k02-26 ゲイルという傭兵
テイルの嬢ちゃんたちが反対側の岡まで移動する間、俺とペオニーお嬢様はここで待機。
訓練は受けているとはいえ、まだ歳はもいかない素人と作戦を共にするのは不安しあないが……今は他に手もない。
(まさか、ハイドレンジアでこんな事態になるとは。俺もつくずく運が無いな)
腕の時計を確認する。
……行動開始まであと5分。
嬢ちゃんたちは上手く隠れられただろうか。
隣を見ると、物陰に隠れたまま、お嬢様が緊張した面持ちでじっと前を見つめている。
(まったく……。こないだまでガキだと思ってたが、いつの間にか大人みたいな顔するようになりやがって……)
武器の確認は住んだ。地形の把握も充分。
作戦の開始時間までに他にやる事も無いし――残された時間で、自分の生涯でも振り返ってみる事にするか。
三十年以上生きて来たにしては、随分と薄っぺらい人生だ。振り返るのに5分もあれば釣りがくる――
―――
生まれは何処だか知らない。
自分の誕生日も、年齢すら曖昧だ。
両親の顔はもちろん、物心つくまでをどう過ごしてたかも記憶に薄い。
多分、同じような境遇のガキ達とつるんで、窃盗、強盗、密輸……その日の食い扶持を獲るために、殺し以外の事は大概やったと思う。
……そんな俺に訪れた1度目の転機が、軍への入隊だった。
15歳……まぁ歳も正確じゃないが、とにかくそれくらいの頃。俺たちが活動してたエリアで、ストリートチルドレンの一斉検挙が行われた。
政府の掃討部隊に捕まった俺たちは、てんでバラバラ、大人たちが決めた施設へそのまま送られた。
腕っぷしだけが自慢だった俺は、とある軍隊の訓練学校へ引き渡された。
戦争が終わり随分と平和になたとはいえ、どんな世の中でも戦場が無くなるという事は無い。
どこの軍隊も、戦力はあればあるだけ、余るということはない。
“学校”に行くと聞いて少なからず胸を踊らせないのは覚えているが、放り込まれのは、俺が思い描いていたようなそれとはかけ離れた所だった。
子供達の健やかな成長を願う者なんて誰も居ない。
大人たちの都合で、大人たちの言う通り、大人たちに逆らわず動く"駒"を育てる学校だ。
元々糞みたいな世界で育ってきたんだ。
どこに行こうが大概の事じゃ驚かないつもりだったが……そこでは、大人たちが、子供相手に「人の殺し方」を熱心に教えてやがった。
ナイフで人体のどこを斬れば大量失血させられるか。
銃でどこを撃てば相手を一撃で仕留められるのか。
ストリートの子供同士ですら、暗黙の了解で「人殺しはご法度」でやってたのに……。
マジで世の中は腐ってると思った。
そんか俺の思いとは裏腹に、生活自体は多少マシにはなった。
軍に居れば最低限の衣食住には困らない。
やる事が”生きるために悪事を働く”から”大義名分のために人を殺す”に変った事が、俺にとって良かったのか悪かったのかは――未だに分からないが。
それから数年。――幸い、俺には人殺しのセンスがあったらしい。
いくつもの戦場で、大きな戦果を挙げた。
それでも、ストリート出のガキが出世して偉くなれる訳でもなく……生きて戦場から帰って、訓練。少し休んだら、また人を殺すために出撃。永遠とその繰り返し。
お偉いさんたちからは、「随分と丈夫で長持ちな駒」だと褒められたもんだ。
そんな生活が10年程続いた頃――突然訪れた2度目の転機。
上からその話を伝えられたときは、耳を疑った。
どこぞの金持ちに、俺を護衛用の傭兵として売り渡すというのだ。
正直……いよいよ俺が邪魔になり、何処か人目の付かない所に連出して始末するんだろうと、本気で思った。
死刑を待つ囚人の気持ちで迎えた、引き渡し当日。
いかにも高そうな黒塗りの車が、本当に俺を連れにきた。
十年以上過ごした、愛着の一つも沸かない我が家(施設)に別れをつげ、連れてこられたのは見た事もないようなドデカイ屋敷。
物好きな雇い主の顔を拝めるのを楽しみにしていたが、人を買ってきておいて本人は挨拶もなし。
代わりに俺を引き取りに出迎えたのは、糞生意気そうな10歳そこそこの女のガキだった。
説明じゃ、要人警護の仕事と聞かされてたが、蓋を開けてみれば、実質は金持ちの娘の子守りをしろということらしい。
それを知った時は、思わず大声で笑っちまって、会ったばかりの糞ガキに睨まれたもんだ。
それから数日。
最初は、何でこんな金持ちが俺みたいな得体の知れない傭兵を雇ったのか……と疑っていたが。その理由は直ぐに分かった。
この糞ガキが、まぁ~~手に負えない。
俺のガキの頃なんかまだ可愛く思えてくるほどの我儘っぷりだった。
俺以外にも品性正しい正規のボディーガードが何人もいたが、そいつらは入れ替わり立ち代わりみんな辞めていきやがった。
まぁ、ムリも無い。
護衛対象はこっちの指示も聞かずにやりたい放題。
少し苦言を呈すれば殴る蹴るだから会話にもならない。
そんな状態で護衛をしろといわれても、もしそれで怪我されたり事故に巻き込まれでもされたら、自分の傭兵としての経歴に傷がつく。
いくら金を積まれようが、正規のボディーガードとしては事故案件甚だしいだろう。
依頼主もその事は分かったようで、この際素行や素性には目を瞑るから、根性と実績のある奴を……というオーダーで俺が選ばれたらしい。
まぁ確かに適任かもしれない。こっちは経歴どころか、特に無くす物も何もない。
それに、今まで居た地獄に比べれば、この“ハイドレンジア”とかいう島はぬるま湯みたいなもんだ。
糞ガキの我儘にうんざいする事も多々あったが、それでも何事もなく何年かが過ぎた。
欠伸が出るような日々を漫然と過ごす中。
……事件が起きたのは、あいつが14歳になったある日の事だった。
その日もあいつの我儘に付き合って、朝から街に買い物に出ていた。
そんな最中、父である市長のやり方に反発した強硬派が、娘の誘拐を目論み襲って来やがった。
運の悪い事に、ペオニーが我儘を言って丁度俺達護衛を振り切って走り出した瞬間を狙われた。
平和ボケしまくっている名ばかりの護衛たちは、誰一人まともに動けずポカンとしている始末。
咄嗟に駆けつけた俺は、犯人の一人に右手を刃物で大きく切り付けられはしたが、ペオニーは無傷で保護できた。その後、無事に犯人達も制圧。
とはいえ、油断していた俺に勿論責任はある。
護衛対象を危険な目に遭わせた事を問責されてクビも仕方ないかと思った。
まぁ、だとしても、ただそれだけの事。
……そう思っていたら、あいつは血まみれの俺を見るなり慌てふためいて駆け寄ってきて、傍にへたり込み大声で泣きじゃくり出した。
泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい!」と何度も俺に謝った。
犯人がどうの、怪我がどうのより、狼狽して泣きじゃくるあいつを宥めるのに一番苦労した。
それからというもの、多少だがあいつは俺の言う事だけは聞くようになった。
話を聞いてみて、分かったのはこいつはただ寂しかったらしい。
小さい頃から、市長である父親は殆ど家に帰らず顔も見せない。母親も父親の出世にしか興味は無い。
家ではいつもひとりぼっち。
周りに居るのは護衛かメイド達くらい……金で繋がってる大人達だけだ。
そんな訳で、誰かの気を引きたくていつも我儘ばっか言ってたらしい。
―――――
……もう一度、ペオニーの横顔を見る。
残念なことに、性格は糞ガキのまま治らなかったが、見た目だけなら文句を言う男は居ない程良い女になった。
「……なぁ、お前もう18歳だろ? せめてもう少し人前ではおしとやかにしたらどうだ?」
「――何よ!? 急に父親みたいな事言い出して!? バカじゃないの!」
そう言って険しい顔で罵倒される。
……そういや、最後にもう1つだけ思い出した。
事件のあったその年の俺の誕生日に、何とも不味そうなケーキが出された。
あまりにも不格好だったんで
「何だこれ? 途中で落としたのか?」
とか軽口を叩いたら、あのガキは持ってたケーキを床に叩きつけて怒ってやがった。
今更ながら何てガキだと思ったが、涙を浮かべながらあこまで怒ってたのはあれが最初で最後だったな。
後からメイド達に聞かされた話によると、今まで両親の誕生日に一度たりもプレゼントすら送った事も無かったのに、自ら初めてキッチンに立ち、本を読みながら徹夜で手作りした物だったらしい。
あれだけは今でも後悔してる。
「なぁ」
「なに?」
「…………ケーキ。悪かったな」
「――だから! こんな時にバカな事言うなって言ってんのよ!」
口調は相変わらず生意気だが、目を真っ赤にして涙を浮かべてやがる。
――可愛い所もあるじゃねぇか。
時計を確認する。時間だ。
「……それじゃ、行ってくる」
こいつには感謝してる。
お前が居なけりゃ、俺は今でもどっかの戦場で、誰かに殺されるまで誰かを殺し続けてただろう。
それ以外になんの取り柄も無い俺に、例えたった5分で語れる程の薄っぺらさでも……"人生"とかいう物をくれた。
生まれた場所も生まれた意味も分からい俺に、死に場所と死ぬ理由を用意してくれた。
前に話してくれたお前の夢――いずれハイドレンジアの市長になって父親を見返す事。
その姿を見れなかったのは残念だが、その夢の礎になれるなら――上出来じゃねぇか。
身を隠しえていた植え込みから出る。
……その直前、俺の服の裾を背後からペオニーが掴んだのが分かった。
だが、気づかないふりをしてそのまま振り払う。
ゆっくりと、橋に向かって歩いていく。






