第七十六話「聖女の限界」
十二使徒への勝利から数日、零たちは、商業都市に留まりながら、この大陸に残る、他の歴史的な要所についての情報を、集め続けていた。
その一方で、聖の様子に、零は、次第に、ある変化を感じ取っていた。
「――聖、大丈夫か」
ある夜、宿の一室で、聖が、疲れた様子で、机に突っ伏しているのを見つけ、零は、心配そうに声をかけた。
「……ん、大丈夫よ。ちょっと、疲れただけ」
聖は、そう答えながらも、その顔色は、明らかに優れなかった。
「無理してないか。これまで、ずっと、俺たちの治療、それに、村や街の人たちの治療も、ほとんど、聖が一人で、背負ってきてる」
零の指摘に、聖は、僅かに視線を逸らした。
「……仕方ないじゃない。誰かが、やらないと」
「聖」
零は、真剣な表情で、聖を見つめた。
「お前だって、限界があるはずだ。無理を重ねれば、いつか、倒れる」
「私は、大丈夫。それより――」
聖が、話を逸らそうとするのを、零は、優しく、しかしはっきりと、遮った。
「聖、正直に、話してくれ。最近、あまり、眠れてないんじゃないか」
その指摘に、聖は、しばらく黙り込んでいたが、やがて、力なく頷いた。
「……ええ、そうよ。夜になると、これまで、救えなかった人たちの顔が、浮かんできて」
聖の声には、これまで見せたことのない、深い疲労と、苦悩が滲んでいた。
「治癒魔法をかけても、根本的には、治せない病。私、いつも、無力感を、感じてる」
その告白に、零は、胸が締め付けられる思いだった。
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「聖、覚えてるか。京の都で、俺が、お前に、言ったこと」
零が、静かに切り出すと、聖は、僅かに顔を上げた。
「お前は、何もできてないわけじゃない。痛みを和らげ、希望を、繋いでる」
「……覚えてる」
「今度は、俺が、お前に、同じことを、言わせてくれ」
零は、優しく、しかし確かな口調で、続けた。
「お前は、これまで、数えきれないほどの人を、助けてきた。それは、紛れもない事実だ。だから」
零は、聖の手を、そっと握った。
「もう、一人で、全部を、背負わなくていい。俺たちが、いるだろう」
その言葉に、聖の目に、じわりと、涙が浮かんだ。
「……零」
「無理をして、お前が倒れたら、俺たちが、どれだけ、悲しむか。想像したことは、あるか」
零の問いに、聖は、静かに首を振った。
「みんなにまで、心配、かけたくなかった」
「心配するに、決まってるだろう」
夜が、いつのまにか、部屋の入り口に立っていた。
「聖、あんた、大切な仲間なんだから」
熊谷も、扉の陰から、静かに顔を出した。
「無理は、禁物だべ。俺たちが、いつも、言ってることじゃねえか」
花霞も、静かに、部屋に入ってきた。
「聖殿。そなたの、その優しさゆえの、頑張り――尊いものにございます。ですが、時には、その優しさを、ご自身にも、向けてくださいませ」
⸻
仲間たち全員に囲まれ、聖は、しばらく、静かに涙を流していた。
「……ありがとう、みんな」
聖は、涙を拭いながら、微かに微笑んだ。
「私、これまで、ずっと、誰かを助けることが、自分の役目だと、思い込んでた。でも」
聖は、静かに続けた。
「自分自身も、大切にしないと、いけないのよね」
零は、優しく頷いた。
「その通りだ。聖が倒れたら、誰が、俺たちを、癒してくれるんだ」
その言葉に、聖は、小さく笑った。
「そうね。……少し、休ませてもらうわ」
「ああ、ゆっくり、休んでくれ」
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その夜、聖は、久しぶりに、深く、穏やかな眠りに就いた。
零は、静かに、聖の寝顔を見守りながら、これまでの旅を、改めて振り返っていた。
(みんな、それぞれに、抱えてるものがある)
聖の、誰かを救いたいという、強すぎる想い。夜の、過去との向き合い方。熊谷の、仲間を守るという、揺るがぬ信念。花霞の、姉への、深い想い。
そして、零自身の、病弱な体と、その中に眠る、正体不明の力。
それぞれが、異なる痛みを抱えながらも、支え合い、共に、前へと進んでいる。
(この絆が、俺たちの、本当の強さなのかもしれないな)
零は、静かに、そう思いながら、聖の穏やかな寝顔を、優しく見守り続けるのだった。
見知らぬ大陸での旅は、聖の、新たな一面を通して、零たちの絆を、また一つ、深いものへと、育んでいくのだった。




