第五十六話「大陸への上陸」
港に降り立った零たちを迎えたのは、これまで見てきたどの土地とも異なる、圧倒的なまでの活気だった。
「すごい人の数……!」
聖が、目を丸くしながら、辺りを見回した。石造りと木造が入り混じった、独特の建築様式の建物が、視界の果てまで連なっている。行き交う人々の数も、これまで訪れたどの街よりも遥かに多かった。
「言葉は、大丈夫かしら」
聖の心配に、零は、少し考えてから答えた。
「わからない。日ノ本のときは、なぜか自然に理解できたけど……」
港の役人らしき男に、零は、試しに声をかけてみた。
「すみません、少し、お尋ねしたいのですが」
「――ん? 何を言っておるのだ、お前は」
その言葉は、零には理解できたが、明らかに、日ノ本の言葉とは、異なる響きだった。だが、不思議なことに、意味は、自然と頭に入ってきた。
「零、今の、わかったの?」
聖が、驚いたように尋ねる。零は、少し戸惑いながらも、頷いた。
「ああ、わかった。……また、なんでかは、わからないけど」
夜が、興味深そうに零を見つめた。
「あんたの、その不思議な力、便利ではあるけど、やっぱり気になるわね」
「俺も、気になってる」
理由のわからない、この言語理解の力。日ノ本のときと同様、この大陸の言葉も、零には、自然と通じるようだった。だが、その仕組みは、依然として謎のままだった。
⸻
港の役人に、この国の情勢を尋ねると、様々なことがわかってきた。
「この大陸は、幾つもの国が、覇を競い合っておる。今、お前たちがおるのは、その中でも、比較的、安定した治世を敷いておる、大国の一角じゃ」
「万里の長城、というものについて、教えていただけますか」
零が尋ねると、役人は、少し誇らしげな表情を見せた。
「ほう、それを知っておるとは。あれは、この国の北方、異民族の侵入を防ぐために築かれた、途方もなく長い城壁じゃ。人の手で造られたものとしては、最大級のものと言われておる」
その説明に、零たちは、興味を引かれた。
「そこへ、行くことはできますか」
「行けぬことはないが……最近、その辺りでも、妙な噂を聞くのう」
役人の表情が、僅かに曇った。
「妙な噂、というと」
「城壁の一部で、原因不明の疫病が、広まっておるという話じゃ。兵士たちが、次々と、倒れておるとか」
零たちは、思わず顔を見合わせた。
(また、か)
これまでの旅で、幾度となく聞いてきた、あの言葉。この大陸にも、既に、病神の影が、忍び寄っているようだった。
⸻
役人から詳しい道のりを聞き、零たちは、万里の長城を目指すことになった。
「思ったより、早く、手がかりが見つかったわね」
聖が、そう呟くと、零は、静かに頷いた。
「ああ。でも、それだけ、脅威が、この大陸にも、深く根を張ってるってことなんだろうな」
夜が、腕を組みながら、真剣な表情で続けた。
「四天王の残り、恐らく、この大陸のどこかにいる。城壁の異変も、その関係かもしれない」
「行ってみるしかないな」
零がそう言うと、熊谷が、豪快に頷いた。
「おうよ。この大陸でも、俺たちのやることは、変わらねえべ。困ってる人を、助ける。それだけだ」
花霞も、静かに刀の柄に手を添えながら、頷いた。
「零殿、皆様。この地でも、共に、戦わせていただきます」
⸻
その日の夕方、零たちは、宿で旅の準備を整えながら、これから向かう大陸の広さに、改めて思いを馳せていた。
「地図で見ると、日ノ本の何倍もある広さね」
聖が、新たに手に入れた地図を、広げながら呟いた。
「万里の長城だけでも、この距離感……。この大陸を巡るのは、これまで以上に、長い旅になりそうだ」
零の言葉に、仲間たちは、それぞれ頷いた。
だが、その表情には、不安よりも、確かな決意が滲んでいた。
「零殿」
花霞が、静かに口を開いた。
「そなたの体、この大陸でも、変わらず、大切になさってくださいませ」
「ああ、わかってる」
零は、自分の胸に、そっと手を当てた。以前に比べれば、確かに、体は丈夫になってきている。だが、油断は禁物だと、これまでの旅で、身をもって学んでいた。
窓の外には、見知らぬ大陸の、賑やかな夜の街並みが、静かに広がっている。
零たちの、新たな旅路――中国編が、こうして、静かに幕を開けようとしていた。




