第五十三話「日本編、決着」
白川郷の隣の集落――境村へと到着した零たちは、すぐに、病の状況を確認した。
「――思ったより、進行が早い」
聖が、患者たちの様子を診ながら、険しい表情で呟いた。
「まだ、発症から日が浅いはずなのに、症状が重い」
紫苑が、村全体に漂う瘴気を、鋭く見極めながら、続けた。
「この瘴気の質、以前の白川郷のものとは、少し異なります。恐らく――四天王の、直接の関与」
零は、拳を握りしめた。
「今度こそ、根を断たないと」
⸻
村の奥、以前対峙した山霊の祠とは異なる、新たな瘴気の発生源を、零たちは、慎重に探索した。
「――あそこか」
村外れの森の奥、古い洞窟の入り口から、明らかに異質な気配が、溢れ出していた。
「行こう」
零がそう言うと、聖、夜、熊谷、花霞、紫苑が、それぞれ頷いた。
洞窟の奥へと進むと、そこには、これまで対峙してきた二柱の四天王が、共に待ち構えていた。
「――ヨウヤク、来タカ」
「今度コソ、決着ヲ、ツケヨウゾ」
二柱の四天王が、それぞれ黒い靄を纏わせながら、零たちを見据えた。
「俺たちも、今度こそ、決着をつける」
零は、剣を構えた。以前の戦いで得た経験、そして、母の言葉、仲間たちとの絆――それら全てを胸に、零は、静かに、しかし確かな覚悟を固めていた。
⸻
戦いは、これまでで最も苛烈なものとなった。
「――ッ!」
零は、二柱の連携攻撃を、紙一重で躱し続けた。以前ならば、この重圧だけで、体が悲鳴を上げていただろう。だが今、零の体は、確かに、その負荷に応え続けていた。
「熊谷、そっちを頼む!」
「おうよ!」
熊谷の盾が、一柱目の猛攻を受け止める。花霞と紫苑が、連携して、もう一柱の動きを封じ込めていく。
「聖、支援を!」
「わかってる!」
聖の光が、パーティー全体を、力強く包み込んだ。夜が、影から影へと移動しながら、四天王たちの隙を、執拗に狙い続けた。
「――クッ、コノ、連携ハ……!」
四天王たちが、次第に、追い詰められていく。
零は、剣を握り直し、静かに、しかし確かに、心の中で呟いた。
(母さん、みんな――力を貸してくれ)
その願いと共に、零の胸の奥で、これまでにないほど強く、確かな力が、燃え上がった。
「――俺は、諦めない。みんなを、この国の人々を、絶対に守る」
その言葉と共に、零は、渾身の力で、剣を振るった。
「――ッ、グァァァ……!」
一柱目の四天王が、大きく吹き飛ばされる。同時に、花霞の刀が、もう一柱の急所を、深く貫いた。
「――バ、馬鹿ナ……! コレホドノ、力ヲ……!」
二柱の四天王は、大きくよろめきながら、互いに寄り添うようにして、後退した。
「――今日ノトコロハ、退ク。ジャガ、覚エテオケ。病神様ノ計画ハ、既ニ、次ノ段階ヘト、進ンデオル」
その言葉を最後に、二柱の四天王は、黒い靄と共に、洞窟の奥へと、姿を消していった。追撃しようとした零だったが、洞窟そのものが、大きく崩れ始めた。
「零殿、退避を!」
花霞の声に、零は、慌てて仲間たちと共に、洞窟を脱出した。
⸻
洞窟が崩れ落ちた後、村を覆っていた瘴気は、次第に薄れ、消えていった。
「――終わった、のか」
零が、荒くなった息を整えながら、そう呟いた。だが、その疲労は、以前の戦いに比べて、遥かに軽いものだった。
「零、大丈夫? 今回も、随分、頑張ったわね」
聖が、心配そうに、しかし嬉しそうに、零の様子を確認した。
「ああ、大丈夫だ。むしろ、以前より、ずっと楽だった気がする」
零自身、その変化を、はっきりと実感していた。
「零殿の御力、まことに、目覚ましい成長にございます」
花霞が、静かにそう称賛した。
村の様子を確認すると、患者たちの容態も、少しずつ快方に向かい始めていた。
「本当に、ありがとうございました……!」
村人たちの、涙ながらの感謝の言葉に、零は、静かに安堵の息を吐いた。
⸻
その夜、境村での戦いを終えた零たちは、京の都へと帰る前に、静かな夜を過ごしていた。
「――日ノ本での旅も、そろそろ、一区切りかしらね」
聖が、しみじみとそう呟いた。
零は、静かに頷いた。
「ああ。まだ、四天王を完全に倒せたわけじゃないし、病神の正体も、まだわからない。でも」
零は、自分の胸に、そっと手を当てた。
「確かに、力は育ってきてる。体も、丈夫になってきてる。この国での経験は、間違いなく、俺を強くしてくれた」
紫苑が、静かに微笑んだ。
「零殿、皆様。この国での経験が、次なる地でも、必ず、お役に立つことでしょう」
「紫苑さんは、これから、どうするんですか」
零が尋ねると、紫苑は、少し考えるような表情を見せた。
「わたくしは、この国の陰陽師として、ここに残り、都を、そして、この国全体を、お守りする所存です。ですが」
紫苑の視線が、零へと向けられた。
「もし、必要があれば、いつでも、お力になります。この国の外であっても」
その言葉に、零は、深く頭を下げた。
「ありがとう、紫苑」
花霞もまた、静かに口を開いた。
「わたくしは……零殿。もし、お許しいただけるならば、この先も、共に、旅をさせていただきたく存じます」
「もちろんだ。花霞さんがいてくれると、心強い」
零がそう答えると、花霞は、嬉しそうに微笑んだ。
⸻
翌朝、零たちは、次なる目的地へと向かうため、日ノ本の港へと足を運んでいた。
「零殿、皆様、道中、お気をつけて」
紫苑が、見送りに来て、そう告げた。
「ありがとう、紫苑。この国のこと、頼んだぞ」
「はい。必ず、お守りいたします」
零、聖、夜、熊谷、そして新たに加わった花霞は、紫苑に見送られながら、港から船へと乗り込んだ。
船が、静かに港を離れていく。
甲板から、遠ざかっていく日ノ本の景色を見つめながら、零は、静かに、これまでの旅を振り返った。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの島国での日々は、零に、多くの出会いと、確かな成長をもたらしてくれた。
「――次は、どこへ向かうんだべ?」
熊谷の問いに、聖が、地図を広げながら答えた。
「西の大陸――中国と呼ばれる、広大な国があるみたい」
零は、遠くに霞んでいく日ノ本の島影を、静かに見つめた。
(みんな、ありがとう。そして、また、いつか)
胸の中で、そう静かに呟きながら、零は、新たな旅路への決意を、改めて固めていくのだった。
日ノ本編は、こうして、一つの区切りを迎えた。だが、零たちの旅、そして、病神との戦いは、まだ、始まったばかりだった。




