第六十二話「蘇る古の兵」
陶製の兵士たちが、次々と、その体を動かし始めた。ギシギシと軋む音と共に、無数の赤い目が、一斉に、零たちを見据える。
「――こんなに、大量に……!」
聖が、震える声で呟いた。目視できるだけでも、数十体――いや、陵墓の奥にはさらに多くの兵馬俑が並んでいることを考えれば、その数は、計り知れなかった。
「零殿、これは、正面から相手取るには、あまりに数が多すぎまする」
花霞が、鋭く状況を分析した。
「わかってる。でも、逃げるわけにはいかない」
零は、剣を構えながら、周囲を見渡した。
蘇った兵馬俑たちが、ゆっくりと、しかし確実に、包囲網を狭めてくる。その動きは、生前の兵士としての訓練を、そのまま体現しているかのように、統率が取れていた。
「熊谷、前へ!」
「おうよ!」
熊谷が、大盾を構えて、先頭の兵馬俑たちの進行を、食い止めようとする。
「――ぬん!」
盾がぶつかった瞬間、陶製の体は、意外にも脆く、大きなひびが入った。
「――こいつら、見た目ほど、頑丈じゃないみたいだべ!」
熊谷の報告に、零は、僅かな希望を見出した。
「聖、支援を!」
「わかった!」
聖の光が、パーティー全体を包み込む。夜と花霞が、それぞれ、兵馬俑の群れに斬り込んでいった。
⸻
だが、数の暴力は、決して侮れなかった。一体を倒しても、また新たな兵馬俑が、次々と動き始める。
「――キリがない……!」
夜が、苛立たしげに呟いた。
零は、戦いながら、四天王の姿を探した。だが、四天王本体は、直接手を出すことなく、遠くから、静かにこの光景を見下ろしているだけだった。
「――出てこい! 卑怯者め!」
零の叫びに、四天王は、嘲るように応じた。
「戦ウ必要ハナイ。コノ兵駒タチダケデ、貴様ラヲ、疲弊サセ、シテカラ、料理スレバ良イ」
その言葉通り、兵馬俑たちの猛攻は、止まる気配を見せなかった。
零の呼吸が、次第に、荒くなっていく。以前に比べれば、確かに、体力は増している。だが、これほどの物量を相手にするのは、初めての経験だった。
(このままじゃ、体力が持たない)
焦りが、胸の中に広がる。だが、それでも、零は、剣を振るう手を止めなかった。
「――みんな、諦めるな!」
零の声に、仲間たちが、それぞれ応えた。
「もちろんだべ!」
「言われなくても!」
「零殿と共に!」
その声に、零は、僅かに力を取り戻した。
⸻
戦いが長引くにつれ、零の体力は、着実に消耗していった。だが、興味深いことに、あの咳や、血の症状は、これまでのような形では、現れなかった。
(体が、確かに、変わってきてる)
そのことを、実感する余裕さえ、今の零にはあった。
「――ッ、まだだ!」
零は、迫りくる兵馬俑を、次々と斬り伏せていった。灰堂から学んだ、無駄のない体捌きが、これほどの物量戦においても、確かな効果を発揮していた。
「零、後ろ!」
聖の警告に、零は、咄嗟に身を捩った。背後から迫っていた兵馬俑の一撃を、紙一重で躱す。
「――ありがとう!」
「油断しないで!」
聖の声援を受けながら、零は、さらに前へと踏み込んだ。
だが、兵馬俑の数は、依然として、減る気配を見せなかった。
「――このままじゃ、埒が明かない」
夜が、鋭くそう分析した。
「四天王本体を、直接叩くしかない。この兵駒たちは、あいつが、操ってるはず」
夜の指摘に、零は、頷いた。
「わかった。俺が、突破口を開く」
零は、体の奥に眠る、あの熱を、静かに意識した。
(まだ、力を貸してくれ)
その願いと共に、零の周囲に、微かな光が、揺らめき始めた。
見知らぬ大陸の、深い地下に眠る陵墓で、零たちの、これまでで最も過酷な戦いは、いよいよ、その真の局面を迎えようとしていた。




