第四十九話「聖女の祈り」
炎の一夜が明けた朝、京の都には、焼け跡の匂いと、重い沈黙が広がっていた。
「怪我人の数は……」
聖が、震える声で、集計された報告書に目を通していた。
「軽傷者含めて、五十人以上。命に別状のある方も、数名……」
聖の表情が、みるみるうちに曇っていく。零は、その隣で、静かに拳を握りしめた。
「聖、無理はするなよ」
「無理なんてしてない。ただ――」
聖は、報告書を握りしめたまま、俯いた。
「こんなにたくさんの人が、苦しんでるのに、私は、何もできない。治癒魔法をかけても、この病だけは、根本的には治せない」
その言葉には、深い無力感が滲んでいた。零は、そんな聖の姿に、かつての自分自身を重ねずにはいられなかった。
「聖」
「……なに」
「お前は、何もできてないわけじゃない。俺が、いつも助けられてる」
零がそう言うと、聖は、僅かに顔を上げた。
「でも、あの子たちを、根本的に救ってあげられない」
「それでも、痛みを和らげてる。希望を、繋いでる。それだって、立派なことだ」
零の言葉に、聖は、しばらく黙り込んでいたが、やがて、小さく頷いた。
「……ありがとう、零」
⸻
その日、聖は、聖教会ならぬ、この国の寺院の一つを借りて、負傷者たちのための、臨時の治療所を開いた。
「これは……」
寺院に集められた、多くの負傷者たち。聖は、その一人一人に、丁寧に治癒魔法をかけて回った。
「聖女様、と呼んでもよろしいでしょうか」
一人の老僧が、感嘆した様子で聖に尋ねた。
「あなたの祈りには、確かな力が、宿っておられる」
聖は、少し照れくさそうに笑った。
「大したことでは、ありません。私は、ただ、目の前の人を、助けたいだけです」
その言葉には、聖の、まっすぐな信念が込められていた。
零は、その様子を、少し離れた場所から見つめていた。
(聖は、いつも、そうだったな)
思えば、レイヴンクロフトで初めて出会ったときから、聖は、常に、誰かのために力を尽くしてきた。零自身が、これまで生き延びてこられたのも、多くは、聖の存在があったからこそだった。
「零殿」
花霞が、静かに隣に立った。
「聖殿の祈り、まことに、美しいものにございますな」
「ああ、本当に」
「そなたも、あの祈りに、幾度となく、救われてこられたのでございましょう」
花霞の言葉に、零は、静かに頷いた。
⸻
夕刻、治療を終えた聖は、疲れ切った様子で、寺院の縁側に腰を下ろした。
「お疲れ様、聖」
零が、水を差し出すと、聖は、ありがたそうにそれを受け取った。
「ありがとう。……ふぅ、思ったより、疲れたわ」
「無理しすぎだ。少し休め」
「あなたに言われたくないわ」
聖が、少し悪戯っぽく笑うと、零も、思わず苦笑した。
「それは、そうだな」
しばしの沈黙の後、聖が、ふと真剣な表情で口を開いた。
「零、私、思うの。あなたの力も、私の祈りも、まだ、この病神っていう存在の前では、十分じゃない」
「……そうだな」
「でも、だからって、諦めるつもりはない。少しずつでいい、確実に、力を積み重ねていきたい」
聖の言葉には、強い決意が滲んでいた。零は、静かに頷いた。
「ああ、俺もだ」
夕焼けに染まる京の空を、二人は、しばらく無言で見つめていた。
焼け跡の残る都に、静かな祈りと、決して折れない意志が、確かに、根付き始めていた。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの都で、零たちの旅は、それぞれの想いを胸に、次なる真相へと、少しずつ、近づいていくのだった。




