第六十九話「民の悲鳴」
四天王との戦いが始まると、これまでにない規模の、大地そのものを揺るがすような、激しい攻防が繰り広げられた。
「――ッ、この井戸から、力を得ているのか!」
零は、四天王の放つ、黒い靄の勢いが、井戸に近づくほど、増していくことに気づいた。
「熊谷、井戸から、あいつを、引き離せないか!」
「わかったべ!」
熊谷が、大盾を構えて、四天王へと突撃する。
「――邪魔ヲスルナ!」
四天王は、靄を鋭く伸ばし、熊谷を弾き飛ばそうとした。だが、熊谷は、歯を食いしばりながら、その圧力に、なんとか耐え続けた。
「花霞、夜、援護を!」
零の指示に、花霞と夜が、それぞれ、四天王の側面から、鋭い攻撃を仕掛けていった。
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戦いが続く中、村の外れから、悲鳴に近い声が響いてきた。
「――助けてくれ……! 作物が……!」
零が視線を向けると、井戸から溢れ出した黒い靄が、周囲の畑にまで、その触手を伸ばしていた。まだ辛うじて生き残っていた作物が、みるみるうちに、黒く変色し、枯れ果てていく。
「そんな……! これ以上、被害が広がったら……!」
聖が、悲痛な声を上げた。
零は、拳を握りしめた。
(この村の人たちの、生きる糧を、これ以上、奪わせるわけにはいかない)
胸の奥で、あの熱が、これまでにないほど強く、燃え上がった。
「――俺は、この人たちの、生きる希望を、守る」
その言葉と共に、零の周囲に、確かな光が、力強く、揺らめき始めた。
「――ッ、コノ光ハ……!」
四天王が、明らかな動揺を見せた。
零は、その隙を逃さず、一気に、井戸と四天王の間へと、割り込んだ。
「――お前の力の源を、断つ」
零は、剣を構え、渾身の力で、井戸から湧き出る黒い靄そのものを、切り裂いた。
「――ッ、グァァァ……! ナニヲ……!」
四天王の悲鳴と共に、井戸から溢れ出していた靄の勢いが、目に見えて、弱まっていった。
「今だ、皆!」
零の合図に応え、花霞、夜、熊谷が、それぞれの一撃を、四天王へと叩き込んだ。
「――バ、馬鹿ナ……! コレホドノ、抵抗ヲ……!」
四天王は、大きくよろめきながら、後退した。
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「――今日ハ、コレマデダ。ジャガ、覚エテオケ。コノ地ノ、絶望ハ、既ニ、深ク根付イテイル」
その言葉を最後に、四天王は、黒い靄と共に、井戸の奥深くへと、姿を消していった。
戦いが終わった後、井戸から漏れ出ていた瘴気は、次第に薄れ、清らかな水が、静かに湧き始めた。
「――終わった、みたいだな」
零が、荒くなった息を整えながら、そう呟いた。
「零、井戸の水、綺麗になってる……!」
聖の声に、村人たちが、恐る恐る、井戸の周りに集まってきた。
「これで、また、この地に、実りが戻るはずです」
零が、村長に向かって、そう告げると、村長は、涙を堪えながら、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます……! この御恩、決して、忘れません」
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その夜、救護所で治療を受けていた村人たちの容態も、少しずつ快方に向かい始めていた。
「――良かった」
聖が、安堵の表情を浮かべながら、そう呟いた。
「まだ、完全に元通りには、時間がかかるだろうけどな」
零の言葉に、聖は、静かに頷いた。
「それでも、希望が見えてきたわ」
夜も、静かに、そう付け加えた。
「あんたが、井戸の力を断ったこと、大きかったと思う」
零は、自分の胸に、そっと手を当てた。
「みんなの、支えがあったからこそだ」
花霞が、静かに微笑んだ。
「零殿の、その光――以前にも増して、力強く、そして、優しいものに、感じられました」
その言葉に、零は、少し照れくさそうに笑った。
見知らぬ大陸の、命の危機に瀕していた農村地帯で、零たちの戦いは、また一つ、確かな希望を、取り戻すものとなった。だが、四天王の言葉――「この地の絶望は、既に、深く根付いている」――その意味を、零たちは、まだ、完全には、理解できずにいた。




