第四十四話「言葉の壁、心の距離」
翌朝、零たちは、紫苑の案内で、都の外れにある屋敷へと向かっていた。
「あの屋敷は、藤原家という、古くから続く貴族の家柄どす」
紫苑が、歩きながら説明する。
「当主様は、都でも名高い、慈悲深いお方でしてな。屋敷の使用人だけやのうて、周辺の困窮した民にも、施しを与えてこられました」
「そんな人の屋敷で、病が広まってるんですか」
聖の問いに、紫苑は、険しい表情で頷いた。
「ええ。皮肉な話どすが……いえ、もしかしたら、それこそが、狙われた理由なのかもしれまへん」
紫苑の言葉に、零は、思わず眉をひそめた。
「善良な人々を狙う、ということですか」
「病神と呼ばれる存在が、もし本当に、この世に病と絶望を振りまくことを目的としているのなら――希望や善意の象徴のような場所を狙うことは、理にかなっておりましょう」
その推測は、確かに、これまでの旅で見てきた光景と、重なるものがあった。
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屋敷に到着すると、当主である藤原殿が、疲れ切った様子で、零たちを出迎えた。
「紫苑殿、それに、異国よりお越しの皆様方。よくぞ、お越しくださいました」
藤原殿の顔には、深い憔悴の色が浮かんでいた。
「使用人たちの容態、いかがでしょうか」
紫苑が尋ねると、藤原殿は、力なく首を振った。
「日に日に、悪化する一方です。都の医師にも、幾人か診てもらいましたが、誰一人として、原因すら掴めず……」
屋敷の一室に案内されると、そこには、数名の使用人たちが、苦しげに横たわっていた。零は、その光景に、これまでの旅で見てきた、幾つもの惨状を重ねずにはいられなかった。
「聖、頼む」
「わかってる」
聖が、すぐに治癒魔法を試みるが、やはり、これまでと同様、根本的な改善には至らなかった。
「くっ……この病、本当に、厄介ね」
聖が、悔しそうに呟く。
その様子を見ていた、一人の少女が、零たちに近づいてきた。使用人の一人だろうか、年の頃は十二、三歳ほどに見える。
「あの……お客人様は、この病を、治せるのですか」
少女の問いに、零は、少し言葉に詰まった。
「まだ、はっきりとは、約束できない。でも、必ず、原因を突き止めて、なんとかする」
零がそう答えると、少女は、僅かに目を潤ませた。
「わたしの、お祖母様も、あの病に……。お願いします、どうか、助けてあげてください」
少女の切実な願いに、零の胸は、強く締め付けられた。
「必ず、力になる」
零は、静かに、しかし確かにそう約束した。
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屋敷内を調査する中で、零たちは、庭の奥にある、古い蔵を発見した。
「あの蔵、様子がおかしいわね」
聖の指摘通り、蔵の周辺には、これまでの旅で幾度となく感じてきた、あの重苦しい気配が、色濃く漂っていた。
「間違いない。ここに、何かがある」
夜が、短剣に手をかけながら、警戒を強めた。
紫苑が、蔵の周囲に、何やら独特の呪符を貼りながら、慎重に扉へと近づいていった。
「この呪、かなり強力どす。恐らく、病神の使徒――あるいは、それ以上の存在の気配」
「四天王か」
零の問いに、紫苑は、険しい表情で頷いた。
「その可能性が高いと、思われます」
零は、剣の柄に手をかけた。以前ならば、この緊張感だけで、体が悲鳴を上げていたかもしれない。だが今、零の呼吸は、落ち着きを保っていた。
「行こう。あの子との約束を、果たさないと」
零がそう言うと、聖、夜、熊谷、花霞、そして紫苑が、それぞれ頷いた。
蔵の扉に手をかけると、内側から、これまでにない、強烈な瘴気が溢れ出てきた。
「――ッ!」
零は、思わず息を詰めた。だが、それでも、足を止めることはなかった。
見知らぬ、しかしどこか懐かしいこの都で、零の旅は、新たな脅威と、そして、少女との約束を胸に、次なる戦いへと踏み込もうとしていた。




