第六十三話「亡者との戦い」
零の体を、微かな光が包み込んだ瞬間、兵馬俑たちの動きが、僅かに変化した。
「――なんだ、この感じ……」
零は、これまでとは違う、新たな感覚を、体の奥に覚えていた。単なる力の高まりではない。何か、もっと、繊細で、しかし確かな、感覚の拡張だった。
(見える……。あいつらの、動きの『癖』が)
蘇った兵馬俑たちの、一体一体の、僅かな動きの違い。それは、彼らが、生前、それぞれに異なる兵士だったことの、名残なのかもしれなかった。
「――こっちだ!」
零は、その感覚を頼りに、群れの中でも、比較的、弱い動きを見せる個体を、次々と見極めていった。
「零、動きが変わった……!」
聖が、驚いたように呟いた。
「一体ずつ、確実に、仕留めていく!」
零の宣言と共に、これまで以上に、無駄のない、正確な剣捌きで、兵馬俑たちを、次々と打ち倒していった。
⸻
花霞もまた、零の変化に呼応するように、より鋭く、そして効率的な剣舞を、披露し始めていた。
「――流石にございますな、零殿」
花霞の刀が、三体の兵馬俑を、同時に切り裂く。
夜も、影に紛れながら、的確に、兵馬俑たちの弱点――関節部分の脆さを突いて、次々と機能を停止させていった。
「熊谷、道を作って!」
「おうよ!」
熊谷の盾が、群れの中心を、大きく切り開いた。その隙間を縫うようにして、零は、四天王本体へと、まっすぐに突き進んでいった。
「――何ヲ、シテイル……! 近寄ラセルナ!」
四天王の焦った声が響く。だが、突破口を開いた零を、止められる兵馬俑は、もはや、そう多くは残っていなかった。
「――お前が、この兵士たちを、操ってるんだろう!」
零は、四天王の目前まで、迫っていた。
「――ッ、小癪ナ……!」
四天王が、慌てて、黒い靄を展開させる。だが、零は、その一瞬の隙を、見逃さなかった。
「――終わりだ!」
零の剣が、四天王の靄の中心――核と思われる部分を、深く貫いた。
「――ッ、グァァァァ……!」
四天王の悲鳴が、陵墓全体に、響き渡った。同時に、動き続けていた兵馬俑たちが、次々と、その動きを止め、静かに、元の姿へと戻っていった。
⸻
「――終わった、のか」
零は、荒い息を整えながら、周囲を見渡した。静まり返った陵墓には、無数の、しかし今は静かに佇む兵馬俑たちの姿だけが、残されていた。
「零! 大丈夫!?」
聖が、駆け寄ってくる。零は、なんとか頷いた。
「ああ、なんとか」
四天王は、大きくよろめきながら、それでも、なんとか体勢を保っていた。
「――ヨクモ、コレホドノ、力ヲ……」
「兵士たちを、道具のように使ったこと、絶対に許さない」
零の言葉に、四天王は、悔しげに呟いた。
「――マダダ。我ラガ、四天王、コレデ全滅シタトデモ、思ウナヨ」
「――え?」
零が問い返す間もなく、四天王は、黒い靄と共に、姿を消していった。
⸻
戦いが終わった後、行方不明になっていた兵士たちの遺体――彼らの魂が、陶製の兵馬俑に取り込まれていたのだと、後に判明した――が、陵墓の奥から、発見された。
零たちは、彼らのために、静かに祈りを捧げた。
「――あなたたちの無念、決して、無駄にはしません」
聖の祈りの言葉に、零も、静かに頭を垂れた。
古都の官吏は、この結果に、深く感謝の意を示した。
「異国の方々に、これほどの恩を受けるとは……。この国の皇帝陛下にも、必ず、お伝えいたします」
零は、静かに首を振った。
「感謝は、いりません。ただ、これ以上、犠牲が出ないことを、願うだけです」
⸻
その夜、零たちは、古都の宿で、静かに、これまでの戦いを振り返っていた。
「零、今日の戦い方、また、少し変わってたわね」
聖の指摘に、零は、自分の手のひらを見つめた。
「ああ、なんというか……相手の動きの『癖』みたいなものが、以前より、はっきりと見えた気がする」
「あんたの力、また一段階、育ったのかもね」
夜の言葉に、零は、静かに頷いた。
「まだ、完全には理解できてないけど……確かに、何かが、変わってきてる」
花霞が、静かに口を開いた。
「四天王の最後の言葉、気になりますな。『四天王が、全滅したとでも思うな』――」
その言葉の意味を、一同は、改めて、重く受け止めていた。
見知らぬ大陸の、古の陵墓での激戦を経て、零たちの旅は、また一つ、大きな謎を残しながら、次なる局面へと、進んでいくのだった。




