第八十二話「生と死の岸辺」
ガンジス川を遡る船旅の道中、零たちは、河岸に点在する、幾つもの村を訪れながら、この地の人々の暮らしと信仰に、触れていった。
「――この河は、女神の化身だと、信じられているのです」
案内役を買って出てくれた、若い僧侶が、そう説明してくれた。
「人々は、この河で、罪を清め、そして、死後は、この河に、遺灰を流すことで、魂が、輪廻の輪から、解き放たれると、信じているのです」
その話に、零は、静かに耳を傾けた。
「輪廻、ですか」
「ええ。生まれ変わり、生き、そして死に、また生まれ変わる。その繰り返しから、解脱することこそが、この地の人々にとって、最大の願いなのです」
零は、その考え方に、これまでの旅では出会ったことのない、独特の死生観を、感じ取った。
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船が、上流へと進むにつれ、河の水は、次第に、その色を変えていった。
「――これは……」
聖が、思わず、口元を押さえた。澄んでいたはずの水が、次第に、黒く濁り始めている。
「河岸の村も、様子が、おかしいわね」
聖の指摘通り、通り過ぎる村々からは、これまでの旅で幾度となく見てきた、あの重苦しい空気が、漂い始めていた。
一行が、とある村に船を寄せると、そこには、河の水に触れて倒れたという、多くの村人たちの姿があった。
「――お願いします……! どうか、村を、救ってください……!」
村の長老が、涙ながらに、零たちに縋りついた。
「聖、頼む」
「わかってる」
聖が、すぐに治癒魔法を試みるが、やはり、これまでと同様、根本的な改善には至らなかった。
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村人たちの話によると、上流にある、古い寺院――ガンジス川の水源に近いとされる、聖地に、異変の原因があるらしかった。
「その寺院、案内していただけますか」
零がそう頼むと、長老は、恐る恐る、頷いた。
「案内は、いたしましょう。ですが……あの場所には、既に、幾人もの巡礼者が、足を踏み入れたきり、戻ってきておりませぬ」
その言葉に、零たちは、緊張を強めた。
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寺院へと向かう道中、零は、これまでの旅で出会ってきた、様々な死生観を、静かに思い返していた。
日ノ本での、剣に想いを託す、花霞の姉のような、生きることへの、真摯な向き合い方。この国での、死を、終わりではなく、輪廻の一部として捉える、独特の信仰。
(生きるということ、そして、死ぬということ――どちらも、決して、単純なものじゃないんだな)
零自身、かつて、あの雪の夜、確かに、死を覚悟した。だが、今、こうして、生きている。その意味を、改めて、深く、考えさせられる旅路だった。
「零殿、何を、お考えでございますか」
花霞が、静かに、隣に歩み寄った。
「色々と、な。生きることと、死ぬことについて」
「深いお考えにございますな」
花霞は、静かに、微笑んだ。
「わたくしも、姉を失ってから、その二つのことを、ずっと、考え続けております」
「花霞さんは、答えを、見つけたのか」
零の問いに、花霞は、しばらく、静かに考えてから、答えた。
「完全な答えは、まだ、見つかっておりませぬ。ですが――生きることそのものに、意味がある。そう、信じるようには、なりました」
その言葉に、零は、深く共感を覚えた。
「俺も、そう思う」
寺院へと続く、聖なる河のほとりを、零たちは、それぞれの想いを胸に、静かに、しかし確かに、歩み進めていくのだった。




