第五十二話「生きる意味を問う」
母の夢を見た翌朝、零は、これまでとは違う、静かな決意を胸に、仲間たちの前に立っていた。
「――みんな、聞いてほしい」
零がそう切り出すと、聖、夜、熊谷、花霞、紫苑が、それぞれ零に注目した。
「昨夜、母さんの夢を見た。……いや、夢っていうより、なんというか、もっと確かな感覚だった」
零は、夢の中で母と交わした会話を、丁寧に、仲間たちに語った。
「――生きたいと願う心を、絶対に、手放さないで」
その言葉を口にすると、零の胸に、改めて、確かな熱が宿るのを感じた。
聖が、優しく微笑んだ。
「素敵な、お母様ね」
「ああ。俺、これまで、色んな戦いで、無力感を覚えることが、多かった。でも」
零は、静かに、しかし力強く続けた。
「それでも、俺は、一人一人を、救い続けることを、やめるつもりはない。たとえ、病神の計画が、どれだけ大きくても」
その言葉には、迷いのない、確かな意志が込められていた。
熊谷が、豪快に笑いながら、零の肩を叩いた。
「よく言った、零! そういう心意気こそ、俺たちの旅の、原動力だべ」
夜も、静かに頷いた。
「あんたが、そう思うなら、私は、最後まで、あんたについていく」
花霞も、静かに微笑んだ。
「零殿の、そのお心。まことに、美しいものと存じます」
紫苑もまた、深く頷いた。
「わたくしも、改めて、決意いたしました。この都を、この国を、必ず、お守りいたします」
⸻
その日、零たちは、白川郷の隣の集落へと向かう準備を進めながら、これまでの旅を、改めて振り返る時間を持った。
「思えば、遠くまで来たものね」
聖が、しみじみとそう呟いた。
「ああ。レイヴンクロフトから、ここまで」
零は、これまでの道のりを、静かに思い返した。行き倒れていたあの雪の夜、聖との出会い、夜との邂逅、熊谷の合流、灰堂の教え、皇帝牙との邂逅、そして、日ノ本での様々な出会い。
「たくさんの人に、助けられてきたな」
「あなたも、たくさんの人を、助けてきたわ」
聖の言葉に、零は、静かに頷いた。
「トビアス、白川郷の村人たち、藤原家の使用人たち、そして――今も、苦しんでる、多くの人たち」
零は、拳を握りしめた。
「一人一人を、救っていく。それが、俺にできる、精一杯のことだと思う」
夜が、静かに口を開いた。
「大きな計画とか、正体とか、そういうのは、まだ、わからないことだらけ。でも」
夜の視線が、零へと向けられた。
「目の前で困ってる人を、助ける。それは、確かなことでしょう」
その言葉に、零は、深く頷いた。
「ああ、その通りだ」
⸻
夕暮れ、零は、一人、都の外れにある、小高い丘に立っていた。眼下には、京の都が、静かに広がっている。
(生きる意味、か)
かつて、雪の夜、自分は、ただ「生きたい」と願うだけだった。だが今、その願いは、少しずつ、より大きな意味を持ち始めている。
自分だけでなく、他の誰かのために、生きる。誰かの苦しみを、少しでも和らげるために、力を尽くす。
それこそが、今の零にとっての、生きる意味だった。
「零殿」
背後から、花霞の声がした。振り返ると、花霞が、静かに丘を登ってきていた。
「花霞さん」
「一人で、物思いに耽っておいでのようどしたので」
花霞は、零の隣に立ち、共に、都の景色を見つめた。
「零殿。そなたの、生きる意味――わたくしにも、少しだけ、わかる気がいたします」
「花霞さんも?」
「ええ。姉の死後、わたくしは、長らく、なぜ、自分だけが生き残ったのか、悩み続けておりました。ですが、今は」
花霞は、静かに微笑んだ。
「姉の分まで、生き、そして、姉のような悲しみを、他の誰かに味わわせぬために、剣を振るう。それが、わたくしの、生きる意味にございます」
その言葉に、零は、深く共感を覚えた。
「花霞さんも、俺も、似たようなものを、抱えてるんだな」
「ええ。だからこそ、共に、歩んでいけるのでしょう」
夕陽が、京の都を、静かに、しかし美しく染めていく。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの都で、零の心は、母の言葉と、仲間たちとの絆によって、これまで以上に、確かな強さを、育み始めていた。




