k02-10 アザレア【挿絵あり】
ヴィントさんに連れられて、広い客間へ通される。
「旦那様をお連れしますので、少々こちらでお待ちください」
そう言ってお辞儀をし、部屋を出て行くヴィントさん。
部屋の中央には、10人近く座れる大きなダイニングテーブル。
天井には立派なシャンデリアが備え付けらえている。
大きな窓からは先ほどの庭が見え、レースのカーテン越しに優しい日差しが差し込んでいる。
……あ、この日差しは人工物なんだっけ。……別に良いんだけど、何だか細かい所で気になる。
立ったまま部屋の中を眺めていると、程なくして入り口のドアがノックされ、ヴィントさんと共に男性が入ってくる。
オールバックにきっちりと固めた土色の髪。
立派な髭を携えている。
鍛えているのだろうか、それなりの年齢のはずだけれど背広の上からでも筋肉質なのが分かる。
さすがに大企業の重役というだけあって、厳格な印象を受ける。
「遠い所ようこそおいで下さいました。今回依頼させて頂きましたグラード・リックス・ブロンサントです。よろしくお願い致します」
見た目から受ける印象とは裏腹に、目じりを下げ穏やかな語り口で話す依頼主。
こんな事を言ったらアレだけど、たかだか雇われの傭兵に対して随分丁寧な方ね。VIPの余裕って事かしら。
「さっそくですが、娘を紹介させてください。……入りなさい」
ドアの外に向かって声を掛ける。
それを聞いて、私の中に緊張が走る。
やっぱりアレか!? あのやたら煩いヒステリック女が来るのか!?
お願いだから勘弁してよ神様……!!
そんな私の願いが天に届いたのか――
扉を開けて入って来たのは、私の想定とはかけ離れた姿の少女だった。
腰近くまである、丁寧に結われた薄桃色の長い髪。
伏し目がちでおどおどしており、どこか自信なさげな印象。
それでも清楚な成り立ちは、一見して良い所のお嬢様その物だ。
年の頃は私達と同じくらいかしら。
「アザレア、皆さんにご挨拶を」
「は、はじめまして。アザレアと申します。あの……み、短い間ですが仲良くして頂けると嬉しいです」
そう言って深々と頭を下げる。
き、奇跡だ。奇跡が起きた!
神様、本気でお祈りしたのはシャドーウルフェンに襲われた時と2回だけだけなのに、ありがとう。
あなたは何て慈悲深いんですか……!
想定していたじゃじゃ馬とは真逆の、女神のように清楚な少女の登場に、歓喜の祈りをささげる。
見た感じお化粧とかオシャレとかはあんまり興味の無いタイプかな。
結構な美人のはずだけれど、どこかあか抜けない感じを受ける
ちなみに、アイネもそうなのよね。
あの子素材はかなり良いんだからもっと自信持ってオシャレとかすればかなり可愛いのに。
「恐れ入ります。ウィステリア・テイルより参りましたジンと申します。マスタークラスです」
そう言ってテイルの敬礼をするマスター。何よ、まともな挨拶も出来るんじゃない……。
「同テイル所属、グレード10、シェンナです。よろしくお願い致します」
マスターに続き敬礼をする
「あ! こ、こんにちは!! アイネです! こちらこそ宜しくお願いします!」
アイネもお嬢様に負けじと、更に深く頭を下げる。
ちなみに、お嬢様はまだ頭を下げたままで私達の挨拶は見えていない。
頭を下げたままのアイネと………そのまま2人とも動かない。
しばし沈黙の後、アイネとお嬢様、同時にそっと顔を上げる。
そして目が合い、慌てて2人ともまた深々と頭をさげる。
……頭に血登るわよ。
アイネ、私やエーリエ、マスターみたいに慣れた相手なら比較的よく喋るんだけど、初対面の人には思いっきり人見知りなのよね……。
お嬢様も大人しそうな感じだし……。成程、人見知り同士がかち合うとこういう事になるのね。
―――――
一通りの挨拶を終えるとグラードさんが直々に屋敷の中を案内してくれた。
屋敷の中はどこも清掃が行き届いており、家具や雑貨なども綺麗に片付いている。
てっきり私達は付近のホテルに宿泊かと思ってたけれど、滞在中は屋敷の客室を使わせて貰えるとのこと!
マスターは個室、私とアイネは共通の大部屋が用意された。
アンティーク調の家具で統一された立派な部屋。普通に使えば4人は泊れるんじゃないかしら……。
「……大まかな説明は以上ですかね。私は仕事で不在にする事が多いと思いますが、細かい事はアザレアにお聞きください。アザレア、お2人の事よろしく頼むぞ」
「はい、お父様」
雇われの衛兵のはずが……扱いが完全にお客様なんだけど……。
あれ、これって実地遠征で合ってるわよね?
「では、ジンさん。早速ですが依頼の詳細について打ち合わせを宜しいですか?」
「承知しました」
「その間、アザレアは、街の案内も兼ねてお2人と買い物に行ってきて貰えるかな。詳細はヴィントに聞きなさい」
「はい、お父様!」
そう言うと、グラードさんはマスターと一緒に部屋を出て行った。
「……では、私達も参りましょうか」
そう言って、上品な笑顔を見せるアザレアお嬢様。
玄関に出ると、ヴィントさんがハイヤーを手配してくれていた。
「本日の夕食は、皆さまの歓迎会も兼ねて屋敷の庭でバーベキューを催しさせて頂こうと思います。私は諸々の準備がありますので、恐縮ですが皆さまには食材の買い出しをお願いできますでしょうか」
「まぁ! バーベキューですか! それは素敵ですね」
両手を合わせて喜ぶお嬢様。
「食材と一緒に、お2人の滞在中に必要な物もお買い求め下さい。海に行くこともあるでしょうし、水着などもお持ちでなければお買い上げください。経費として全てこちらで負担致しますので」
「えぇ! 私達も海、入っていいんですか!?」
アイネがキラキラした顔でお嬢様に詰め寄る。
「勿論ですよ! 良ければ明日にでもご案内致します。私、あまり泳ぎは得意ではありませんが……色々と楽しいアトラクションもありますし」
楽しそうに話すアイネとお嬢様。
だめだ……これは実地演習なんかじゃない。完全にバケーションだ。
聞いてた話だと、他のファミリアでは宿泊は簡易テントに10人近くすし詰め。朝から夜まで働いて、お風呂はおろかシャワーも2日に1回。食事は美味しくない携行食が何日も続く……って聞いてたけど。
立派なお屋敷でホテルのスイートルームみたいな部屋に宿泊、雇い主の奢りでショッピングして、夕飯はバーベキュー。明日はビーチで遊ぶって。
これ、レポートで何報告すればいいのよ。
アザレア






