第四十八話「京都炎上」
宮中での戦いから三日後、京の都に、新たな異変が起きた。
「――火事だ! 東の町屋が、燃えている!」
夜半、都の各所から上がった悲鳴に、零たちは飛び起きた。宿の窓から見えたのは、夜空を赤く染める、幾筋もの炎だった。
「こんな、一度に……!」
聖が、絶句する。零も、これまでの旅で見てきたどんな光景とも異なる、異様な炎の広がり方に、嫌な予感を覚えていた。
「零殿、あの炎、只の火事ではございません」
花霞が、鋭く指摘した。
「あの炎、黒い煙を纏うております。まるで、瘴気そのものが、燃えているかのような」
紫苑が、駆けつけながら、険しい表情で告げた。
「四天王の残り香が、都中に、まだ燻っていたのやもしれまへん。それが、今夜、一気に噴き出したのでしょう」
零は、拳を握りしめた。
「みんな、行こう。一人でも多く、助けないと」
⸻
炎に包まれた町屋へと駆けつけると、そこには、逃げ惑う住人たちの姿があった。
「助けてくれ……! まだ、中に子供が……!」
一人の男性が、泣き崩れながら叫んでいる。零は、迷わず、燃え盛る家屋へと駆け込もうとした。
「零殿、お待ちを! 危険にございます!」
花霞が、慌てて止めようとする。だが、零の足は止まらなかった。
「子供が中にいるなら、一刻を争う!」
黒煙の中、零は、灰堂から学んだ、無駄のない体の使い方で、瓦礫を避けながら進んだ。以前ならば、煙を吸っただけで、激しく咳き込んでいただろう。だが今、零の呼吸は、思っていたよりも保たれていた。
「――いた!」
奥の部屋で、小さな女の子が、震えながら蹲っていた。零は、迷わずその体を抱き上げ、来た道を引き返した。
崩れ落ちる梁を、間一髪で躱しながら、零は、なんとか外へと飛び出した。
「――っ、げほっ……!」
外に出た瞬間、堪えていた咳が、一気に込み上げた。だが、それでも、以前ほどの深刻さはなかった。
「零! 大丈夫!?」
聖が、駆け寄ってくる。零は、女の子を、その父親へと渡しながら、なんとか頷いた。
「ああ……大丈夫だ」
「お父さん……!」
女の子が、父親に抱きつく光景に、零は、僅かな安堵を覚えた。
⸻
その夜、都中で発生した炎は、聖教会ならぬ、この国の陰陽寮の総力を挙げた消火活動と、紫苑をはじめとする陰陽師たちの祓いの術によって、なんとか鎮められた。
だが、被害は、決して小さくはなかった。多くの家屋が焼け落ち、幾人もの怪我人が出た。
「――許せない」
夜が、焼け跡を見つめながら、静かに、しかし強い怒りを滲ませて呟いた。
「病を撒くだけじゃ飽き足らず、こんなことまで……」
零も、拳を握りしめながら、燃え尽きた町並みを見つめていた。
「これが、『病神の真の計画』の一部なのか」
その問いに、答えられる者は、誰もいなかった。
紫苑が、疲れ切った様子で、それでも気丈に口を開いた。
「零殿、皆様。今夜のところは、これ以上の被害は、なんとか食い止められました。ですが」
紫苑の視線が、焼け跡の奥へと向けられる。
「この炎の出所――まだ、根本的な原因は、突き止められておりまへん」
零は、静かに頷いた。
「わかった。明日、改めて、調査しよう」
疲労困憊の体を引きずりながら、零たちは、宿へと戻る道を歩いた。
夜空に、まだ微かに残る煙の匂いを感じながら、零は、静かに拳を握りしめた。
――この都を、これ以上、傷つけさせはしない。
その決意を胸に、零の長い夜は、静かに更けていった。




