第五十七話「万里の長城にて」
港町を出発してから、五日が過ぎた。
「――見えてきたわ! あれが、万里の長城よ!」
聖の声に、零たちは、前方に視線を向けた。
遠く、山々の稜線に沿うようにして、途方もなく長い城壁が、地平線の彼方まで、延々と続いている。その圧倒的なスケールに、零は、思わず息を呑んだ。
「これが……人の手で、造られたものなのか」
「ええ。何百年もの歳月をかけて、築かれたと言われてるわ」
聖の説明に、零は、改めて、この大陸の歴史の深さを、実感せずにはいられなかった。
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城壁の麓にある関所に到着すると、そこには、これまで見てきた光景とは異なる、しかし、どこか既視感のある、重苦しい空気が漂っていた。
「――何じゃ、お前たちは」
関所を守る兵士の一人が、警戒した様子で、零たちを誰何した。だが、その顔色は、明らかに優れなかった。
「旅の者です。この辺りで、疫病が広まっていると聞いて、力になれればと」
零がそう告げると、兵士は、疲れ切った表情で、僅かに警戒を解いた。
「……そうか。正直、猫の手も借りたいくらいじゃ。案内するゆえ、ついてくるがよい」
関所の内部に案内されると、そこには、多くの兵士たちが、力なく横たわっていた。
「――酷い」
聖が、思わず呟いた。
これまでの旅で見てきた、幾つもの惨状。だが、目の前の光景は、それらに勝るとも劣らない、深刻なものだった。
「聖、頼む」
「わかってる」
聖が、すぐに治癒魔法を試みる。だが、やはり、これまでと同様、根本的な改善には至らなかった。
「くっ……この病、やっぱり、普通のものじゃない」
聖が、悔しそうに唇を噛んだ。
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関所の隊長らしき、年配の武官が、零たちの元へとやってきた。
「異国のお主たちが、この病について、何か知っておるという話、真か」
零は、これまでの旅の経緯――病神、使徒、四天王という存在――を、丁寧に説明した。
隊長は、しばらく黙り込んだ後、深く息を吐いた。
「……にわかには信じがたい話じゃが、この病の異様さを見れば、否定もできぬ」
隊長は、地図を広げながら、続けた。
「実は、城壁の一角――古い烽火台の跡地で、妙な気配が、確認されておる。兵士たちが、そこに近づいた者から、次々と、病に倒れておるのじゃ」
「その場所へ、案内していただけますか」
零がそう頼むと、隊長は、真剣な表情で頷いた。
「無論じゃ。……だが、お主たちも、くれぐれも、用心してくれ。既に、多くの兵士が、命を落としかけておる」
その言葉の重みを、零たちは、静かに受け止めた。
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烽火台へと向かう道すがら、零は、城壁の上から見える、雄大な景色を、静かに見つめていた。
「これだけ、長く、大きな城壁を、造り上げるなんて」
「人の力って、時に、途方もないものよね」
聖の言葉に、零は、静かに頷いた。
「でも、その努力の結晶が、今、病神の脅威に、脅かされてる」
その事実に、零の胸の奥で、静かな怒りが燃え上がった。
「絶対に、これ以上、好きにはさせない」
零の言葉に、夜が、静かに頷いた。
「そうね。ここでも、私たちのやることは、変わらない」
熊谷も、大盾を担ぎ直しながら、力強く頷いた。
「おうよ。行くべ、零」
花霞も、刀の柄に手を添えながら、静かに続いた。
「零殿、皆様。この地でも、共に」
烽火台へと続く道を、零たちは、それぞれの決意を胸に、力強く歩み進めていった。
見知らぬ大陸、そして、途方もなく長い城壁の上で、新たな戦いの幕が、静かに、しかし確実に、開こうとしていた。




