第五十九話「張家界の奇岩」
万里の長城での戦いを終えた零たちは、隊長からの謝礼と、次なる目的地への情報を受け取り、大陸の奥地へと、旅を続けることになった。
「隊長さんが言うには、南方に、張家界という、奇岩の連なる地があるらしいわ」
聖が、地図を確認しながら、そう告げた。
「奇岩……?」
「切り立った、無数の岩山が、まるで林のように連なってる、幻想的な場所らしいの。でも」
聖の表情が、僅かに曇った。
「その辺りでも、最近、怪しい噂が、広まってるみたい」
零は、静かに頷いた。
「また、病神の影か」
「恐らくは」
⸻
張家界への道中、零たちは、これまでとは異なる、険しい山岳地帯を進むことになった。
「――すごい景色ね」
聖が、感嘆の声を上げた。切り立った岩山が、幾重にも連なり、まるで、自然が作り出した、巨大な森のような光景が、目の前に広がっていた。
「日ノ本の山とも、これまで見てきた、どの土地とも違うべなぁ」
熊谷も、周囲を見渡しながら、感心したように呟いた。
だが、その美しい景色の奥に、零は、微かな違和感を覚えていた。
「――何か、いる」
零の言葉に、夜が、すぐに反応した。
「あんたの、その勘、当たること多いから、油断できない」
一行が、慎重に進んでいくと、突如として、岩山の隙間から、複数の人影が現れた。
「――待テ、異国ノ者ヨ」
その声には、聞き覚えのある、不気味なこもり方があった。
「使徒……!」
零が身構えると、現れた数体の使徒が、じりじりと零たちを取り囲むように、包囲網を狭めてきた。
「コノ地ノ気ハ、既ニ、我ラガ主ノモノ。異国ノ者ハ、皆、コノ地カラ、去ルガヨイ」
「病神が、この地にも……」
零の呟きに、使徒たちは、静かに頷くような仕草を見せた。
「サヨウ。コノ張家界ノ、霊気ニ満チタ地。病神様ノ、次ナル計画ニトッテ、重要ナ意味ヲ持ツ」
「次なる計画、って、何なんだ」
零が問い詰めると、使徒たちは、答える代わりに、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
⸻
「――皆、来るぞ!」
零の警告と共に、使徒たちが、それぞれ黒い靄を纏わせながら、襲いかかってきた。
「熊谷、前へ!」
「おうよ!」
熊谷の盾が、正面からの攻撃を受け止める。花霞と夜が、側面から、使徒たちの数を、着実に減らしていった。
零もまた、剣を構え、迫りくる使徒の一体と対峙した。以前ならば、この程度の数でも、苦戦を強いられていたかもしれない。だが今、零の体は、確かに、これまでの経験を糧に、成長していた。
「――ッ!」
零の剣が、使徒の靄を、鋭く切り裂く。
「――グ、ゥ……!」
使徒が、崩れ落ちる。
「聖、皆に加護を!」
「わかってる!」
聖の光が、パーティー全体を包み込む。その支援を受けながら、零たちは、次々と、使徒たちを退けていった。
⸻
戦いが終わった後、残った使徒の一体が、崩れ落ちる寸前、苦しげに呟いた。
「――貴様ラハ、マダ、知ラヌ。病神様ガ、次ニ、何ヲ、企ンデオラレルカヲ」
「教えろ」
零が問い詰めるが、使徒は、力尽きるように、黒い靄と共に、消えていった。
「――くそ、また、逃げられた」
夜が、悔しげに呟く。
零は、静かに、周囲の岩山を見渡した。
「この地が、病神の計画にとって、重要な意味を持つ、か」
「零、思うんだけど」
聖が、真剣な表情で口を開いた。
「これまで、私たちが訪れた場所――万里の長城、藤原家の屋敷、そして、この張家界。共通点があるとしたら」
「共通点……?」
「どこも、多くの人々の想いや、歴史が、深く刻まれてる場所、ってことじゃないかしら」
聖の指摘に、零は、はっとした。
「確かに……。万里の長城は、人柱の怨念。藤原家は、善意の象徴。そして、この張家界も、きっと、何か、特別な意味がある」
夜も、腕を組みながら、考え込むように呟いた。
「病神は、そういう、強い想いが宿った場所を、狙ってるのかもしれない」
「だとしたら、次の狙いも、何か、大きな意味を持つ場所ってことか」
零の言葉に、一同は、緊張した面持ちで頷いた。
見知らぬ大陸の、幻想的な奇岩の連なる地で、零たちは、病神の計画の、僅かながらの輪郭を、掴み始めていた。だが、その全貌は、まだ、深い霧の向こうに、隠されたままだった。




