第五十四話「新たな絆」
日ノ本を離れて三日、船は、穏やかな海を、静かに進んでいた。
「花霞さん、船旅は、初めてですか」
聖が、甲板で、花霞に話しかけた。
「ええ、お恥ずかしながら。日ノ本の外に出るのは、これが初めてにございます」
花霞は、少し緊張した面持ちで、遠くに広がる水平線を見つめていた。
「不安、ありますか」
零が尋ねると、花霞は、静かに首を振った。
「不安がないと言えば、嘘になりましょう。ですが、それ以上に、楽しみな気持ちの方が、強うございます」
その言葉に、零は、少し安堵した。
「花霞さんが、一緒に来てくれて、本当に良かった」
「わたくしこそ。零殿、皆様に、拾っていただけたこと、感謝しております」
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船内での穏やかな日々の中、零は、少しずつ、花霞という人物のことを、より深く知っていった。
「花霞さんは、姉さんの他に、家族は?」
ある日、甲板で、零が何気なく尋ねると、花霞は、静かに答えた。
「両親は、姉が亡くなる前に、既に病で他界しておりました。ですので、姉が、わたくしにとって、唯一の家族でございました」
その言葉に、零は、自分自身の境遇と、重なるものを感じた。
「俺も、似たようなものだ。母が死んで、それからは、ずっと一人だった」
「零殿も、同じような、痛みを抱えておいでなのですね」
花霞の言葉に、零は、静かに頷いた。
「でも、今は、一人じゃない」
零は、聖、夜、熊谷が、それぞれ甲板で談笑している様子を見つめた。
「みんなが、いてくれる。それが、どれだけありがたいか」
花霞も、その様子を見つめながら、静かに微笑んだ。
「わたくしも、今、そう感じております。零殿、皆様と旅をすることで、姉を失って以来、久しく忘れていた、温かさを、思い出しております」
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その夜、零は、夜と共に、甲板で見張り番をしていた。
「花霞、あんたのことも、大分、受け入れてるみたいね」
夜が、ぽつりと呟いた。
「ああ。最初は、正直、複雑な過去を抱えた人だと思ってたけど、話してみると、共感できることが多い」
「あんたも、複雑な過去、あるものね」
夜の指摘に、零は、苦笑した。
「まあ、そうだな」
しばしの沈黙の後、夜が、珍しく、自分から話を切り出した。
「私も、あんたたちと旅するようになって、変わったと思う」
「変わった?」
「前は、誰かと深く関わることなんて、面倒だと思ってた。仕事は仕事、割り切ってた」
夜の言葉には、これまであまり見せたことのない、率直さがあった。
「でも、今は」
夜は、少し照れくさそうに、視線を逸らした。
「あんたたちのことを、大切に思ってる。仲間として」
その言葉に、零は、胸が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、夜」
「別に、礼を言われるようなことじゃない」
そう言いながらも、夜の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
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翌日、熊谷が、船の甲板で、大きな声で笑っていた。
「花霞さん、その太刀捌き、見事だべ! ちょっと、俺にも、稽古つけてくれねえか!」
「ええ、喜んで」
花霞と熊谷が、木刀を手に、簡単な模擬戦を始める。その様子を、聖と零が、微笑ましく見守っていた。
「みんな、本当に、仲良くなったわね」
聖が、そう呟くと、零も、静かに頷いた。
「ああ。この旅で、確かな絆が、育ってきてる気がする」
聖が、ふと、零の方を見た。
「零、あなたは、どう? 体調」
「大分、いいよ。船旅も、思ったより、楽だ」
「そう、よかった」
聖は、安堵した様子で微笑んだ。
「これからも、みんなで、支え合っていきましょうね」
「ああ」
零は、静かに頷きながら、甲板で談笑する仲間たちの姿を、改めて見つめた。
聖の優しさ、夜の不器用な温かさ、熊谷の豪快な明るさ、そして、花霞の静かな強さ。
それぞれが、異なる過去と痛みを抱えながらも、今、こうして、共に歩んでいる。
(この絆を、大切にしていこう)
零は、静かに、そう心に誓った。
海の向こうに、新たな大陸――中国と呼ばれる、広大な国が、待ち構えている。
そこに、どんな出会いと、どんな試練が待っているのか、まだ、誰にもわからない。
だが、今、この仲間たちと共にあれば、どんな困難にも、立ち向かっていける。
そんな確かな希望を胸に、零たちの船は、静かに、次なる大陸へと、その航路を進めていくのだった。




