第八十五話「ヒマラヤを臨む」
ガンジス川を、さらに遡ること数日、零たちは、ついに、川の源流に近い、山岳地帯へと、足を踏み入れた。
「――あれが、ヒマラヤ山脈……」
聖が、遠くに聳える、雪を頂いた、途方もなく高い山々の連なりを見て、感嘆の声を漏らした。
「これまで見てきた、どの山よりも、遥かに、高いべなぁ」
熊谷も、その圧倒的なスケールに、驚きを隠せない様子だった。
零もまた、その光景に、静かな畏敬の念を覚えていた。
(あの高さまで、登ることになるのか)
これまでの旅で、標高の高い場所での過酷さを、身をもって経験してきた零にとって、目の前の山々は、これまで以上の試練を、予感させるものだった。
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麓の集落で、ガンジス川の水源に関する、詳しい情報を集めると、零たちは、いよいよ、本格的な登山の準備を、進めることになった。
「――この標高だと、これまでとは、比べ物にならないくらい、空気が、薄くなるはずよ」
聖が、心配そうに、零を見つめた。
「零、無理は、絶対に、しないでね」
「ああ、わかってる」
零は、静かに、そう答えながら、自分の胸に、そっと手を当てた。
(体は、これまで、着実に、丈夫になってきてる。でも、この高さは、未知数だ)
慎重に、しかし、確かな決意を持って、零たちは、山道を登り始めた。
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登山は、これまでの旅の中でも、最も過酷なものとなった。
「――ッ、はぁ、はぁ……」
標高が上がるにつれ、零の呼吸は、次第に、荒くなっていった。以前ほどではないにせよ、確かに、体への負荷は、大きなものだった。
「零、大丈夫? 少し、休みましょう」
聖の気遣いに、零は、素直に、頷いた。
「……ああ、助かる」
以前の零ならば、無理をしてでも、前に進もうとしていたかもしれない。だが、これまでの旅を通して学んだ、「無理をしないことも、強さの一つ」という教えを、零は、確かに、自分のものにしていた。
「みんなの、ペースに、合わせてもらって、悪いな」
零がそう言うと、花霞が、静かに、首を振った。
「零殿。焦らず、休むことも、大切な戦い方にございます。以前、そう、お伝えしたはずですが」
「……ああ、そうだったな」
零は、少し照れくさそうに、笑った。
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しばしの休息を挟みながら、零たちは、着実に、山を登り続けた。
「――思ったより、私たちも、この高さ、辛いわね」
聖の言葉に、夜も、静かに頷いた。
「うん、正直、私も、息が、上がってる」
その言葉に、零は、少し驚いた。これまで、常に、涼しい顔をしていた夜が、素直に、弱音を、口にすることは、珍しかった。
「夜も、辛いんだな」
「当たり前でしょう。私だって、人間よ」
夜の、少し拗ねたような返答に、零は、思わず、笑ってしまった。
「悪い、悪い。でも、そうやって、素直に、言ってくれると、こっちも、気が楽になる」
夜は、僅かに、頬を赤らめながら、視線を逸らした。
「……そう。なら、良かった」
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夕暮れ時、零たちは、ようやく、その日の野営地に、辿り着いた。
眼下に広がる、雲海の絶景を、一同は、しばし、無言で、見つめていた。
「――綺麗、ね」
聖が、静かに、そう呟いた。
零も、その光景に、深く、心を打たれていた。
これまでの旅で、幾度となく、過酷な試練に、直面してきた。だが、その先に、こうした、息を呑むほどの、美しい景色が、待っていることもある。
「――明日には、水源に、辿り着けそうだべ」
熊谷の言葉に、零は、静かに、頷いた。
「ああ。もう少しだ」
見知らぬ国の、天にも届くような、雄大な山々の中で、零たちの旅は、これまで以上の試練を乗り越えながら、その真の目的地へと、一歩ずつ、近づいていくのだった。




