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k01-50 決着

「仰る通り、何の布石もなく私の攻撃があなたに通用するとは思っていません。だからさっきの一撃が布石、コレが切り札です」


 そう言って手に持った短剣を見せるシェンナ。


 次の瞬間、カルーナは持っていたレイピアを地面に落としそのまま膝を付きしゃがみ込む。



「この短剣には即効性の強力な麻酔が仕込んであります。直接受けた右手ではもう剣は握れません。運動中枢に作用する麻酔なので、しばらくはまともに歩く事もできないでしょう。……一度は憧れてあなたに師事した、私からの最後のお願いです。――降参してください」



『……おおおおおーー!!』

『マ、マジか!?』

『すげーー!!』



 予想外の大番狂わせに、会場からは雄叫びにも似た大歓声が上がる!


 圧倒的な実力差を覆した若い才能を目の前に、その場に居る誰もが興奮を隠せなかった!



「す、すごいです!! シェンナ! 本当に勝っちゃいました!!」


 アイネが興奮してジンの袖を引っ張る。


「……持ち込みが禁止されてない以上、毒だろうがトラップだろうがルール上は使用OKってわけだ。とは言え、格上のカルーナとしてはそんなみっともない勝ち方は出来ない。わざわざ剣で相手したのも見栄えに拘ってだろう。それに比べ格下のシェンナは勝てば官軍。要は何でもありだ」


 周りが興奮に沸く中、ジンが冷静に状況を解説する。



「そこまで計算して準備してくるシェンナが凄いんですよ! ですよね、ね! ね!」


 興奮してグレンの腕も引っ張るアイネ。


「あぁ、我が娘ながら大したものだな。……だが……」


 そう言うグレンは浮かない顔をしている。


「え……」


 その表情に一気に不安になる。



 ジンの方を振り返ると、同じく浮かない顔……珍しく少し焦った表情にも見える。


「ええ。これは……マズいですね」


「ど、どういう事ですか? もうシェンナの勝ちは確実……」


「いや……。正直なところ、実力差からしてカルーナの圧勝で終わると思ってたんだが……」


「え!? 酷くないですか! シェンナの事信じてなかったんですか!?」


 ジンの事を責め立てるアイネ。



 グレンが間に割って入る。


「いや、マスターの見立てが正しい。あの子には悪いが私とてそう思っていたし……それで丸く収まる想定だった」


「え、そ、それってどういう……」


「カルーナとしちゃメンツが保てりゃそれで良かったのさ。圧倒的な実力差を思い知ってシェンナが降参すればそれで良し。

 もし意地になって降参しなければ、あえて自分が降参を宣言しても良い。今回の場合、別に俺やお前に謝罪するだけで済む話だ。周りは『器の大きなマスターが、将来有望な生徒1人の命を救った』と評価するだろう。それに売られた喧嘩とは言え、カルーナとしても生徒殺しの不名誉なんて願い下げだろうからな」



 グレンが続く。


「私としても、勝ってテイルに残るならそれで良し。負けてテイルを辞めて帰ってくるならそれも良し。むしろ大人しく家を継いでくれるなら万々歳……だったんだが」


 そう言いながら、不安な表情を浮かべるグレン。



 参った、という様子で額に手を当てるジン。


「こうなっちまうと、マスター・カルーナも引けなくなるな」


「え……」


 その様子に困惑するアイネ。



「こんな公衆の面前で、自らの生徒に遅れを取り醜態を晒したとなったら今後テイルで舐められるぞ。今まで周囲に高圧的な態度を取って来たなら尚更だ。それでもどうにか威厳を保つために取る方法としたら……」


 そう言ってため息をつく。




「――圧倒的な恐怖」


 グレンが言い終わるか否かの間際、会場に強烈な炸裂音が響き渡る。


 驚いて音の方を見ると、カルーナのすぐ傍に立っていたはずのシェンナが数メートル後方まで吹き飛ばされ倒れていた!



「ふ……! ふざけ、ふざけんじゃないわよこのクソガキがぁぁ!!」


 会場に居た全員が思わずたじろぐような怒声を響かせ、よろよろとカルーナが立ち上がる。


 その左手には、銃口から濛々と煙を上げる大型の銃が握られていた。



「おいおい、マジか……。魔兵器……対マモノ用の大型散弾銃じゃねぇか。そこまでやるか……」


 ジンがドン引きする。



「あなた……!!」


 静かに見守っていたスカーレット婦人が悲痛な声でグレンの腕を引っ張る。


「うむ……」



 会場では、派手に吹き飛ばされ倒れたシェンナが、どうにか立ち上がろうともがいている。


 地面を転がりうつ伏せに……そこから四つん這いになり上体を起こそうと力を振り絞るものの、全身をガクガクと震わせそのまま地面に突っ伏す。



 その胸の周りには、大粒の氷の塊がいくつもめり込んでいる。



「銃の大きさとあの氷塊のサイズからして……10ゲージビーストショット・アイスペレットか。いくら制服の上からとはいえ……あの至近距離から胸に受けたら肋骨の数本はいってるだろ。肺までいってなきゃいいが……」


「そ、そんな! マスター! 止めてください!! シェンナ本当に死んじゃいます!!」


 悲痛な顔でジンの全身を揺するアイネ。


「本人の降参の意思が無いとなぁ……。まぁ……超VIPのノーブル郷ならば、裏から手を回して無理やり中止にさせる事も出来なくもないでしょうが……」


 そう言ってグレンの方をちらっと見るジン。


「……もしそんな事をすればあの子は今後一切口を聞いてくれんでしょうな。……許してくれ、アイネちゃん。私とて気持ちは同じだが、我が家はこれでも騎士の一族。権力を用いて決闘を止めるなどあってはならんのだよ。あの子を信じよう」


「そんな……」



(……とは言え、さすがにここで死なれても夢見が悪いな……用意だけしとくか)


 そうつぶやくジンの左手には、いつの間にか真っ黒な鞘に納められた刀が握られていた。




 ―――




「……カハッ! ……」


 うつ伏せのまま咳込み血を吐くシェンナ。


 口の周りが血で真っ赤に染まる。


 ゼェゼェと肩で息をしながら小声で何かを呟いている。



 巨大な銃を杖替わりにして、足を引きずりながら一歩、また一歩と近づくカルーナ。


「全く!! どいつもこいつも!! 何だっていうのよ!! 私が今までどれだけ苦労して今の地位を築いたと思ってんのよ! あんなくだらない事故のせいで全部台無しにされてたまるかってのよ!!」



 シェンナのすぐ傍までにじり寄り、震える足でどうにか踏ん張り散弾銃の銃口をその頭に向ける。



「……何ぶつぶつ言ってんのよ!? 今更降参の宣言でもしたいの? 出来る訳ないでしょ! 大声が出せないようにわざわざ胸元狙ったんだから!! さぁ!! 肉の塊になって死になさい!!」



「マスター……」


 シェンナが擦れた声で呟く。



「……あなたは完璧です。自分が常に正しいと思ってる。だから、自分に理解出来ない事は誰にだって理解出来ないと思ってきた。それがあなたの……敗因です!」




 次の瞬間――



 一瞬にして数多の光の文字がシェンナを取り囲むように現れる!


 それらは縦横無尽に飛び回り、やがてシェンナを中心とした半球状のドームを形成する。



「!?――きゃぁ!」


 その不思議な力で数メートル後方まで吹き飛ばされるカルーナ。



 シェンナの周辺では光のドームを囲むように、次々と円形の魔法陣が展開され光の文字が複雑に動き出す。




「――う、ウソだろ!!? あいつ、マジか?」


 状況を静観していたジンが、驚きのあまり勢いよく立ち上がる。


 ビックリしてアイネが振り返向く。



「あ、あれってまさか!?」


「お前……あいつに輝石魔法の事教えたのか?」


「い、いえ。教えてないですけど……そう言えばホームにあった輝石魔法の古いノート? みたいなの読んでたような」


「ノート……ノートってまさかあのノートか!? あれ読んだだけって……いやいやいやいや、ウソだろ……」





 バトルエリアでは、どうにか体制を立て直したカルーナが、倒れたまま上半身だけを起こしてシェンナの方を見る。


「な、なに!? 何をしてるの!!」


 座ったまま、手に持った散弾銃を構えシェンナに向け打ち込む。その反動で後方に大きく跳ね地面に背中をぶつけるカルーナ。



 銃から放たれた氷の礫は、空気中の水分を集め複数の大きな氷の塊となりシェンナを襲う!


 しかしそれらは光り輝く魔法陣に触れるなり粉々に砕け散り、輝く粒となり地面に落ちる。



「魔法障壁!? そう、魔兵器ね!? どこに隠し持ってたのかしらね……。まぁ良いわ。そんな高出力の障壁数分も持たないわ。その時があなたの潮時よ」



 輝く魔法陣の中でシェンナはヨロヨロと立ち上がり、震える体でどうにか両手を突き出し前に構える。


 そこに向け無言でもう一発散弾銃を放つカルーナ。


 しかし先ほどと変らず、再び魔法陣に砕かれる。



 シェンナは息を整え、どうにかカルーナに聞こえる声で話しかける。


「……魔兵器なんて必要ありません。コレさえあれば……」



 そう言って、その手に握った赤い魔鉱石を見せる。


「……さっき、私の剣。どうしてあんなにあっさり折れたと思います?」



「……は?」


 そう言ってカルーナはちょうど付近に落ちていたシェンナの折れた剣を見る。



 柄の辺りに嵌まっていたはずの魔鉱石が無い。


 あの大爆発の後、砂ぼこりにまみれて抜き取った!?


 だとしたらマナの強化を失った剣が、氷の斬撃を受け簡単に折れたのも納得がいく。



「念のため……抜き取っておいたんです。本当はさっきのナイフで決着つけるつもりだったんですけど、マスター用心深いから。私も奥の手の……さらに奥の手、やけくそみたいなもんです。それにしても、本で読んだだけで半信半疑だったのに、ぶっつけ本番で上手くいくと思わなかった」




「本? ……!! あなたまさか……嘘でしょう……あんなのただのお伽話よ……」



 うろたえるカルーナを前に、シェンナはそっと目をつぶる。


 その眼前に、光り輝く炎の塊が形成されていく。



 引き攣った顔で散弾銃を乱射するカルーナ!


 しかし、放たれた氷塊は今度は障壁に達するよりも前で音を立て蒸発し空中に消え去った。



 その間に、シェンナが掲げる火球は直視出来ない程の煌々とした光を讃え、瞬く間に大きさを増し彼女の身長程の大きさにまで膨れ上がる。


 それを掲げ、シェンナは精いっぱいの声を絞り出す。



『最善なる魂 天の掟を下す者よ


 正義に紅炎 純潔に灼光


 聖なる不死者の名の下に


 虚偽の悪魔を――討ち滅ぼせ!』



 太陽のごとき輝きを放つ、巨大な火球が勢いよく発射される!


 その高温により、直接触れていないにも関わらず飛翔した後は地面から火柱が上がっている。



『滅罪の赤星――オーギュラス・フランム!!』



 次の瞬間、その場に居る全員が目を覆う程の閃光を放ち光の球が炸裂する!!


 一瞬遅れて――凄まじい轟音と衝撃波が会場を襲う!!


 ピシピシと音を立て、防御用の結界に無数のヒビが走る。


 結界では防御し切れなかった衝撃で、会場全体がガタガタと音を立て揺れる!



 客席からは悲鳴が響き渡り、逃げ出そうとする一部の観客達でパニックになっている……!




 ――暫くして


 放たれていた光は収まり、会場の揺れも止まった。


 バトルフィールドでは濛々と砂ぼこりが上がっている。



 その砂ぼこりが落ち着くにつれ、観客達も落ち着きを取り戻し全員が勝負の行方に注目する。


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