第六十六話「ライバルの流儀」
皇帝牙との再会から数日、零たちは、この大陸での次なる目的地を、改めて検討していた。
「皇帝牙さん、また、ふらっと現れて、ふらっと去っていったな」
零が、苦笑しながらそう呟くと、聖も、同意するように頷いた。
「本当に、自由な人よね。でも、頼りになる」
「ライバル、って感じの人だべなぁ」
熊谷の言葉に、零は、少し考えてから答えた。
「ライバル、か。皇帝牙さんとは、正直、まだ、実力差がありすぎる。ライバルって呼ぶのは、おこがましい気がする」
「でも、あの人、あんたのことを、気にかけてる」
夜の指摘に、零は、素直に頷いた。
「ああ、それは、感じる」
⸻
その日の夕方、零たちが宿場町で情報収集をしていると、街の広場に、人だかりができているのを見つけた。
「何かしら」
聖が、興味を引かれて近づくと、そこには、剣術大会が開かれているようだった。
「この地方の、剣術道場が集まって、腕を競う催しらしいべ」
熊谷が、看板を読みながら、説明した。
零は、その様子を、しばらく眺めていた。腕に覚えのある者たちが、次々と、真剣勝負さながらの試合を、繰り広げている。
「零殿も、出場してみては、いかがでしょう」
花霞が、そう提案した。
「俺が?」
「腕試しには、良い機会かと。それに――」
花霞は、少し悪戯っぽく微笑んだ。
「零殿の成長、皆様に、見ていただく、良い機会にも、なりましょう」
零は、少し考えた末、頷いた。
「……やってみるか」
⸻
飛び入り参加を申し出た零に、大会の主催者は、少し驚いた様子を見せたが、快く受け入れてくれた。
「異国の若人か。面白い、参加を許そう」
零の最初の相手は、地元の道場で、それなりに名を知られた、若い剣士だった。
「――行くぞ!」
相手の剣士が、勢いよく踏み込んでくる。零は、灰堂から学んだ、無駄のない体捌きで、その一撃を、冷静に見極めながら、対応した。
「――速い……!」
観客たちが、驚きの声を上げる。零の動きは、これまでの旅で積み重ねてきた、実戦の経験に裏打ちされた、確かなものだった。
数合の打ち合いの末、零は、相手の剣を、僅かに弾き、その隙に、木刀の切っ先を、相手の喉元に突きつけた。
「――そこまで!」
審判の声に、会場が、どよめきに包まれた。
「異国の若人、見事な腕前じゃ!」
零は、その後も、幾人かの相手と対戦し、着実に勝ち星を重ねていった。
⸻
決勝戦の相手は、この地方でも、屈指の実力者と噂される、壮年の剣士だった。
「――お主、なかなかの腕前じゃな」
相手は、そう言いながら、正眼に構えた。
「胸を、お借りします」
零も、静かに剣を構えた。
試合が始まると、相手の剣は、これまでの対戦相手とは、明らかに一線を画す、重みと鋭さを持っていた。
「――ッ!」
零は、幾度となく、その一撃を、辛うじて凌いだ。だが、決定打を、なかなか見出せずにいた。
(相手の動き、読みにくい)
これまで、様々な敵と戦ってきた経験から、零は、相手の「癖」を見抜くことに、長けてきていた。だが、この壮年の剣士の動きには、それを容易には許さない、老練な奥深さがあった。
(でも――)
零は、灰堂の教えを、静かに思い返した。
――力の大きさよりも、それをどう使うか。
零は、焦らず、静かに、相手の呼吸を、見極め続けた。
そして、ある一瞬――相手の攻撃の後、僅かに生まれた、呼吸の隙。
「――そこだ!」
零は、その一瞬を逃さず、鋭く踏み込んだ。木刀の切っ先が、相手の胴を、確かに捉える。
「――参った」
壮年の剣士が、静かに、そう告げた。
⸻
大会が終わった後、零は、その壮年の剣士から、声をかけられた。
「見事な腕前じゃった。異国から来た、と聞いたが」
「はい。旅の途中で、この大会に、飛び入りさせていただきました」
「その若さで、あれほどの技量。良い師についたのじゃな」
零は、灰堂の顔を思い浮かべながら、頷いた。
「はい。厳しくも、温かい師匠に、恵まれました」
「そうか。……お主、これからも、その剣を、正しき道のために使うがよい」
その言葉に、零は、深く頭を下げた。
「はい、必ず」
⸻
その夜、宿へと戻った零に、聖が、嬉しそうに声をかけた。
「零、すごかったわ! あんなに強くなってたなんて」
「みんなの、おかげだ」
零は、静かに、そう答えた。
「灰堂さんの教え、そして、これまでの旅で経験してきたこと。それが、全部、今の俺を、作ってくれてる」
夜も、静かに頷いた。
「あんた、本当に、強くなってる。体も、力も」
その言葉に、零は、自分の胸に、そっと手を当てた。
かつて、水晶が壊れるほどの、低い数値を叩き出した、あの日。世界最弱と、嘲笑われた、あの日々。
そこから、確かに、ここまで、歩んできた。
「まだまだ、これからだ」
零は、静かに、しかし確かな決意を胸に、そう呟いた。
見知らぬ大陸での旅は、剣術大会での経験を通して、零の、確かな成長を、改めて示すものとなった。零の物語は、こうして、着実に、その歩みを、前へと進めていくのだった。




