第八十八話「無限呼吸の目覚め」
氷河での戦いを終えた零たちは、しばしの休息を取りながら、下山の準備を進めていた。
「――零、あなたの体、本当に、変わってきてるわね」
聖が、休息中、しみじみと、そう呟いた。
「あの標高で、あれだけ戦えるなんて、以前の零からは、考えられなかった」
零も、自分の胸に、そっと手を当てながら、静かに、頷いた。
「ああ。なんというか……呼吸そのものが、これまでより、ずっと、楽になってる気がする」
その言葉に、夜が、興味深そうに、零を見つめた。
「あんたの、その力――もしかしたら、また、新しい段階に、進んだんじゃない?」
夜の指摘に、零は、静かに、自分の内側に、意識を集中させた。
(確かに、何か、変わった気がする)
これまで、体の奥に眠る「熱」を、意識的に引き出すことで、力を発揮してきた。だが、今、その熱は、これまで以上に、自然に、体の隅々にまで、行き渡っているような感覚があった。
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その夜、野営の焚き火を囲みながら、零は、静かに、自分の力について、改めて、思考を巡らせていた。
(かつて、俺の肺は、弱かった。息をするだけで、苦しかった)
その、かつての弱さ――「肺疾患」と呼ばれていた、あの苦しみ。それが、零の力の、一つの源泉であることは、これまでの旅で、薄々、感じ取っていた。
(もしかしたら、あの弱さが、今、まったく違う形の、強さに、変わったのかもしれない)
呼吸そのものが、以前より、遥かに、楽になっている。標高の高い場所でも、以前のような、深刻な息苦しさに、襲われることは、なくなっていた。
「零、何を、考えてるの?」
聖の問いに、零は、静かに、微笑んだ。
「自分の、体のことを。かつて、弱かった部分が、今、確かな力に、変わってきてる気がして」
聖は、優しく、頷いた。
「あなたの、その力――苦しみを、糧にするものだって、院長様が、言ってたわね」
「ああ。今、改めて、その意味を、実感してる」
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翌朝、下山を開始した零たちは、これまでとは、明らかに違う、確かな軽やかさを持って、山道を、下っていった。
「――思ったより、早く、下りられそうね」
聖の言葉に、零は、静かに、頷いた。
「ああ。体が、確かに、応えてくれてる」
麓の村に到着すると、これまで病に苦しんでいた村人たちの容態も、水源の浄化と共に、快方に向かい始めていた。
「――本当に、ありがとうございました……!」
村の長老が、涙ながらに、感謝の言葉を、述べた。
零は、静かに、その言葉を、受け止めた。
「この河が、これからも、多くの人々の、命の源で、あり続けますように」
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その夜、村での祝宴の中、零は、静かに、これまでの旅を、振り返っていた。
(タージ・マハルの、愛の物語。ガンジス川の、生と死の信仰。そして、この、天にも届くような、氷河での戦い)
一つ一つの経験が、確かに、零の中に、深く、刻まれていた。
「零殿」
花霞が、静かに、隣に座った。
「そなたの、その表情――穏やかな、確かな、成長を、感じさせますな」
「花霞さんにも、そう見えるか」
「ええ。旅を重ねるごとに、そなたは、内側から、確かに、強く、そして、優しくなっておいでです」
その言葉に、零は、静かに、微笑んだ。
「みんなのおかげだ。一人じゃ、絶対に、ここまで来られなかった」
見知らぬ国の、聖なる河の恩恵を受けた、麓の村で、零たちの、インドでの旅は、また一つ、確かな成長と共に、次なる局面へと、向かっていくのだった。




