第四十七話「病の都」
二柱の四天王を相手取る戦いは、刻一刻と激しさを増していた。
「――ッ、くっ……!」
熊谷が、一柱目の猛攻を、大盾で必死に受け止め続けている。だが、その表情には、次第に焦りの色が浮かび始めていた。
「熊谷、まだ持ちこたえられるか!」
零が叫ぶと、熊谷は、歯を食いしばりながら応えた。
「まだまだ、いけるべ! お前は、そっちに集中しろ!」
零は、もう一柱の四天王――紫苑が対峙する相手へと、意識を戻した。花霞と紫苑の連携は、見事なものだったが、それでも、四天王の力は、圧倒的だった。
「――イツマデ、抗エルカナ」
四天王が、嘲るように、靄をさらに広げていく。宮中の庭が、瘴気に飲み込まれ始めていた。
「このままでは、都全体に、被害が及びます……!」
紫苑が、悲痛な声で叫ぶ。零は、拳を握りしめた。
(まだ、力が足りない)
これまでの戦いで、確かに、力は育ってきている。だが、二柱同時の四天王という、これまでにない脅威の前では、まだ、届かない部分がある。
そのとき、零の脳裏に、これまでの旅で出会ってきた、多くの人々の顔が浮かんだ。
トビアスの、あの純粋な瞳。花霞の、姉への想い。紫苑の、複雑な出自と、それでも戦うと決めた覚悟。そして――藤原家の、あの少女の切実な願い。
(みんなのために――)
零は、静かに、しかし確かに、剣を握り直した。
「――俺は、まだ、負けるわけにはいかない」
その言葉と共に、零の胸の奥で、これまでにないほど強く、あの熱が燃え上がった。
「――ッ、コレハ……!」
四天王が、驚いたように後ずさる。零の周囲に、以前よりも遥かに強く、確かな光が、揺らめき始めていた。
「零殿……!」
花霞が、その変化に、目を見開いた。
「今、俺にできることを――!」
零は、剣を構え、四天王へと踏み込んだ。以前よりも、遥かに鋭く、そして正確な一撃。
「――グ、ゥァァ……!」
四天王が、大きくよろめく。零は、その隙を逃さず、さらに畳み掛けた。
「紫苑、今だ!」
「はい……! 封印の術式、発動いたします!」
紫苑が、渾身の力で呪符を掲げると、四天王の周囲に、複雑な光の紋様が展開された。
「――バ、馬鹿ナ……! コンナ、力ガ……!」
四天王が、苦悶の声を上げながら、光の紋様に、次第に封じ込められていく。
⸻
一方、熊谷が対峙するもう一柱も、聖と夜の連携によって、次第に追い詰められつつあった。
「熊谷さん、今よ!」
聖の合図に、熊谷が、渾身の力で、大盾を四天王へと叩きつけた。
「――ぬぅん!」
その一撃が、確かな手応えと共に、四天王の靄を大きく揺るがせた。
「零、こっちも、決まったべ!」
熊谷の声に、零は、僅かに頷いた。
だが、四天王たちも、簡単には引き下がらなかった。
「――マダダ。我ラハ、簡単ニハ、消エヌ」
一柱目が、そう告げながら、なおも靄を纏わせようとする。だが、その動きは、明らかに、以前よりも鈍くなっていた。
「――今日ハ、コレマデトシヨウ。ジャガ」
もう一柱も、悔しげに、しかし冷静な声で続けた。
「病神様ノ、真ノ計画ハ、マダ始マッタバカリ。貴様ラガ、ドレホド抗オウトモ、ソレヲ止メルコトハ、デキヌ」
「病神の、真の計画……?」
零が問い返す間もなく、二柱の四天王は、それぞれの黒い靄と共に、闇の中へと姿を消していった。
⸻
戦いが終わった後、宮中の庭には、静けさが戻っていた。だが、その空気には、まだ、微かな緊張感が残っている。
「零殿、お見事にございました」
花霞が、静かにそう称賛した。零は、荒くなった息を整えながら、小さく頷いた。
「みんなの、おかげだ。俺一人じゃ、絶対に勝てなかった」
「それでも、あなたの力が、勝敗を分けたのは、間違いないわ」
聖が、そう言いながら、零の元へと駆け寄り、丁寧に治癒魔法をかけてくれた。
その治癒を受けながら、零は、自分の体の状態を、静かに確かめた。
(以前よりも、遥かに楽だ)
あれほど激しい戦闘を経て、確かに疲労はある。だが、その疲労は、以前のような、命を削るような重さとは、明らかに違っていた。
「……体、大分、丈夫になってきてるみたいだな」
零がそう呟くと、夜が、微かに笑みを浮かべた。
「良いことじゃない」
紫苑も、安堵した表情で、零を見つめていた。
「零殿の御力、この都を、確かに、救いました。ですが」
紫苑の表情が、再び険しくなった。
「先ほどの四天王の言葉――『病神の真の計画』。それが、何を意味するのか、まだ、わかりまへん」
その言葉に、零たちは、改めて、この戦いの先にある、より大きな脅威の存在を、意識せざるを得なかった。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの都で、零たちの戦いは、一つの山場を越えながらも、まだ、その全貌を見せぬ、大きな謎を残していた。




