第八十六話「天に近き山」
翌朝、零たちは、これまでにない澄んだ空気の中、さらに標高を上げながら、山道を登り続けていた。
「――もうすぐ、水源に着くはずよ」
聖が、地図を確認しながら、そう告げた。
零は、深く息を吸い込んだ。冷たく、澄んだ空気が、肺の奥まで、染み渡っていく。
(思ったより、平気だ)
これまでの旅で、最も過酷な環境のはずだった。だが、零の呼吸は、驚くほど、安定していた。
「零、顔色、いいわね」
聖が、嬉しそうに、そう指摘した。
「ああ。この高さでも、思ったより、体が、ついてきてくれてる」
零自身、その変化に、改めて、驚きを覚えていた。
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昼過ぎ、一行は、ついに、ガンジス川の水源とされる、氷河の麓に、辿り着いた。
「――これが、聖なる河の、始まりの場所……」
聖が、感嘆の声を漏らした。青白く輝く、巨大な氷河から、澄んだ水が、静かに、しかし力強く、流れ出している。
だが、その神々しい光景の中に、零は、これまでの旅で幾度となく感じてきた、あの重苦しい気配を、確かに、感じ取っていた。
「――近いな」
零の言葉に、一同は、緊張を強めた。
氷河の奥、古い祠のような場所から、黒い靄が、まるで、氷河そのものを、蝕むように、染み出しているのが見えた。
「――ヨウヤク、来タカ」
靄の中から、これまで対峙してきた、新たな四天王――あの農村地帯で戦った者と同じ、水と大地を司る力を持つ者が、姿を現した。
「――お前、まだ、生きていたのか」
零が問いかけると、四天王は、静かに頷いた。
「――先ノ戦イ、確カニ、敗レタ。ジャガ、病神様ノ御力ヲ以テ、我ハ、再ビ、コノ地ニ、遣ワサレタ」
その言葉に、零たちは、改めて、病神という存在の、底知れない力を、実感させられた。
「――コノ聖ナル河ノ、源。全テノ生命ノ、始マリノ地。コレヲ、穢セバ、下流ノ全テノ土地ニ、絶望ガ、広ガル」
四天王の言葉に、零は、拳を握りしめた。
「そんなこと、絶対に、させない」
零は、剣を構えた。これまでの旅で積み重ねてきた、確かな経験と、成長した力を胸に、零は、静かに、しかし確かな覚悟を、固めていくのだった。
見知らぬ国の、天にも届くような、雄大な氷河の前で、零たちの、新たな戦いが、今、始まろうとしていた。




