第四十六話「四天王、始動」
藤原家での騒動から数日、零たちは、京の都に留まりながら、次の行動を検討していた。
「四天王が二柱、既に、この国に現れてる」
零が、そう切り出すと、紫苑が、静かに頷いた。
「ええ。これは、偶然とは思えまへん。恐らく、病神様――いえ、病神は、この国そのものに、強い関心を寄せておるのやもしれまへん」
「この国に……?」
聖が、不安げに尋ねると、紫苑は、地図を広げながら続けた。
「この国には、古くから、様々な結界や、封印の地が、点在しております。もし、病神が、それらを何らかの理由で狙っているのだとすれば――」
紫苑の言葉に、零たちは、緊張を強めた。
「もっと大きな企みが、動いてるってことか」
零の問いに、紫苑は、険しい表情で頷いた。
「わたくしの見立てでは、恐らく、この都そのものが、次の標的になる可能性が、ございます」
⸻
その夜、宮廷からの使者が、紫苑の元を訪れた。
「陰陽寮の九条紫苑殿。至急、宮中へのご参内を」
使者の緊迫した様子に、零たちも、只事ではないと察した。
「何かあったんですか」
零が尋ねると、使者は、青ざめた顔で答えた。
「都の東、清水の御山にて、異様な瘴気が、確認されました。既に、幾つかの寺社が、その影響を受けているとの、報告が」
紫苑は、すぐに立ち上がった。
「零殿、皆様。共に、来ていただけまへんやろか」
「もちろんだ」
⸻
宮中へと向かう道すがら、紫苑は、これまで以上に厳しい表情を浮かべていた。
「清水の御山は、この都にとって、非常に重要な、霊的な要所どす。もし、そこが病神の手に落ちれば――」
「都全体に、影響が及ぶ、ということか」
零の言葉に、紫苑は、静かに頷いた。
宮中に到着すると、そこには、既に、幾人もの陰陽師や、宮廷の重臣たちが、慌ただしく集まっていた。
「紫苑殿、状況は」
「今、確認しております。恐らく――」
紫苑が、報告を始めようとしたとき、宮中の一角から、突如として、悲鳴が上がった。
「――何かが、現れました……!」
零たちが駆けつけると、宮中の庭に、これまでにないほど巨大な、黒い靄の塊が、渦を巻いていた。
「――ヨウヤク、揃ッタカ」
その靄の中から、二体の異形――先日戦った二柱の四天王が、同時に姿を現した。
「二柱、同時に……!?」
聖が、驚愕の声を上げる。零も、これまでにない緊張感に、拳を握りしめた。
「――今度コソ、貴様ヲ、確実ニ排除スル」
四天王の一柱がそう告げると、もう一柱が、静かに続けた。
「コノ都ノ、霊的中枢ヲ、我ラガ手デ、堕トス」
その言葉に、紫苑の顔から、血の気が引いた。
「そんな、都の中枢に、直接手を出すなんて……!」
「零殿、皆様。ここで、食い止めねば、都全体が、危機に晒されまする」
花霞が、刀を構えながら、鋭くそう告げた。
零は、剣を握り直し、静かに息を整えた。
(二柱同時か。厳しい戦いになる)
だが、これまでの旅で積み重ねてきた経験と、少しずつ癒えていく体、そして、確かに育ちつつある力――それらを信じて、零は、前へと踏み出した。
「みんな、力を貸してくれ」
「もちろんだべ!」
熊谷が、大盾を構えながら、力強く応じた。
夜も、短剣を構えながら、静かに頷いた。
「あんたを一人にはさせない」
聖の光が、パーティー全体を優しく包み込む。
「絶対に、この都を守り抜くわ」
紫苑も、呪符を手に、覚悟を決めた表情で、前に進み出た。
「わたくしも、この地の守護者として、戦います」
二柱の四天王を前に、零たちのパーティーは、これまでで最大の脅威に、真っ向から立ち向かっていくのだった。
⸻
戦いは、これまでにない激しさで始まった。
「――先手ハ、我ガ取ル」
一柱目の四天王が、黒い靄を鋭い刃のように変化させ、次々と繰り出してくる。零は、灰堂から学んだ体捌きで、その一撃一撃を、慎重に見極めながら躱していった。
「零殿、後ろ!」
花霞の声に、零は咄嗟に身を捩った。もう一柱の四天王が、背後から、静かに靄を伸ばしていた。
「――ッ!」
紙一重で躱すが、靄の一部が、腕をかすめる。焼けるような痛みが走った。
「零!」
「大丈夫だ、まだやれる!」
以前ならば、この程度の負傷でも、体全体に大きな影響が出ていたかもしれない。だが今、零の体は、その痛みを、確かに、以前よりも軽く受け流していた。
熊谷が、盾を構えて、一柱目の攻撃を受け止める。
「こっちは、俺が引き受ける! 零、そっちを頼む!」
「わかった!」
零は、もう一柱の四天王へと、意識を集中させた。
花霞と紫苑が、連携して、その靄の動きを、僅かながら封じ込めていく。
「――今よ!」
紫苑の合図に、零は、剣を構えて、一気に踏み込んだ。
「――俺は、まだ、諦めない」
その言葉と共に、零の体の奥で、あの熱が、静かに、しかし確かに、燃え上がった。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの都の中枢で、零たちの、これまでで最大の戦いが、今、本格的に幕を開けようとしていた。




