第五十話「折れそうな心」
炎の一件から数日、都はまだ、完全には落ち着きを取り戻していなかった。
零たちは、火元の調査を続けていたが、これといった手がかりは、なかなか掴めずにいた。
「――どこにも、繋がりが見えない」
夜が、集めた情報を整理しながら、苛立たしげに呟いた。
「四天王の気配は、確かにあった。だけど、それがどこから来て、どこに向かってるのか、まるで見えない」
零も、焦燥感を募らせていた。
「病神の真の計画、か……」
あの四天王の言葉が、ずっと頭に残っている。だが、その正体に近づく糸口すら、まだ掴めていない。
そんな中、零の元に、思いがけない知らせが届いた。
「――白川郷から、使者が」
宿を訪れた使者は、青ざめた顔で、零に一通の文を手渡した。
そこに記されていたのは、以前救った村――白川郷の隣にある集落で、再び、原因不明の病が広まり始めたという報告だった。
「そんな……! せっかく、収まったと思ってたのに」
聖が、悲痛な声を上げた。
零は、拳を握りしめた。
(俺たちが、あそこで力を尽くしたのに)
これまでの旅で積み重ねてきた、様々な勝利。だが、それらは、決して「解決」ではなく、あくまで一時的な、局地的な対処に過ぎなかったのだと、改めて突きつけられた思いだった。
「零殿」
花霞が、静かに声をかけた。
「そのお顔、思い詰めておいでのご様子」
「……ああ、正直、少し、堪える」
零は、素直にそう吐露した。
「これまで、何度も戦ってきた。四天王も、二柱、退けた。でも、根本的な解決には、まるで近づけてない気がする」
その言葉には、これまで押し殺してきた、深い焦りと、疲労が滲んでいた。
紫苑が、静かに口を開いた。
「零殿。この戦い、恐らく、一朝一夕には終わりまへん。ですが」
紫苑の視線が、零をまっすぐに捉えた。
「あなたが救うてきた人々は、確かに、存在いたします。白川郷の村人たちも、藤原家の使用人たちも、あの炎から救われた子供も――皆、あなたのおかげで、今、生きております」
「でも、また新しい被害が」
「病は、また現れるでしょう。ですが、それは、これまでの救いを、無かったことにするものでは、ございません」
紫苑の言葉に、零は、静かに耳を傾けた。
「一つ一つの救いを、無駄と思わないでください。それは、確かに、意味のあることにございます」
その言葉には、深い説得力があった。だが、それでも、零の心の奥には、拭いきれない不安が、燻っていた。
⸻
その夜、零は、一人、宿の外の縁側で、月を見上げていた。
(俺は、本当に、みんなを、この世界を、救えるんだろうか)
これまで、多くの戦いを経て、力は確かに育ってきた。体も、少しずつ、丈夫になってきている。だが、目の前に立ちはだかる脅威の大きさは、それを上回るスピードで、姿を現し続けている。
「――何、辛気臭い顔してるの」
背後から、夜の声がした。振り返ると、夜が、いつものように、静かに立っていた。
「……夜」
「眠れないの?」
「ああ、ちょっとな」
夜は、零の隣に、静かに腰を下ろした。
「白川郷のこと、気にしてる?」
「……ああ」
「あんたのせいじゃない」
夜の言葉は、いつも通り、素っ気なかった。だが、その中に、確かな気遣いが滲んでいた。
「あんたは、あの村を、一度は救った。それは、事実。今回、また病が広まったのは、あんたの力不足のせいじゃなくて、相手が、それだけしつこいってだけ」
零は、しばらく黙り込んでいたが、やがて、小さく笑った。
「……お前、たまに、すごくいいこと言うな」
「たまに、は余計」
夜の返しに、零は、思わず声を上げて笑った。久しぶりに、心の底から、笑えた気がした。
「ありがとう、夜」
「別に。ただ、あんたが辛気臭い顔してると、こっちまで、調子が狂う。それだけ」
素っ気ない言葉の裏にある、確かな優しさに、零は、改めて、仲間たちのありがたさを噛みしめていた。
(まだ、折れるわけにはいかない)
心は、確かに、揺らいでいた。だが、それを支えてくれる仲間たちがいる限り、零は、まだ、前を向き続けることができる。
夜空に浮かぶ月を見上げながら、零は、静かに、次なる一歩への決意を固めていった。




