第九十二話「エルナの涙」
零の申し出に、エルナは、長い沈黙の後、ゆっくりと、首を振った。
「――ワタシハ、行ケナイ」
その答えに、零は、静かに、尋ねた。
「なぜだ」
「――ワタシハ、病神様ニ、創ラレタ、存在。病神様カラ、離レレバ、ワタシハ、消エテシマウ、カモシレナイ」
その告白に、零は、胸が締め付けられる思いだった。
「エルナ、それは……」
「――ソレニ」
エルナは、静かに、続けた。
「ワタシガ、離反スレバ、病神様ハ、必ズ、追ッテクル。ソシテ、貴様タチニモ、危険ガ、及ブ」
その言葉には、エルナなりの、精一杯の、配慮が、滲んでいた。
零は、静かに、エルナを、見つめた。
「エルナ、お前は、俺たちのことを、心配してるのか」
その問いに、エルナは、はっとしたように、目を、見開いた。
「――ワタシ、ガ……?」
「ああ。今の言葉、まるで、俺たちを、守ろうとしてるみたいだった」
その指摘に、エルナは、動揺したように、視線を、彷徨わせた。
「――ワカラナイ。コンナ、感情、知ラナイ」
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零は、静かに、エルナの、すぐそばに、腰を下ろした。
「エルナ、今すぐ、決断しなくていい」
「――デモ……」
「俺たちは、これから、この国での、旅を、続ける。もし、また、会うことがあったら、そのときに、改めて、話そう」
零の、その、押し付けがましくない、優しい言葉に、エルナは、しばらく、無言のまま、零を、見つめていた。
やがて、その、感情の読み取れなかった、瞳から――一筋の、涙が、こぼれ落ちた。
「――コレハ……ナンダ……」
エルナは、驚いたように、自分の頬に、触れた。
「――ワタシ、泣イテ、イルノカ……?」
「そうみたいだな」
零は、優しく、微笑んだ。
「エルナ、お前には、確かに、感情がある。それは、決して、悪いことじゃない」
⸻
その光景を、聖、夜、熊谷、花霞も、静かに、見守っていた。
「――あの子、本当に、辛い立場に、いるのね」
聖が、痛ましげに、そう呟いた。
「病神に、創られた存在、か。自分の意思で、生まれてきたわけじゃ、ないんだろうな」
夜も、静かに、そう、続けた。
熊谷が、大きく、息を吐いた。
「あの子も、ある意味、被害者、なのかもしれねえべ」
花霞も、静かに、頷いた。
「零殿の、その優しさ――エルナ殿の、凍りついていた心を、確かに、溶かしつつあるように、お見受けいたします」
⸻
しばらくして、エルナは、涙を、拭いながら、静かに、口を開いた。
「――零。オ前ノ、名前、ソウ、言ッタナ」
「ああ」
「ワタシハ、今スグニハ、決メラレナイ。デモ」
エルナは、静かに、しかし、確かな意志を込めて、続けた。
「オ前ノ、言葉ハ、忘レナイ」
その言葉を最後に、エルナの姿は、静かに、黒い靄と共に、森の奥へと、消えていった。
零は、その、去っていく姿を、静かに、見送っていた。
「――いつか、また、会えるといいな」
零の、静かな呟きに、聖が、優しく、頷いた。
「きっと、会えるわ」
見知らぬ国の、静まり返った森を後にしながら、零たちは、エルナという、新たな存在との出会いを、それぞれの胸に、静かに、刻んでいくのだった。




