことがなかっただろうから。
四王はかなり強い。
神のバグなんていう例外を抜けば、間違いなく食物連鎖の頂点である。
そんな存在を圧倒している神のバグがおかしいのだ。
「大丈夫だよ」
と、神のバグに最も近いただの人間がいう。
そのリオルの一言で、ラートは安心したように息を吐く。
「それにしても、だーいぶ加減してるね」
「ええまぁ、そうですね。速く使って欲しいですよ」
使わないんだろうなぁ、奥の手。
ラッグ君は優しいしなぁ。
そう思っていたところに、二人が戻ってくる。
ラッグは大小様々な大きさになって、刀身は傷一つつかず、刀を鞘に収めて、立っていた。
「おかえりー2人とも」
リオルは2人に手を上げる。
「どうだった?」
「今までのやつとは比べ物にならなかった、だが、なんらかのことを隠していると思う」
(はい、いつ当てられるかと探っていたのですが、無理でした。とてもお強い)
2人がそれぞれ答える。
「いやー、僕としては君の力が分かってよかったよ。これで本当にもう障害が無くなったことがわかった、2人とも手伝ってくれてありがとねぇ」
「もう行くのか?」
「うん、あれ?もうちょっといたい感じ?」
「いや、いい」
言って刀身が歩き出す。
「あぁ、ちょっと待ってよぉ〜」
リオルが泣きそうな声で言って追いかける。
が、すぐに戻ってきて、
「ごめん、忘れてたや」
と頭に手を当て、舌を出しながらいった。
そしてラッグに触れて。
ラッグの体が一瞬で元通りになった。
「さてと、『回帰』の能力で記憶だけそのままにして勝負前に時間を戻した。じゃあ、今度こそじゃあね」
そう言ってリオルが走り出す。
リオルの姿が消えてから、
「お強いお方だったのですね」
ラートがいう。
(あぁ、強かった、あんな人とやれてとても楽しい時間だったよ)
「ふふっ、そうですか、お強いお人が好きですものねぇ、私では満たされないでしょう」
ラートが言うと、ラッグが覗き込むように見る。
スゥっとラートが顔を背ける。
ラッグがラートの顔を追う。
背け、追う、背け、追う、背け、追う。
繰り返すうちにナメクジのドロドロとした体が伸びて、ヘビがトグロを巻くようにラートの周りを囲う。
(私はラートが1番好きですよ)
ご機嫌取りのようにも聞こえる、本心からの気持ちは、きちんと通じていた。
「許します」
目を閉じながら嬉しそうにラートは言って、ズブズブと腕をラッグの中に沈めていく。
ズルンと全身が入ってから、ラートとラッグは会話をした。
会話の内容はイチャラブでエチエチなものだったことだけを、ここに記す。




